俺の話が終わったあとしばらく沈黙が訪れた。
いつもはピーチクピーチク五月蝿いですら口を開かない。
なんだか、空気が重たい。
「無茶だ」
キッペイの声が静かに部屋に響いた。
「無茶だ、できるわけがない」
『いいや、できるで。アンカーでこの船の制動さえ掛けとけばあとはタイミングの問題だけや!』
すぐさまユーシの声がスピーカー越しに部屋に入ってくる。
ユーシは俺達のいる部屋の更に下の、コンピューター類がすべて置いてある部屋にいて船のシステムやらなにやら全てを管理しているらしい、自分の趣味がてら。
この船に乗り込んでから姿をちっとも見かけないと思ったらそういうことだったらしい。
「キッペイ。どの道手はねぇんだろうが。あたしはのった」
更にユーシの言葉にの言葉が続く。
二人の言葉に一応俺を支持してくれてるらしいってのがわかる。
まぁただ、それだけ手段がないってことでもある。
「相手が真正面に来なきゃ成立しない作戦だろうが。勝算はあるのか、キヨ?」
キッペイがそう言って煙草とライターを差し出してくれる。
キッペイの前で吸うのは二回目だけれどの前で吸うのは初めてだ。
肺の中に入り込んでくるあの味と苦さに気分が更に落ち着いていく。
先ほどまで感じていた高揚感、興奮は大分落ち着いてきた。
「見てて気付いた。あいつらは、追い掛け回して楽しんでた。圧倒的に有利なことも奴らは知ってる、なのにわざわざ仕切りなおす理由はなんだ?」
なぜ今すぐにでも殺せる俺達を放っておいて俺達の前から姿を消した?
「罠にはまって取り乱してるバカの頭をじっくり眺めてやるための場所を用意してるからだよ、つまり俺達がチキンレースを仕掛ければ必ず乗ってくる。だってアイツらには負ける理由がない(
んだ」
そう、思い込んでいる。
負けるはずがない。俺達が上位だ。
逃げ回れ逃げ回れ逃げ回れ、俺達を楽しませてくれよ?
あの酒場でちらっと一瞬だけ見た狂ったような男の姿と声が頭の中に幻のように流れ込んでくる。
「確信とはいえない。ここから先は船長であるアンタが判断してよ」
―――――のるか、そるか
最高の命がけのギャンブルだ。
「……まったく、とんでもない野郎を拾ったようだな。俺から見てもイカれてるとしか思えないな」
キッペイの口から紫煙が吐き出される。
同じように吐き出された言葉にはどこか困ったような音も含まれているみたいで、もしかすると期待できないのだろうかとスッと頭の中がクリアーになる。
「だが」
けれど、やはりこの男は何かが違うらしい。
「だが面白い。面白いっていうのは大事な事だ、キヨ。やってやろうじゃないか」
キッペイの顔がさも愉快とばかりに歪んだような気がした。
いや、きっと本人も愉快だと思っているのだろう。
酒場に現れたあの男も相当キているようだったけれど、こうやってみてみるとキッペイももしやそうなんじゃとすら思ってしまう。
でもそうなるとそんな男と一緒にいる(まぁ好きでいるわけじゃないんだけど)俺もキているってことになるんだろうか。
(バカらしい。馬鹿らしい?でも昔はそれすらも楽しんでたじゃんか、俺)
ゲームは始まった。
『大尉、連中のゴール地点上空です』
ヘルメットのイヤホン越しに散々千石にキていると思われている男の耳に操縦席に座るマイヤーの声が入ってくる。
それにクッと楽しそうな声をあげると「馬鹿野郎か、マイヤー」と声を荒げた。
「ゴールじゃねぇ。デッド・エンドだ!!降下しろ!!」
男にとっての娯楽は今から最高潮を迎えるのだ。
ガンシップは高度を少しずつ下げながら獲物に向かって飛ぶスピードをどんどんとあげていく。
下に広がるのはただひたすら青だけだ。
それから、海面から少しだけ顔をのぞかせている太陽。
外はまだまだ暑い。