、社会人4年目、しかしそれは昨日で終わりを告げた。
、猫2日目、まだ始まったばかり。
悲惨すぎる。
「とか言うわりには思い切り寝ておったような気がするのだが?」
『・・・なァんか眠くて眠くてしょうがないのよね、心理的にはものすごーく参ってるつもりなんだけど睡眠とは関係ないのかしら。でも人間だったときはアメリアちゃんが死んだときとか1日や2日はまともに寝れなかったのに』
「体が猫だからだろう。人と猫の睡眠時間はほとんど変わらぬとはいえ、本来人の形をした魂は人の体の中にあるものがお前の場合人の魂のまま猫の体に入ってしまったことで精神と体がまだうまく結びついていないのだ」
『・・・ふむふむ』
「その体に慣れれば少しずつお前が感じている疲れも感じることのできない疲れも薄れていくことだろう」
なりたくもない猫になってしまってから一晩あけた。
結局霄と名乗った監禁爺さんのところで籠にいれられたまま、そう、籠に入れられたまま一晩を明かしたのだ。
なんて屈辱、この恨みいつか必ず晴らさねば。
思い出したくもないことを一生懸命思い出そうとしてようやく自分と憎きホームズの身にふりかかった出来事を思い出したのだがすぐに眠気が襲ってきてあれよあれよという間に眠ってしまったらしい。
気付けば部屋の中に太陽の光がそれはもう燦々と差し込んでいて、どうみても昼過ぎ、一体自分は何時間眠っていたのだろうと爺さんに尋ねたところ半日以上は余裕で眠っていたらしい。
それも猫のからだのくせに大の字で。
つまりはご開帳・・・・・・・さすがにこればっかりはへこんだ。
あれだけ爺さんのことを変態だの覗き魔だの女の敵だのと罵ってしまったのに。
いくら寝てたとはいえ自分から足をインリン様。
ああ、羨ましい事に人間の体をもってる母上、猫になっちまったとはいえグラビアモデルよりも卑猥な娘をお許しになって。
で、だ。
昨日は自分の無様な姿に落ち込んでしまい他のことを考える余裕がまったくなかったわけだが今日は気の済むまで寝た甲斐もあるのだろうか、今のところ疲れらしい疲れは感じていないし昨日よりも心情的に落ち着いているはずだからと、どうも自分のことを本人である私以上に詳しいらしい爺さんに今の状況やらを説明してもらうことにしたのだ。
この爺さん、なんで私のことを私以上に詳しいのストーカー!?と一瞬思いもしたのだけれど、不穏な空気を読み取ったのかその瞬間爺さんに睨まれてしまった。
目覚めたというのにちっとも爺さんが籠から出してくれない上に昨日から何も食べていないことを思い出したことで腹の虫が盛大に鳴り「ご飯プリーズ!フリーダムプリーズ!」と思い切り籠の中で暴れていたら、外出中だったらしい爺さんがタイミングよく現れようよう籠から出してもらえた、というわけだ。
最初にだされた猫マンマ(ご飯に魚のよりにもよって食べ残しどころか尻尾の部分だけをのっけたもの)は思い切り爺さんの顔めがけて投げつけてやり、次に出された肉まんのようなものはしっかりと胃におさめる。
この爺さんは私のことを『人の魂をもつもの』と言ったくせに思い切り猫扱いしてくれたわけだ、やはりいつかどこかで思い知らさねば。
女、いやこの場合メスか、を怒らせると怖いんだぞ、ってことを。
『ムハー!この肉まん、超おいしー!ごちそうさまでしたー』
「人が折角用意してやった猫飯を・・・私の服が台無しだ・・・」
『そう!爺さん、その服よ!あんた一体どこの時代錯誤な人なのよ、その髭も変!つかこの部屋も変!昨日からずっと考えてたんだけどこの部屋といい爺さんの格好といいまるで昔の中国みたい。その動きそうな礼服といい、頭のお団子といい・・・・・・爺さん、中国映画マニア?好きな俳優さんはトニー・レオン?服から髪型から家まで染まっちゃうなんて余程好きなのねぇ』
部屋の中をきょろきょろと見渡せばスクリーンの中でしか見たことのない家具やらなにやら。
ひさしの向こうに見える庭らしきものは広大で、これだけマニアになれるのは金持ちだよなと一人うんうんと頷く。
しかし爺さんはお前何言っちゃってんのとばかりに思い切り眉間に皺を寄せて
「お前の言葉は理解ができん」
とのたまった。
理解できんって何が理解できんのだと睨みつければ、ハァと思い切りため息なんぞつかれてしまう。
なんだか無性に腹が立つのだが、とにかく我慢。
「時代錯誤もなにも、この服装も髪型も至って平凡普通じゃ。勿論この部屋もな」
『まっさかぁ!私だってスクリーンとかテレビでだけど見たことあるよ、ただし昔の中国の話だからイマドキ誰もそんな格好してないし。今の中国人の平凡普通も世界共通、西洋衣服に大抵が短い髪よ』
「といったか・・・いいか、その耳をぴーんとおったててよーく聞け」
そういうやいなや、霄の爺さんはスッと手を伸ばして食後のリラックスタイム満喫中だった私の可愛い可愛い耳をギュッと思い切り摘んだ。
どことなく感じる気味悪さと痛さに思わず口からヒギャーーーと情けない叫び声が漏れたが、それでも爺さんは手を緩めてくれることなく寧ろさらに眼光鋭く私に顔を向ける。
『な、なんなのよ。真剣な顔しちゃって・・・』
「よいか。ここは彩雲国、王都貴陽を中心に七つの州からなる国だ」
『ハ?なに言ってんの、爺さ』
「よいから黙って聞かんか!ここはお前の言う中国とやら名前の国だか街ではない。そしてここは宮城、我らが王の住まう宮であり彩雲国の政治の中心の場所でもある。私の名前は昨日言ったが、覚えているか?霄 瑤せん、彩雲国の大師でありそして、彩雲国の礎ともなった彩八仙の一人じゃ」
爺さんの口から出てくる色んな単語が頭の中を駆け巡って駆け巡って。
そしてスポーンスポーンと抜けていった、それはもう見事に。
『ごめん、爺さん。私も爺さんの言葉が理解できん』
「理解しろ、むしろ覚えろ」
『なんて理不尽な。つか爺さんがボケてるって風に考えるのが一番しっくりくるんだけどどう思う?ていうかそう思いたいというか・・・・』
一箇所にとどめる事ができない視線をふらふらとさ迷わせながら呟けば、ようやく耳を摘んでいた手を離してくれる。
地味に痛かったはずなのに先程の爺さんの言葉のほうが色々とショックでその痛さを今の今まですっかり忘れていた、といっても30秒ほど。
さいうんこく?
なんだ、その『さい』ってのを取って後ろにその『さい』を付け直すとクレヨンし○ちゃんの映画のタイトルになっちゃうような国の名前は!
中国が街?冗談じゃない、名前は違えど中国は世界最初の文明を築き上げた歴史のある大きな大きな国だ。
宮城!?野球場の間違いじゃないの!?まあ王様が住むのに神宮球場とかはありえないけど、ていうか王様って何!?
ていうか爺さん偉い人なの!?この国やばいんじゃないの、若い女性は今すぐ逃げなさいって感じじゃない?
つか最後の単語、意味わかんない。
ただでさえ現実逃避まっただなかな私に爺さんは容赦なく言葉の刃を振り下ろした。
「ちなみにお前の言葉は外では通用せん。わしだから言葉が通じ会話が成り立っているものの他の人間には通じんぞ。何度も言うようじゃがお前の体は猫の体、魂が人のものであっても体が猫である限りお前の発しているものは人の言葉ではない」
「ただのニャーニャーニャーじゃっ!!!」
ジジイのニャーは可愛くない、無駄に迫力があって気味が悪いだけだ。