オレンジ色が辺り一帯を染め上げる。
白い壁は明るい色に染まり、遮るものがないため夕日が眩しすぎるくらいだ。
「御苦労。確かに受け取ったぜ」
綺麗な指がキッペイの差し出した一枚のMOを絡め取った、まさに俺が日本を出発する時から大事に持っていた、いや会社から託されたあのMOだ。
夕日に反射してキラキラと輝くMOを受け取った、いや、MOの奪取をそもそもお願いしていた人物はそれをコロコロと裏表に一度ひっくり返して見るとニッと口角をあげる。
色素の薄い髪が夕日を受けてキラキラとまるでこの世のものでないかのように輝く。
男なのになんてヤツだと心の中で軽く誰かに迷惑かけてるわけでもないのにケチをつける。
俺達の乗っていた魚雷艇、ブラック・ラグーンがまさかの生還を果たして港に入ってきたとき既に港は港でなくなっていた。
所狭しと並ぶ黒塗りの外国車、ここはどこだとつっこみたくなるほど厳戒態勢に入っているノットアジア人なお兄さん達。
そのほとんどが綺麗なブロンドだったりハニーブラウンだったりと、どう見ても日本人曰くの『外国人』。
しかも全員何かしら滅多にお目にかかることのない拳銃だのライフルだのを抱えていらっしゃる。
一応キッペイとで『ありえない人』っていうのは見慣れたはずなのに、やっぱり駄目でその光景を目にした途端俺の口はカポーっとOの字にあいてしまった。
一番先にブラック・ラグーンから降りたキッペイはそんなお兄さんたちの集団の中に堂々と入っていき、特に人が集まっている中へと入っていく。
もユーシも何も言わずそのあとを追いかけるかのように歩いていくので俺も更にその後を追いかける。
そうして、追いかけた先で出会った男が今俺達の目の前に立っているケイゴという男だった。
一言で言うなら(男だけど)綺麗、だけど中身は絶対にその綺麗な顔を裏切るやつだともう俺の直感がビシビシと感じていた。
いやいや、キッペイやと口をきいてるだけでアウトだ。
顔の右半分、いや額から顎の辺りまで右目を覆うようにして伸びているケロイドを堂々と表にさらしておきながらもエルメネジルド・ゼニアのスーツを着こなしてMO片手に笑みを浮かべる様はどちらかといえば妖艶としか言いようがない。
「スマートな仕事はクールだぜ、キッペー。それにしても……」
ケイゴはそう言うやいなやぐるっと横一列に並んだ俺達四人の姿を見渡してフッと笑った。
「ひどい格好だな、お前ら」
「ソーホー・シャクテリに行くわけじゃない、放っておいてくれ」
ひどい格好、そういわれるだけの姿を俺達は全員している。
俺とは右目の周りにおそろいとばかりに青あざを作っていて、キッペイは額から血がダラダラ。
その上全員服が汚れているどころかところどころ引っかき傷のようにちょちょ切れていたりとまさにボロボロ、満身創痍といった感じなのだ。
はブスっとしたまま腕を組んでケイゴを睨みつけている。
そんなにケイゴはフンと笑うとクルリと体を反転させる。
「さて、ミスタ・バン」
ケイゴの視線の先、迷彩服を着こなしライフルを構えている男の横で俺はよく知っている男を目にする事になる。
いつも人を馬鹿にしているかのような笑みを浮かべている俺の元・上司。
俺を不幸と絶望のどん底に突き落としたあの男。
「そちらはそちらの流儀で筋を通し、我々は我々のやり方で筋を通した。これで、遺恨はございませんね?」
ケイゴはそう微笑むと指先で弄ぶかのごとくクルクルとまわしていたMOを傍に立っていたこれまた恰幅のいい男に手渡した。
これで俺は会社に(まったく知らされずにいた、まるで騙されたかのように)託された仕事を遂行できず。
ブッラク・ラグーンはケイゴの所属するロシアンマフィア『ホテル・モスクワ』からの依頼を遂行したことになった。
「仕方ないでしょう」
「結構。我々『ホテル・モスクワ』は仁義を守りますよ」
一度もお目にかかったことのない判部長の苦味をつぶしたかのような顔をまさかこんな場所で見ることになるとは思わなかった、っていうのが俺の今の正直な感想だった。
いつも判部長の横をちょこちょことうろついている彼の秘書のような小太りの男は大きなトランクケースを抱えたまま部長の横で冷や汗をかいているのか、真っ青な顔をして立っている。
こんな光景をある意味普通に見れるようになった俺は一体どうしたもんか。
「話もまとまった事ですから、細かい商談は私共のオフィスで……」
そう言ってケイゴは一つ笑みをこぼすとスッと後ろに止まっている恐らくケイゴたちの外国車に向けて手を差し出した。
すっと横に立っていた迷彩服の男が車の扉を開け中に入るよう促している。
小太りの男がワタワタしながら車に乗り込もうとしたそのとき、俺と判部長の視線がはじめてぶつかった。
「千石君」
俺に死んでくれといった男。
俺をあっさりと切り捨てた男。
「ご苦労だったね、じゃあ移動しましょうか」
目の前の男はそう言って手を俺に向かって軽く振った、どうやら着いて来いと言っているらしい。
けれど、俺は会いたくて仕方なかった尊敬している部長に向かって足を動かす事ができなかった。
ブラック・ラグーンの連中の誘拐されてからもうすぐ3日目。
ましてや判部長の声を聴いたのは今日のお昼過ぎだ。
助けて欲しいとずっと願ってやまなかった人、けれどあっさりと人を人でないかのように切り捨てた男。
いや、会社といえばいいのだろうか。
「どうしました?」
「……部長」
声をかけても動こうとしない俺に怪訝そうな顔をむけてくる判部長、車に乗り込もうとしていた小太りの男も不安そうな顔をこちらに向けている。
本当になんなんだ、勘弁してくれ。
あーこのネクタイ、本当に窮屈だな。
そう頭の片隅で思うや否や俺はすぐさま自分のある意味トレードマークで常識の一つだったネクタイをシュルっと自分のシャツから抜き取ると後ろへ放り投げた。
「判部長、覚えておられませんか?」
「何をでしょう?」
「俺はもう死んでるんですよ。あんたがそう言った」
放り投げたネクタイが風にさらわれてバサバサと音をたててどこかへと飛んでいく。
俺が部長から、会社から、切り捨てられた時点で千石清純という男はいなくなったのだ。
「俺の名前は千石清純じゃない、ただのキヨだ」
部長の目が一瞬鋭くなるもすぐにフンとばかりに顔をそむけると「勝手にしなさい」とだけ言い残し車の中に乗り込んでいった。
すぐに元・部長の乗った車は発進し港のゲートからでていく。
俺の足元から伸びる長い長い影が一緒にその様子を見ていてくれる。
しかしその影もすぐに車が俺の目の前にとまったことで見えなくなってしまう。
止まったこれまた高級車の窓がウィーンとおりると笑みを浮かべたケイゴが腕を窓枠について顔をこちらに向けてきた。
上から見下ろしても綺麗な顔だ。本当になんでか嫌になってくる。
「キヨ。悪いな、こんなバカに付き合わせちまって。だが日本人(
にしておくには勿体無いほどタフだな、お前」
「……はぁ」
でも美人に見つめられるのは今も昔も変わらず好きだ。
「困った事があったらいちでも組(
に来い、助けてやる」
そういうとこれまた綺麗な笑みをこぼしてケイゴが笑ったが次の瞬間車は港のゲートへと向かって走り出した。
まぁ一応悪いとは思ってはいないみたいだけど、気にはかけてくれているみたいだ。
港に、いや俺の目の真にあんなにたくさんひしめきあっていた人間も車も一瞬にしていなくなった。
あるのはただのコンテナやら倉庫やら、寂しいものだ。
風がきつくなってきたらしい、俺の髪がバサバサと叩きつけられ顔にかかって微妙にうっとうしい。
「さて、キヨ。これからどうするつもりだ?」
どれくらい時間がたったのだろうか、きっと俺には長く感じたけれど本当のところはすぐだったのかもしれない。
港に一人立ち尽くしていた俺に声が掛けられる。
てっきりケイゴたちがいなくなったと同時に彼らもいなくなったものだと思っていた。
くるりと体を反転させると堤防のようなところに三つの人影が視界に入ってくる。
逆光で、そして後ろに輝く夕日で眩しくて目が慣れるまで開けられないけれど誰だかはよくわかっている。
なんでという思いと嬉しいという想いが俺の中で交差する。
「人質じゃないなら、行くあてはないんだよね」
大分目が慣れてきたところで人影にむかって両手をもちあげて肩をすくめるようにして言葉を吐いた。
そう、千石清純はいなくなったことでキヨという人間が生まれた。
「なぁ、水夫を一人欲しがってるところがあるんだ。話を聞いてみる気はねえか?運送屋で―――」
「―――たまにゃ御法に触れる事もする―――そうだったよね?」
そうして俺は夕日に向かって一歩足をさしだした。
There is no security on this earth.
There is only opportunity.