蛍光緑の電光掲示板のようなものにうつっているここいら一帯の地図。
ピコンピコンと軽い音を立てて動いているモノの横に小さく"A.T.RAG"と映し出されている、自艇ブラック・ラグーンのことだ。
たんたんとバラワンに向かって進んでいくその点を見つめながらユーシははっと何かに気付き、ぎりっと奥歯をかみしめる。
「ああクソッタレ!わかったで!キッペイ、海図見てみぃ」
航路云々を任されている自分にしてみればなんという失態。
気付かなかった自分に腹が立ってしかたがない。
『……水路か!?』
「せや、水路やで!ここいら一帯はバラワン入り口まで岩礁が続いてるねん。逃げ道がないねんよ!!!」
ピコンピコンと動いていく小さな点。
その先に広がるのはフィリピン領三番目に大きい島といわれるバラワン島。
ところどころに点々と存在する小さな島の間を縫うようにして進んでいくブラック・ラグーン。
だが
「俺達あいつらをまくつもりで―――罠に自分から飛び込んでったっちゅうわけや!!」
ユーシのその声に沈黙が室内を襲う。
キッペイの瞳は相変わらずサングラスに隠れてわからない。
は形の良い眉をひそめて海図を睨みつけている。
船は岩礁地帯では航行する事ができない。
難破するか転覆するか、ようはその先にあるのは只一つしかない。
軽々しく口に出す事のできない、その言葉。
「……ちょっと待ってよ……それじゃ、死ぬしかないじゃないか!!」
「まぁ落ち着け。落ち着け、キヨ」
後ろからまるで鬼ごっこの鬼かのように追いかけてくるガンシップ。
目指す先はゴールのない地獄への入り口。
チキンレースでもなんでもない、只のコロッセオの上の一奴隷のようなものだ。
「そうだ、マレー警察に連絡しよう!死ぬよりかは全然まし」
「落ち着けといっているだろう」
椅子に座っているキッペイに縋りつくようにしてガクガクとその屈強な体を揺らしていた俺はとりあえずガコンと軽く後ろに投げられた左拳にノックアウトされしりもちをつくどころか思い切り後ろへゴロゴロゴロと転がる。
床に頭をぶつけ、鼻というか顔面は(キッペイにしてみれば軽くだろうけれど)もろに入った拳のおかげでものすごく痛い。
痛いのだ。
なんなんだ、あのキッペイの筋肉は!と文句が言いたくなるほどだ(けれどそれを口にする勇気はない)
「騒いだって何も良くなるわけじゃない。生き残りたかったら頭を使え、頭を」
「ガス切れの線はどうよ?連中――」
「腐ってもE・Oの兵隊だ。そんなヘマはしないだろう」
「クソ楽しくねえ話だ、船の損傷は?」
「今のところはたいしたことない、問題があるとしたら魚雷管だ。あいつに当たったら俺達は月まで確実に吹っ飛ぶな」
「積みっぱなしにしとくからだよ、このボケナス!」
そう言ってがキッペイの頭に拳を振り落とした。
鼻を押さえたままの俺の目の前で黙々と二人の話は進んでいく。
なにも、こいつらだって死ぬつもりでいるわけじゃない。
そう、死ぬつもりじゃ。
生きる。生き残る。
本当のことを知ることなく信頼していた判部長や重役たちにご愁傷様ですと両親に言うことだけは決してさせない。
そんな為に俺はここまで生きてきたわけじゃない。
そう考えると頭が段々とクリアーになっていくのがわかる。
(嫌いじゃない、この感覚は。なんて、)
――――懐かしい
「キッペイ?」
自然と自分の口から言葉が紡ぎだされていく。
「岩礁出口に何があるか、あんた知ってる?」
「当たり前だ。それがどうかしたか?」
「じゃ、次の質問ね。乗り上げられるような岩礁とかは?例えばー…打ち上げ台(
みたいなスロープを希望」
体が震える。
恐れから来る震えではない、懐かしい、そう10年近く昔によく感じていた"武者震い"。
そう考えると何故か今きっちりと着こなしているシャツとネクタイがうっとうしく感じて仕方がない。
指をネクタイの結び目に差込みグイグイと下に下げるとスルスルとタイが緩くなっていく。
プチンプチンとシャツのボタンを上から二つ目まで外していく。
そう、この感覚。
だらだらと、それでいて毎日が充実していたあの頃。
俺はあの時、どんな顔をして笑っていた?
体ごと反転して俺を見つめているとキッペイの視線に思わず笑みがこぼれそうになる。
この心の底から湧き上がって来る感情の名前は何だっただろうか。
「港の入り口に転覆した貨物船がある……が、お前、一帯何を考えているんだ?」
「あんた達が今話してたヤツさ。ヤツを月まで吹っ飛ばす事ができるよ(
、ってね」
抑えられないこの興奮。
たまらない。
「二人とも、よっく聞いてよ――――」
俺はあの頃のように笑えてるか?