岩波文庫
TVの連続ドラマはほとんど見ないけれど「風林火山」だけは例外。大体見ている。
あの作品の面白いところは、戦における作戦、謀略、間諜の使い方、主人公山本勘兵衛などが語る薀蓄である。その元になっているのが、諸国を放浪してまわった経験と「孫子」などを読んで得た知識である。「はやきことは風の如く」で始まる有名なタイトル「風林火山」は、軍争篇第九からとったもの。また午前試合で強い相手を相手の油断につけこんで打ち負かした勘兵衛が主君に示す「兵とは詭道なり。」は、計篇第一にあり、「故に能なるもこれに不能を示し、用なるもこれに不用を示し、近くともこれに遠きをしめし、・・・・利にしてこれを誘い、乱にしてこれを取り・・・・」と続く。
まさに実用書である。冒頭に「兵とは国の大事なり」とし、(国民の)生活の死活がきまるところで、(国家)の存亡の分かれ道であるから、翌々熟慮せねばならぬ。私の読んだテキストは、岩波文庫版だが、巻末に付録に「史記」からとった逸話が載っている。王様の前で女官たちを使って実戦デモンストレーションをおこなわせたとき、笑って従わぬ女を、王様が止めるのもかまわず斬り殺した、と言う話がその重大さを訴えている。
「故にこれを経るに五事をもってし、これをくらぶるに計を以ってしてその情を求む。」
五事とは一に道、民衆を上の人と同じ心にならせること、二に天、陰陽や気候や時節、三に地、距離や険しさや広さや高低、四に将軍たちの才能、威信、仁慈、勇敢さ等、五に法、軍隊編成の定め方や官職の定め方である。これに7つの目算で、そのときの実情を求めれば、孫子は戦わずしてその勝敗が分かる。という。
君主は敵と味方でいずれが人心を得ているか、将軍はいづれが有能であるか、自然界のめぐりと土地の状況はいづれが有利か、法令はどちらが遵守されているか、軍隊はどちらが強いか、士卒はどちらが良く訓練されているか、賞罰はどちらが公明に行われているか、の七つである。
この七つを比較した上でのわたしのはかりごとに従えば必ず勝つと非常に強気である。
このように概論のほか、特に後半になると、ポイントを上げて解説を施している。
たとえば謀攻篇では「戦争の原則として、敵国をいためずそのままで降伏させるのが上策、敵国を打ち破って屈服させるのはそれに劣る」とする。最上の戦争とは敵の陰謀をその陰謀のうちにやぶることであり、その次は敵と連合国の外交関係をやぶることであり、もっともまずいのは敵の城をせめとることである、としている。この辺は風林火山の全編に流れる勘兵衛の作戦を見ても良く理解できる。
1553年9月の川中島の合戦は、この書とその後に研究された戦術が、集大成されたような戦に見える。信玄の作戦は、妻女山に陣取った謙信を別働隊に攻撃させ、上杉軍が山をおり、千曲川を渡ったその場所で待ちうけ、たたこうと言うもので、キツツキ作戦と呼ばれる。しかし気づいた上杉軍は、篝火をたき、旗幟を立てまだ陣取っているように偽装した上、夜半に山をおり、千曲川を渡り、霧が晴れると一気に武田軍に攻撃をしかけた。武田軍は大混乱に陥り、信玄の弟武田信繁、勘兵衛等名だたる武将が討ち死にしている。
最後に用間篇としてスパイを取り上げる。郷間とは村里の間諜、内間とは敵方からの内通の間諜、反間とはこちらのためにはたらく敵の間諜、死間とは死ぬ間諜、生間とは生きて帰る間諜であり、このうち特に反間を大切にせよ、としている。情報の得にくかった時代、その重要性を特に強調した章ともいえよう。
四書五経などは、必ずしも面白いものとはいえないけれど、これは圧倒的に面白い。全体も短く簡単に読めるから、興味のある人には絶対オススメである。
080305