「荘子・外篇雑篇」

岩波文庫

荘子の弟子たちは、戦国末期、諸子百家の盛んな影響を受けていろいろな変形を伴った展開を見せる。外・雑篇の区別は漢代になって編纂のときにつけられた。
荘子の思想は万物斉同の哲学とそこに基礎をおく因循主義によって精神の自由と平和を求めたものであった。その思想を解説するとともに、その境地に達するための現実的な実践方法考えられた。同時に本来あった自己を捨て超世間的に身を処す、という態度が薄れ、現実的で世俗的な、特に政治に対する関心が濃厚に見られる。
これは他の思想、特に儒家の思想に対抗してゆくための手段であったのだろうか。あわせて儒家に対するあからさまな攻撃や孔子を道化的な人物に仕立て上げて自分たちの陣営にひきいれようとするような試みも見られる。
各章のポイントを章の最初に書かれている訳注者にしたがってまとめて見る。

内篇
第一 題名の逍遥はとらわれのない自由なのびのびした境地に心を遊ばせることをいう。北のはての鯤という魚が鳳となって南に飛ぶ話を例に挙げ、世俗のことにあくせくすることなく絶対無限の世界に遊ぶことを進める冒頭は素晴らしい。
第二 斉物論とは「物を等しくする論」の意味で、彼此、是非の差別観を超えて万物斉一の理を明らかにする。道はただ一つの真実であるはずなのにどうして真実と虚偽、善し悪しの判断が生まれるのか、などとするところも興味を引く。
第三 生命を養い、真の生き方を遂げるための要諦をとく。善悪にとらわれない中の立場に立ってのみわが身を安全に保ち、一生を長生きできるだろう、とする。
第四 「人間世」とは人々の交わる世の中の意味。具体的な処世の問題を主として述べる。
顔回が衛国に行こうとするのを孔子が止める話が興味をひく。また狂人が孔子に道徳を強いるようなことをやめよ、と説くくだりは儒家に対する主張を代弁する。
第五 「徳充符」とは,徳が内に充実したしるし。それは肉体的な外形の問題でなく、一種特別な人生態度に表れると説く。聖人は人の情欲をもたないから善し悪しの判断で身を煩わされる事がない、果てしなく自然のまま完成している、と説く。
第六 「大宗師」とは大いに宗とし、師とすべきものという意味で、全ての存在がそこに繋がれ,そこから出ている根源の道のこと。死んでゆくことを嫌がるというわけでもない、というくだりが興味を引く。
第七 帝王にふさわしいやり方とは何かと説くが、実は自然のあり方を学ぶ、政治の否定を訴えるものである。明徳の士を否定するくだりも興味をひく。

外篇
第八 儒家の仁義を余分な不必要なもので、本来の自然性を害するとして排除
第九 同様に自然の本来のあり方を破壊する無用な人為をすてよ、と説く。馬のたとえについて述べる。
第十 こそ泥坊対策は大泥坊が来たときには何の役にも立たぬという話から、儒家的な聖人を退けて素朴自然な状態に帰れ、と説く。
第十一 世界は人為で治めるべきものでなく、無為自然にあるがままに負かせよ、と説く。黄帝や尭、舜両帝の努力をむだなものとみなす。土から出でて土に戻るなど、後半は無為自然そのことに話題が転じている。
第十二 天地自然のおのずからなあり方を理想とする政治に関した説話。内篇応帝王篇と関係するところも多い。
第十三 前の篇と同じく天地の無為自然の強調。政治への適用が説かれ、儒家・法家との強調的態度も特色。
第十四 自然なあり方の強調とともに、それに対立する者として儒家の仁・義・礼・楽を非難。講師説話は老子から教えられる形をとる。
第十五 「精神」の重要性を説き「養神」を強調している。
第十六 「存身の道」として自分の本来性に立ち返る「反性」を強調する。
第十七 万物斉同の理と逍遥自適の境地が説かれる。後半は短い説話中心。
第十八 至楽すなわち最高絶対の楽しさを問題とし、それが無楽・無為で達成される事を説く。説話があり、死生の超越などが説かれる。
第十九 「生の情に達する」という人生の達人の境地をさまざまな逸話を通して語る。
第二十 混濁の世に処して患害を免れる術を述べている。「老子」を引く言葉が多いが,荘周説話とともに、孔子を道家に屈服させた話も見える。
第二十一 孔子、顔回、老子の問答を通じ、道家流の孔子がでてくる。
第二十二 「老子」の語をひくところが多く、老荘折衷の趣がみられ、「不言の教」や道の存在,気の流行などに重点を置いて述べる。

雑篇
第二十三 前半の唐桑子とその弟子および師の老たんの問答託した養生家的な「衛生之計」がまとまっている。後半は老荘折衷的。朱子は禅の思想と同じとした。
第二十四 老子流のことさらなことをしない無為自然の思想を主とする。
第二十五 最後の少知と大公調も問答が白眉で「道」について有でもなく無でもないという深い思索と論理が見られる。
第二十六 「外物は必すべからず・・・外界の事物はすべて頼りにできない」から題名を取った。儒者の盗掘の話屋や孔子のなれのはての姿を示し、儒家を非難するとともに、大地、自然の重要さを述べるなど道家的な処世の態度を示す。。
第二十七 荘子の文章表現解説。寓言、重言、し言について述べ、し言の重要性を強調。斉物論篇をふまえた議論が多い。
第二十八 帝王の位を譲ると言う趣旨から題名をとった。尭帝が位を譲ろうとするが、引き受けてがでない話がメイン。隠遁と養生の立場から世俗的な富貴の地位を軽視している。また生命を貴ぶ思想に特色がある。
第二十九 題名を孔子の世俗主義を批判屈服させる大泥坊の話から取った。全体的には自然の情性を尊重して儒家の礼教主義を批判する
第三十 恵文王に剣を通じて政治のあり方を説いている。別書の混入か。
第三十一 儒家の形式的な人為性、世俗性を批判し,心情の自然性を尊重し、そこから「道」とか「真」を解説している。
第三十二 独立した説話の集まりで、最後の荘周説話があり、その臨終の言葉もある。「天と地との間の空間を棺おけとせよ。」弟子が「烏がついばむ」と言えば「地上ならカラスや鳶の餌食、地下なら「ケラや蟻の餌食」とするところは面白い。
第三十三 全体の総序として有名。諸思想を列記して論評を加え、荘周哲学を位置ずけるのが内容。後半は恵施の論理学を主にのべている。

080305