「タイ海軍の警戒水域をようやく抜けたか。やれやれだな」

レーダーらしきものがついているモニターを確認しながらキッペーが呟いた。
独り言にては少々大きな声ではあったが、それと同時にタイミングよく床の扉がガコンと開けられがひょいと顔をだした。

「こっちも問題ねえよ、キッペー」
「このまま速度を維持してればまぁ、夜明けくらいにはバラワン港に入れるな」

ギッギッと油がたりないのか、どうみてもすわり心地の悪そうな椅子に座っているキッペーはと確認を取り合い終わるとぐるっと体を椅子ごと反転させ俺の方にむいた。
俺はすることもなくてただキッペーと同じこのモニター室らしき部屋の床にずっと座り込んでいる。
あぐらをかけるほど心に余裕はないしで、かれこれ中学以来じゃないのかと思える体育すわりだ。
笑えるったら笑える。

「さてキヨ。今ユーシがお前の会社と連絡をつけている最中だ。交渉がうまくいかなかった場合は、あんたには悪いがマレー辺りにおいていく」

本当に笑えるぞ、オイ。

「山賊なんかがウロチョロしているが、まァ死ぬよりはマシだ。いいか?」

畜生!冗談じゃないぞ!!
いつのまにかキッペーの横で腰に手を当てて立っていると俺に非常に笑える言葉を吐いてくれたキッペーに向かって声を荒げる。

「な、なんだよ、ここまで来て見殺しなわけ!?さんざん人のこと引っ張りまわして…なんなんだよ、いったい!!」

だってそうだろ!?
俺ってば単に出張でこんな東南アジアに来てただけだよ?
身代金がどうとかいって俺をここまで連れ去ってきたのだって、全部アイツらなんだから。

面倒も海賊も撃ちあうのももうたくさんだッ。せめて安全なところまで連れてってよ!!なあ!!
「調子こいてんじゃねえぞ」

上半身をおこして俺は『正当な』お願いというか……命乞い…をしたはずが。
気付けば、胸倉掴まれて額には銃口がきっちり押さえつけられている。
なんで!?
なんで、俺がにここまでされなきゃいけないわけ!?

「泣き言の次はあたいらタクシー代わりに使うってか?上等じゃねえか、手前の脳みそが何色なのか見せてやってもいいんだぜ?」

ゴリっと額から音がする。
音がする、んじゃない。頭の中に響いてくるんだ、骨の軋みが。

「あと覚えときな。あたしらは運送屋( ・・・ ) だよ。食うために御法( ごほう ) に触れる事もする


―――それだけのことさ

それでもお前たちは、海賊と一緒じゃないか。
そんなこと一言でも言えば、きっと確実には俺に俺の脳みその色を見せてくれる。
心底カンベンしてほしいけれど。
ようは、俺には―――

『キッペー?』

ザザザ、と電波の途切れる音とともに部屋の中にユーシの声が響き渡る。
モニタールームのどこぞにスピーカーでも設置されているんだろう、ユーシはこのブラック・ラグーンの運転ルームにいるんだから。

「どうだ?」
『今つながったで。アサルト・ダイアラの吸出し番号や、安全やで』

ユーシがそういうと同時にキッペーが自身がつけていたイヤホン型マイクを俺に渡してくれる。
胸倉をあいかわらずつかまれたまま、キッペーとユーシの会話の内容にいまいちわからずにいると。

「お前のボスのバンさんだ、キヨ」

キッペーが説明をくれる。
つまりそのイヤホン(もとい電話)の電波の先には、自分の上司がいて、繋がっているということ。
それはつまり。

「僕ですッ!千石です!!!」

俺を助けに来てくれるかもしれない、天の助け!!
さっさとこの船と連中からおさらばしないと、俺自身いくつ命があっても足りない。
だから

「もっ、申し訳ありませんッ、ディスク紛失の件については…」


早く俺を助けてくれ!!!!
























なのに――――





『ああ千石君ねえ、そのディスクのことだけど』




この世には




『そんな物どこにもないし君ももう死んでるんだ。わかるか?』
「はっ?仰る意味がァ……その……?」




どこにも





『倒産寸前の山吹重工を立て直すため核開発の協力を某国に申し込んだんだが、実はその国は禁輸国に指定されていてね。ディスクはその計画書なんだよね』




否、最初から




『千石君!山吹重工五万名の社員のためだ』






南シナ海に散ってくれ




















いやしねえんだ