モロにハイッタと思った瞬間、俺の体は後ろへと吹っ飛び看板に音を立ててひっくりかえった。
その傍らでジャカッと映画でしか聞くことのないあの独特の音が耳に入ってくる。
かっこ悪いとか言ってる時間も余裕も俺にはない。

「オレンジ、もう一度聞く。山吹重工から持ってきたのはこいつ一枚だな?」

俺の顔面に見事な右ストレートを決めてくれた体格のいい男と左肩から左肘の辺りまで粋のいいタトゥが彫られた女。
顔全体から頭の奥までズキズキと鈍い痛みが走る。
鼻から流れ落ちるものと口の中にたまっていく鉄の匂いと味。
どうかしてる、クソッタレとどれだけ呟いても今更この状況はどうしようもない。

「――で、ボルネオ支社長に渡すまでは厳重に保管……」

顔をおさえながら(顔というよりも正確には流れ落ちてくるものをふせぐため鼻なのだが)看板にしちもちをついたまま上半身をおこせば。
目の前には。

「そうだな?」

確認する強い強い声と銃を構えた二人。
玩具なんかじゃない。
プラスチック製の子供達が遊ぶものじゃない。
黒く、鈍く光る鉄製の、ホンモノだ。
銃の照準というよりぽっかりとあいている黒い穴(銃口)はしっかり俺の顔に向かっている。

「そ、そうだよ」
目にはいつのまにか涙がたまっていて、うすらぼんやり視界が潤んで見える。
痛くて子供のように出てきた、というよりも生理的な涙に近い。

「――俺が聞いてるのは…それで全部だよ!!!」

鈍く黒く光る銃口を俺に向けたまま、仁王立ちしている二人の人間は冷たい表情を帰ることなく顔だけ互いに小さく向ける。
なんでこんなことになったんだ、とか考えてる余裕は相変わらずない。

「キッペー。面倒くせぇ、膝の辺りを撃っちまえ。小鳥みたいに喋りだす( ・・・・・・・・・・ )

そんな風に言われて益々だ。
少し裾の短いタンクトップを着て堂々とタトゥを惜しまずに見せている女は、そう言って銃を構えたまま俺の方にくいっと顎を軽く動かす。
見た目は俺とそうたいして変わらない、んだと思う。
アジア人なのはわかるけれど、英語の発音はクイーンズイングリッシュというよりもアメリカスラングばかり発音もアメリカ訛りときているので恐らくそうたいしたイイ街出身ではないのは確かだ。
まぁ、こんな風に銃を構えてるだけでもそうたいした身分ではないとは思うけれど。
短パンからのぞくすらっと程よく筋肉のついた足は、普段の俺なら(銃口を向けられるなんて状況じゃなければ)鼻の下を自然と伸ばしてるはずだ。

「必要ない。これだけ聞き出せれば十分だ、

キッペーと呼ばれた体格のいい男はそう言って女を止める発言をしてくれる割には、俺に向けている銃をおろしてはくれない。
こちらの男もアジア系だ。
女同様アメリカ訛りの英語、迷彩柄のベストからのぞく腕は俺とは違った筋肉がついている気がする。

『キッペー。おーい、キッペー?』

ザザ、という電波の乱れる音と一緒に男の声がキッペーと呼ばれた男の胸ポケットから漏れる。
銃を持っていない手でポケットからトランシーバーのような携帯型ラジオのようなものを取り出し男はなにかボタンを押し喋り始める。

「なんだ」
『まだ片付かへんの?スピクからまっすぐこっちへ向かう影があるねん。恐らくフィリピン海軍の哨戒艇や!』
「焦るなよ、ユーシ」

トランシーバー片手に男はゆったりと足を動かしていく。
その先にはこの船の乗組員達、ただし全員床に座り込んで頭の後ろに両手をやらされている。
皆恐怖からかうつむいている者がほとんどでなかには震えているものさえいる。
このあたりは今の時代になっても海賊が現れると聞いていたが、彼らは出くわした事がないのだろうか。
かくいう俺だって、ないんだけどさ!

「こっちは片付いている。エンジン回しておいてくれ!」

キッペーがそう言ってトランシーバーを胸ポケットに再び戻すと同時にこの船の向こう側、それも下からゴオンゴオンとなにか大きなエンジンが動き出す音があたり一帯響き渡る。

「さて、この船の乗組員の皆さん!俺達は退散する。あんたたちは自由になる」

銃を片手に空に向け、キッペーが大きな声で座り込んだへたれ野郎どもに向かって口を開く。

「ただし――俺達をつけまわしたりした場合、話はチャラ( ・・・ ) だ!!魚雷で鉄くずとミートパイになりたくなかったら、大人しくしとくのが賢明だ!わかったか!?」

ようはこのまま何事もなくこの危ない人間達とはオサラバということなのだろう。
まぁ俺は上司から預けられたディスクを奴らに奪われてしまいはしたけれど、それも俺の命があってこそだ。
あからさまに安心してしまってほっとため息をこぼした俺だったのに。

「何、安心してやがんだよ。お前も一緒に来るんだ( ・・・・・・・・・・ ) 、バカ野郎」

ぐいっと首の左側の頸動脈に銃口を押し付けられ。

「…嘘でしょ?」
「だまれ。そして歩きな」

あれよあれよと。

「ウソでしょおおおおおぉぉぉぉぉ!?」

俺は、今まで乗っていた船の横につけられたいまや珍しい魚雷艇『ブラック・ラグーン』に銃を突きつけられたまま乗せられてしまうはめになった。













「こちら『ブラック・ラグーン』、ケイゴ聞こえるか?」
『あぁ、良好だぜ。どうだ?』
「襲撃完了だ。ブツは俺の手にある、どうぞ」
『さすが、というべきか?スマートな仕事( ビジネス ) は好きだぜ、キッペイ。受け渡しは予定通り行う』
「了解した」
























ところかわって、ここは日本東京都新宿区。
立派なビルが立ち並ぶ中、ひときわ大きなガラス張りのビルがある。
山吹重工、日本有数、そして屈指の企業である。
そして更にこのビルの中、役員第二会議室。
この部屋の中に今七名の重役達が顔をあわせてなにやら話し込んでいる。

「山吹重工創立以来最悪の事態だ。資材部、判部長!!」

一番大きなテーブルの上座というべきなのか、そこに座り込んでいる男が一人の男の名前を呼び上げる。
それとどうじに一人の初老の男が椅子から立ち上がる。

「その後の状況をざっと説明しますと――『ブーゲンビリア貿易』を名乗る商社よりディスクの件に関して交渉したいと連絡が……」
「聞かん名だ。なんだね、その会社は」

煙草の煙が会議室の中に広がる。

「東南アジアから中国マフィアを追い出し裏社会のトップに躍り出た――ロシアン・マフィアの表の顔ですよ」
「具体的に何を求めておるんだ、連中は。金か?」

煙草の煙をふーっと口から吐き出しながら一人の役員が顔色一つ変えず尋ねる。
周りの人間もあまり顔色を変えている様子はなく、最悪の事態という割にはあまり焦ってる様子が見受けられない。

「連中の狙いはわれわれの取引先( ・・・ ) が持っている―――東南アジアへの非合法ルートでしょうな。つまりどういうことかといいますと」

判と呼ばれた男はコンと軽く手で拳を作りテーブルを一度叩く。

「我が社の進める密貿易の計画に――自分達も一枚噛ませろ、と言っているわけです。さもなくば密貿易の事を証明つきで世界にバラまくぞ、という風にね」
「それで?商取引に参加を認めれば機密は守る?」
「馬鹿な事を、相手は所詮やくざ者だ。信用するわけにいかんだろ、君」
「そのとおり!マフィア共にたかられ続けるのがオチだ」

他の役員達があーだこーだと口を開いている最中コンコンと会議室の扉が叩かれる。
会議中の間は誰一人通すな、といってあるので恐らく今に関係あることなのだろう。
入れ、と誰かがいい入ってきた一人の男は一礼して判に近づくとメモと一緒になにやら耳で囁く。

「専務、ジャカルタより報告が」
「なんだね?」
「地元華僑からディスクに関する密告があったそうです」
「続けてくれ」
「マフィア共は未だディスクを入手しておりません。現在ディスクは「めらねしあ丸」を襲った海賊共の手にあります」

そういうや判はキチンと着こなしたネクタイに一度手をかけ、片方の手で持っていたメモや資料をバサっと机の上に放り投げた。
そのまま食わない顔を専務と呼ばれた眼鏡の男に向け。

「チャンス、ですよ。専務」

そう零す。

「マフィア共の口約束など信頼できません。荒事専門の連中を叩き込み速やかにディスクを奪還すべきです」

静かな室内に判の声だけが落ちるようにして響く。
一つ誰かがため息をこぼした。

「わかった。役員会は君にこの件を一任する。連中には交渉する構えだけ見せておき――その間にディスクを奪還、もしくは破棄したまえ」










「山吹重工存亡の危機だ。手段は問わん」










―――采は投げられたのだ