「ば、判部長!?」
「すいませんねぇ、千石君。荒事専門の連中もそっちへ着く頃だ」









―――――ゴゴゴゴゴゴ

船独特のエンジン音が響き渡る中、整備された戦闘ヘリに乗り込む男の姿があった。
ヘルメットを装着し操縦席のひとつ前にある席に座ると、いまだあいているドアの隙間からエンジン音に負けぬ音量で声をはりあげる。

「装備はどうなってる?」
「フルですよ、大尉!」
「ミサイル代は日本人持ちだ。プレトリア( 本社 ) も気前がいい!!」

そういうと男は大きく口をあけてガハハと笑う。
ガコンと大きな音をたててヘリの扉が閉め降ろされる、と同時にグオングオンと今度はヘリの四枚の羽がゆっくりとまわりはじめる。
ギュインと音をたてまるで嵐のような風を起すプロペラが一つの円を描いているかのように見えるほどの速さになると大尉と呼ばれた男の声が船倉の中をスピーカー越しに伝わってくる。

『第一船倉、ハッチを開け!!』















社長以下重役全員、君の葬儀には出席させていただきますよ。













こみ上げてくるのは絶望か。

それとも自己嫌悪か。

一体、自分の周りはどうなっているのだろうか。
馬鹿の一つ覚えのようにテニスに熱中していた中学時代。
自分の実力はそれで飯を食っていけるものではないと思い知り、高校にはいってからはまるで人が変わったかのように勉強に打ち込んだ。
実際俺はあの時に一度死んだのかもしれない。
努力は必ず実る、そんなこと本気で思ったことはないけれど日本最高峰と呼ばれる国立大学に一発で合格を決め、卒業後も日本有数の企業へ早々に就職も決めた。

なにもかもがうまくいっていた。






うまくいっていたはずだった。





「う、お、おえええええぇぇぇぇ」
「あッ!吐きやがったコイツ!!ここは外じゃねぇっつの、船内だぞ、オイコラー」

食べたものなんて胃にはいってない。
入っているのは馬鹿みたいに飲み込んだあの酒ばかり。
食道が、喉が、ヒリヒリする感覚は胃液も混ざっているのか。
ただ、気分が悪い、それだけで内蔵もなにもかも口から吐き出て行くんじゃないか、そんな感覚に陥っていた。

「しょうがない。風に当ててやれ、
「世話が焼けるぜ、ったくよぉ」

いまだおさまりきらない衝動。
はっきりしない意識の中、あぁでもそれでも部長だった人間の声はいつまでも頭の中でリフレインしている、自分の体がぐいっと持ち上げられていく感覚だけ頭の片隅にあった。

「あっさり見限られたなァ。ま、同情はするけどよ」

いまだ止まらない嘔吐感。
デッキの上で涼しくはない上にねっとりとまとわりつくような風にさらされながら顔だけ出して相変わらず俺は胃の中のものをはきだしていた。
横で立ちすさんでいるはハァとため息をついて近くの壁に体をもたれかけさせている。

「(なにが同情だ!どうせ身代金がどうのこうのとか思ってるくせに!)がっ、あ、はッ!!おえぇぇぇ…」
「あーああ。ボーナスはチャラか〜〜〜」
「(ほらみたことか!)」

この女に同情なんて言葉ほど似合わないものはないと思うのだ。

「でもよ、吐くほどショックなことでもねぇだろ。違うか?」
「放っといてよ…」

お前に俺の気持ちがわかるのか、とは言わない。言えない。
俺はお前ほど逞しくもないんだ、と声高らかにいえたらとは思うけれど口には出さない。
ただ、自分の中でこつこつと積み上げてきたなにかが足元から全てがらがらと崩れ落ちていくのだけを感じていた。
自分の中に残ったものは一体なんなのだろう。

「どーでもいいじゃねェか、くっだらね…」

くだらない、その一言で終わらせて言いほどのものを俺は築き上げてきたのか?
それとも、本当にくだらない、その一言で終わらせていいモノだったのか?
ぐるぐると頭の中をうごめいていくくだらない感情、その全てを断ち切ったのはのイヤホン型トランシーバーにはいってきたユーシの声だった。

?甲板におんの?』
「なんだよ、どうした?」
『レーダーに影がうつった。海上を高速でこっちに来よるのがおる。船とちゃうで、速度が明らかにちゃう』

むっとの眉がひそめられる。
水平線の向こうがわ、太陽がゆっくりとその姿を母なる海へと沈ませようとしている。

『三時五分、零度の方向。何や見えへん?』

いつから、聞こえてきたのか。
この耳をつんざくような爆音、そして自分へ叩きつけるかのような突風。



――――バリバリバリバリバリバリッ!!!!!!



ゴォッとものすごい音を立てて何かが俺達の頭上を通り過ぎる。
一瞬の出来事に俺も、も驚いた様子を隠すことなく口を大きくあけて頭上を振り返る。
通り過ぎたものはまた突風と爆音を伴ってぐるりと旋回するように、再び俺達の頭上を通り過ぎていく。

「ガンシップ!?」

の張り上げた声すら爆音が飲み込んでいく。













――――千石君。社長以下重役全員、君の葬儀には出席させていただきますよ