「…俺…どうなってしまうんだろ。会社は俺の事助けてくれるのかな…」

そんなこと呟いても走り続ける船は止まりやしない。
『ブラック・ラグーン』は波をかきわけ、ひたすら目的地目指して走り続けている。

、お前なぁ!こんなの攫ってどうするんだ!おい!!

廊下のような場所の端っこで膝を抱え込んで座っている俺にキッペーと呼ばれる男は左指をさしてきた。
確かに勝手にあの女が俺の事を攫ってはきたのだけど、『こんなの』扱いは幾分かひどい気がする。

「わかってねェよキッペー、わかってねェ!!ケイゴのクソヤロー、こっちの足元見てやがんだよ!!

大きくひらいたスペースのここには今俺を含めて四人の人間がいる。
俺の顔面に見事拳をきめて今まさに俺の顔の青あざを作ってくれたキッペーと呼ばれる男。
俺に銃をつきつけ攫ってくれやがった張本人で今大声あげていると呼ばれる女。
そして。

が悪いやろ」
「だまれ、四つ目( メガネヤロー ) !!!」

この魚雷艇の中にもう一人いたらしい、ユーシと呼ばれた男。
俺達がここへ入ってきたときから煙草を口にくわえたままずっとパソコンだかなにか触っていて俺とはまともに顔をあわせてはいない。

「考えてみろ、こんな綱渡りで二万ドルだぞ、たったの二万!!身代金でボーナス稼いで何が悪いんだよ!!」

お前らバカ?とばかりに両手を持ち上げ肩をすくめる仕草をする女。
すかさずユーシと呼ばれていた男の口から「考え甘いんとちゃう?」と零れ、八つ当たり気味に床をドンと思い切り踏み鳴らし「殺されてぇか、ユーシ!!!」と女が叫ぶ。
その勢いのまま立ち上がった女に、キッペーと呼ばれた男がどんと右拳を壁にぶつけ先ほど同様大きな声を張り上げる。

「いったい誰が交渉するんだ、そんな余裕どこにもないぞ!!空でも飛べるのなら話は別だがな!!」
あぁそうかい!わかったよ、このホクロ!!

ガンと音を立てて近くに転がっていたビールの缶を男に向かって蹴りつける。
怒り心頭というのはこういうことを言うんだろう。
缶を蹴りつけただけじゃこの短気な女は満足しなかったらしく。

ぶっ殺して海ン中叩き込みゃいいんだろ!!
ギヤーーーーーーーーーー!!

肩のホルダーにかかっていた銃をおもむろにぬき、俺の方を見るでもなくただ手を銃口を俺に向けるだけでバンバンバンと撃ちつけてきた。
悲鳴をあげて何が悪い!
硝煙が立ち込める中俺はただただ頭を抱えて、やめてーーーー!!と叫ぶしかなかった。

やめろ!船を壊すな!!
うるせぇ!!
ギャー!止めてやめて止めてやめて止めてやめて!!!!!!!

一体俺に向かって何発撃ったのか、そんなのわからない。
俺のか弱い心臓は今にも破裂しそうなくらい脈打ってる。
冷や汗なんか体中を流れてる。
足のつま先から頭のてっぺんまで体が一気に死人みたいに冷たくなったような気さえする。
銃を撃つ音がなりやみ硝煙が晴れるその先には右手で体を、左手で銃を持つ右手をキッペーと呼ばれた男に押さえつけられている女の姿。

「キッペー、キッペー」
「なんだ」
「わかったよ、わかったから手ェ離せ!」
「いいだろう、もう少し冷静になれ」

そう言って男はため息とともに女を拘束していた両腕を離す。
女も外された腕からそのまますぐに握り締めていた銃を肩のホルダーにポスンと落とす。

「クソ、気分悪い!港に着くまで寝てるわ」

舌打ち一つこぼし、ゴキゴキと首をまわしながらこのスペースを離れていく。
まぁ、そんなこといっても俺は。

「しょうがないな。おい日本人?オレンジ?」
「生きてる?なんでかわかんないけど俺ってば生きてる…生きてるよ…生きてるんだ」

こんなにも生きてる事に感謝した事はないってくらい、涙を流しながら、ガクガク震えながら、生きてるって呟く事で生きてる事を確認していたんだ。















「俺っていったいどうなんの?」

空は雲ひとつない快晴、風もあまり吹いていない。
鳥はおろか虫一つ飛んでいない。
周りを見渡せばただ海、海、海。
あの後、キッペーと呼ばれる男に連れられて俺達は今看板で脚を投げ出して座り込んでいる。
空ってこんなに青いんだ、なんて思えるのはさっきのあの女に思い切りぶっ放されたから余計だと思う。

「お前の会社と連絡つけて引き取ってもらうさ。だがディスクを依頼主に渡すのが先だ」
依頼主( クライアント ) ?あんたたちのものじゃないの?」

外の空気ってこんなにうまかったんだとばかりにボーっとしている俺が気だるげに同じように隣に座っているキッペーの方に顔を向ける。

「俺達は単なる運び屋だ。俺達が持ってたところで何のやくにも立ちやしないさ。使える奴が使って初めて価値が出る」
「じゃ、あんたたちもあれ( ディスク ) の中身は知らないわけか」
「知りたくもないな、ここの商売だと覗き屋は早死することになってるからな」

そういうとキッペーはガリと頭をかき立ち上がる。
そのまま俺に顔を向けることなくズボンのポケットに両手をつっこむと中に入る引き戸のところまでブーツをぎゅぎゅとならしながら歩いていく。

「さて、俺達はこれからタイの港に入る。そこの酒場で依頼人にブツを渡して――そっからはあんたの運試しだ」

ガコンと音を立て引き戸をひきあげる。
体を中に滑り込ませ片手でドアを閉めるために取っ手を掴む。
そんな男を俺も見ることなく、どこまでも続く青い青い空をぼーっと見上げる。

「俺に運がなかったら?」
「同情するし祈ってやってもいい」

ガコン。
再びそんな音が聞こえてきたと同時に男の姿が看板から消える。
運がなかったら?
今までのラッキーはまるで今日のために使い果たしてきたかもしれないとでもいうのか?
それとも。

「…………空はアオイなァ……」

俺のラッキーは続いているのか?

「神様…あぁ神様。助けてよ……」

今日何度目かわからない、いないもしない神頼みをする俺の呟きは底から響いてくるようなエンジン音にかき消された。























「それは無理です、専務」

こんな事態は想定していなかった。

「当たり前だッ!人質になっている社員がいるなんてッ!!なぜそういうことをもっと早く言わんのだ!!」

ドンと音を立て専務と呼ばれた男の拳が机の上に落ちる。
唾を吐き飛ばす勢いで机の前で90度以上の角度で申し訳ありませんと何度も謝っている男の名前を叫ぶ。

「藤原君ッ!!!」
「申し訳ありません、専務ッ!私の監督不行き届きでありますッ!!」

そう言って既に体を折り曲げていた男は土下座する勢いで再び体を折り曲げた。

「私自身も先ほど、知ったばかりで…機密を明かせる連絡社員が少ないため、正確な情報を確かめる手段がなかったんです」
「もういい。判君、何か意見は?」

頭を抱え込むようにしてギシっと音を立て深く椅子に座り込む男は傍に立つ男にちらっと視線をよこす。
名前を呼ばれた男は苦みをつぶしたような顔のまま、真正面を向いたまま口を開く。

「先ほど申し上げたとおりです」

ハァとため息が男のくちから漏れる。

「現在我が社のおかれている状況は逼迫しています。もはやこれ以上の遅れは許されません。それに、すでに我が社と契約したE・O社の傭兵達が行動を起しています」

机の上に広がるいくつかの資料をぱらりぱらりとめくっていく。
その中に一枚の写真が挟みこんであり、パサと音を立てて落ちる。

「そういうことだ。彼には気の毒な事になる―――えぇと名前は…なんだったか?」
「千石です。専務」










千石清純( せんごくきよすみ ) です」