災難とは立て続けに起きるものである。
それが私のまったくあずかり知らぬところで見知らぬ人に降りかかるならまだしも、自身に降りかかるとなると頭を抱え込んでしまう。
いや、実際既に何件か災難は私に降りかかっていて。



その上腕が短くなってしまって抱え込みたくても頭を抱えることができないのだ。




どうやら交通事故にあってポックリ逝ってしまったらしい。
人間だったのに起きたら猫になってしまった。
変態爺さんに拾われてしまった。
中国のようでちっとも中国にかすりもしない名前の国におちてしまった。

もうこれだけで充分だと思っていたのに、災難はまだ続くらしい。
爺さんの言葉でいえば『お前がどんなに人間の言葉を喋っているとしても他の人間にはニャーニャーニャゴーにしか聞こえん』らしい。
何故最後だけニャゴーなんだ。

私がどんなに『こんにちは』と言ったつもりでいても人の耳には『にゃあ』で。
私がどんなに『アイラブユー』と叫んでも人の耳には『ニャニャニャー!!』としか聞こえないのだ。
下手をしたら発情期の猫だと勘違いされたりして迫害を受けてしまうかもしれないのだ。

じゃあどうして猫の言葉を話す私と変態爺さんは意思の疎通がはかれるのか、いや会話ができるのか。
それはどうやら爺さんが偉い偉いえらーい仙人様だからだという。
あほらしい、それを聞いた私の最初の一言は確かそれだった。
だってそうじゃないか、仙人?亀ハウスにすむ亀仙人と同列だって言われたら納得がいく。
だが違うらしい、聞くからに下品そうな仙人と一緒にするなとお叱りを受けた。
まったく信じようとしない私に爺さんは嫌そうな顔をしながらも自分の姿を変えることで、人ではない存在だということを私に証明したのだ。
目の前で爺さんが見目麗しい男性へとはやがわりしたのだ、天巧さんのイリュージョンも真っ青だ。
ペタペタと前足で爺さん、いや男性の体を触ってみたのだが人形でもなければ別人でもない。
つい先程まで老人だった男性は正真正銘霄と名乗った爺さんだったのだ。

ここまで話を聞いて、私は全てを投げ出したくなった。
いや、実際両後ろ足はけだるいとばかりに投げ出していたけれども。

どうやら交通事故にあってポックリ逝ってしまったらしい。
人間だったのに起きたら猫になってしまった。
変態爺さんに拾われてしまった。
中国のようでちっとも中国にかすりもしない名前の国におちてしまった。

これにさらに二つ災難が加わったわけだ。

屈辱的なことに私の言葉は猫の言葉でしかないこと。
そして、この変な国は人間だけでなく仙人という中身ちっとも尊敬できない伝説の存在がいること。









「つまりなに、あたしってばこの先爺さんしか喋る相手いないわけ?それとも猫は猫らしく猫同士つるんでろってか?この世で一番キライな猫と?」
「お前さんの姿はその猫じゃがな」
「お黙り。私は猫じゃないの、この体はヒョウなの!パンサーなの!たとえ体が真っ白でもヒョウでパンサーなのよ!!」
「ひょうだかぱんさぁだか知らんが私がネコといったらお前はネコなんじゃ!!」
「えーい!!黙れ黙れだまらっしゃい!!今日からあたしはホワイトパンサーよっ!!」

爺さんと自身の沽券にかかわることを言い争いながら両前足で自身の周りに漂う『お前は猫じゃあ』の空気を振り払うかのようにバタバタと暴れていると「霄?どうした?」と部屋の中に顔を覗かせたものが現れた。
霄の爺さんと同じような年齢(まあ霄の爺さんの見かけは詐欺に近いけれど)に同じようなどことなくお偉いさんの匂い漂う礼服、それから威圧感。
小さな小さな猫の体では人の、まして男の体は巨人のように思えただならぬプレッシャーのようなものを感じてしまう。
自分が人間の体だったとき、目の前に男がいようがいまいがそうそう相手からプレッシャーを感じるようなことはなかったのに。
猫ってのはなんて傍迷惑な体をしてるのかしらと見当違いのことを入り口に全身を現した男の顔を見つめながら思った。

「お前、まさかとは思うが猫と喧嘩してるんじゃあるまいな?霄大師ともあろうお前が・・・」
「隼凱、頼む、勘弁してくれ・・・」

コツコツと石床を音をたてながら霄の爺さんと私のところに歩み寄ってきた爺さんその2は霄の爺さんの服に爪を食い込ませブランブランとぶら下がっている状態の私を片手でひょいともちあげる。
猫の首根っこは確かに神経が通ってないとかなんとかで痛くない、痛くはないけれどその行為は非常に私のプライドに傷をいれる。
好きでこんな体になったわけではないが自分が人間じゃなくて猫なんだとまざまざと実感させられてしまうから。
なんとなく物悲しくなってしまいその感情が尻尾に思わず出てしまったらしい、だらーんと情けなく揺れている。

「お前の室に猫が何故いるのか、わしは驚くだけで済むが鴛洵なんぞが見たらさぞ皮肉たっぷりでなにか言うだろうよ。さっきのお前ときたら服に猫なんぞ張りつけて声を張り上げておるんだから。言っておくが外にまで聞こえていたぞ、お前の独り言」
「五月蝿い、放っておけ隼凱。そもそもその猫が悪いんじゃ、猫の癖して足癖は悪いわ機嫌が悪ければすぐに私をひっかこうとするわ・・・・・・猫のくせにな!!!

最後の一言を大声でいう必要があるのかと問われたら答えはNOだろう。
霄の爺さんと私はよほど気があわないらしい。

「猫猫猫猫言うが、わしから見ればお前みたいな奴と張り合えるこの猫に拍手を送ってやりたいよ。普段のお前なら猫のじゃれあいなんぞ話の種にもならんとばかりにさらりと無視をするだろう?下手をすると外に蹴りだしておるかもしれんな、それを考えればお前に引っかき傷を作ったこの猫は最高だ」

なぁ?
そういって私の目が隼凱(しゅんがい)と呼ばれた男の目と合うようにさらに上へと持ち上げられる。
日に焼けた顔、それなりの年月を刻み込んだ顔の皺、そしてどこかキラキラとしている目。




「なーにゃにゃあにゃにゃおぅ。にゃーご」(お爺ちゃん良い人だねぇ、ありがとう)




霄の爺さんと比べるまでもなくいい人っぽい隼凱というらしい爺さんに感謝の気持ちを込めて口をひらく。

「ん?なんだ?礼でも言ったのか、お前?」

そう言われてさっきまで霄の爺さんとの言い争いの原因だった「私は猫の言葉しか話せない」がまったくもってその通りだと確認はできたわけだ。
つまり霄の爺さんが偉いかどうかはともかく人間ではないということも。

「にゃあ・・・」(切ない・・・)
「お前、人間の言葉がわかってるみたいだなぁ。こいつが室に置いているくらいだ、そこらへんの野良やら飼い猫とはおつむやらも違うのかもしれぬなぁ」













チャララン★ チャララン★ チャララン★











隼凱というらしい爺さんの言葉が終わるやいなや、部屋の中に私のいた世界ではよく耳にすることのあった機械音が響いた。
なんだか私の目の錯覚やら気のせいでなければ隼凱というらしい爺さんの横で何もない空間から突然星マークが3つ現れて上昇したように思えたのだけれど。

一体何なわけ?