宮城では最近よく見られる光景がある。
それは主に朝廷三師と呼ばれるお偉いさん三人のうち二人において見られる不思議というよりも奇妙滑稽としか言いようのない光景なのだ。




例えば、朝方に霄大師を見かけることができれば白い猫と食べ物の取り合いをしている場面を見ることができる。
相手が猫といえど霄大師は手を抜くことはなく必死で皿を死守しようと足を出したり罠をしかけたりと、それはもう大人気ない、いや人間気ない。
しかしその猫もなかなかのつわもので大師の攻撃にも負けず隙あらば襲い掛かろうと目をギラギラと光らせているのである。
最終的にはいつも服が乱れまくった大師と真っ白い毛を灰色にした猫が並んで食事をしている光景になるのだが、それまでがなにかとやかましいらしい。

例えば、鍛錬所に向かえば白い猫相手に体術の鍛錬にいそしむ宋大師の姿を見ることができる。
何故猫と思うことなかれ、毎日霄大師と修羅場を繰り広げているあの白い猫なのだ。
ヒラリヒラリと宋大師の技をかわしてはビシリと猫パンチを宋大師に食らわせている猫は恐らく彩雲国中を探してもこの猫だけのはずだ。
一通り汗を流すとお互いに「ありがとうございましたァ!」「ニャッ!」と叫んで頭を下げているのだから、不思議を通り越して笑える光景である。

例えば、昼を二刻ほど過ぎた頃に霄大師の執務室を覗けば白い猫と菓子の取り合いをしている霄大師の姿を見ることができる。
朝方同様それはそれは激しい攻防で、猫の鋭い爪で服がビリリといこうが大師の歳を取っているとは思えない鋭い蹴りが猫の体にきまろうが終わりをみせない。
毎回毎回菓子を執務室に運んでくる女官は早々に逃げ帰り巻き込まれないようにするのに必死である。
しかし朝方同様いつのまにか一人と一匹は並んで菓子を食べているのだから、なんともいえない光景であることには違いない。

例えば、ぽかぽかと陽気な日には鍛錬所近くの庭で膝に白い猫をのせまるで一緒に本を読んでいるかのような宋大師の姿を見ることができる。
木陰に座り込み真っ白な表紙の本を猫と一緒に見ているその姿に武道一筋のあの宋大師が!?と大半の人間が息を呑む。
一体何の本をと目を凝らしてみると表紙には『の飼い方』とあり、一体どんな内容が書かれた本なのか読んでいる人間(と猫)以外検討もつかない。
しかし一人と一匹のそのほわわんな光景にその庭に通じる回廊を通る人々は癒されるらしい。
















今日も今日とて回廊からは大きな木の下で白い猫を膝に乗せ読書にいそしむ宋大師の姿が見受けられ、女官達がくすくすと笑いながらその回廊を通り過ぎていく。
文官たちもちらりちらりとあまり縁のない宋大師の和やかのその姿に笑みを浮かべそうになり、正面からこちらに向かって歩いていく人物の姿をみとめるやいなやキリリと真面目な顔になりそそくさとその場を通り過ぎていく。
その人物は隣を頭を下げながら通り過ぎていく文官たちに見向きもすることなくスタスタと歩みをすすめ、そうしてようやく今宮中で噂になっている光景の一つを視界におさめた。
あの宋大師がと言われるだけあってある種特異な光景ではあった、まるで人に語り聞かせるかのように猫に本を読んでやっているのだ。
眉をうっそうとひそめた男は一度止めてしまった足を再び動かせ読書にいそしむ一人と一匹のもとへと歩み寄った。

「ふーむ、どうやら猫のような生態なのかと思っていたが人間に近いらしいな。人間並みに頑丈で猫ほど睡眠時間も必要ではないらしい」
「にゃあ……にゃおんにゃー」(そうかなぁ、眠い時は一日中寝てるよ?)
「それはそれとして、頑丈なのは確かじゃないか。わしや霄とあれだけやり合って毛並みが汚れるくらいなんじゃからな」
「にゃ!にゃごにゃごにゃあん」(ギャ!あれは全部変態爺さんが悪いんだよ!?)

猫と話をしているように聞こえる会話に一層男の眉はひそめられたが、歩みを止めることはなくさくさくと土を踏みしめる。
ぴくりと宋大師の膝上に乗っている猫の耳が動き、本に向けていた顔をくるりと男のほうへ向ける。
綺麗な金色の瞳が男の姿をとらえヒクリヒクリとヒゲが動かされる。
自分達の方に向かってきている男の姿に猫は膝の上でくるりと体の向きをかえ、まるで人間のように前足でぽんぽんと宋大師の腕を叩き歩み寄ってくる男のことを知らせる。
腕を叩かれ男のことを知らされた宋大師はあいもかわらず暢気な顔をくるりと向け、歩み寄ってくる男が自分の知り合いだとわかると人の良さそうな笑みを浮かべた。

「鴛洵ではないか!こんなところでどうした?お前もこっちに来て座れ、今日は気持ちが良いぞ」

鴛洵と呼ばれた男はどこかムッスリと眉をひそめたまま宋大師の隣にまでやってくると膝の上の猫を一瞥して素直に隣に腰を下ろした。
睨まれた猫は一瞬パチリと視線を合わせたがすぐにスイとまるで人間のように視線どころか顔ごと男の視線から反らし宋大師の膝上でくるりと丸くなってしまう。

「どうしたどうした?ここは鍛錬所も近いからお前は近寄らぬ場所ではないか、何事かあったか?」
「いや、特に用はない。・・・・ただ色々と噂を聞いてな」
「噂?なんだそれは、わしも知っておる話か?」

宋の大きな節くれだった手が白い猫の背中を優しくなで上げる。
無骨者だと自他ともに認める男のその行動に鴛洵と呼ばれた男はさらに眉をひそめ、眉間はがっしりと山と谷ができあがってしまっている。

「お前と霄の噂だ、恐らくその猫とな」
「ん?おお、の噂か!!」

ひょいと男が指差した白猫に宋は一度目線を降ろすとすぐに嬉しそうに声をあげる。
そうして猫に向かって「おい聞いたか?わしらが噂になっとるらしいぞ〜」と話しかけ始め、猫は悲鳴をあげるかのごとく濁声で「ぎにゃあ!」と鳴き叫んだ。
尻尾もふんではいないわ乱暴を強いたわけでもないのに突然叫び声をあげた猫に鴛洵と呼ばれた男は奇妙なものを見るかのごとく目を細める。
噂ではこの白い猫は大師二人にそれはとても可愛がられているとあり、宋はその噂どおり猫のことを非常に可愛がっているように男の目にはうつった。
まだ霄が猫と一緒にいるところを見たことはなかったが恐らく宋と同じく可愛がっているのだろうと男は間違った検討をつけ、細めた目で白い猫を観察するかのごとくジロジロと見始めた。
男の視線に気付いているのか猫はどこか嫌そうに宋の膝上で体をもじもじさせると宋の懐の中にもぐりこもうと頭を突っ込み始める。

「おい、何をやっとる」
というのか、その猫は。霄の奴も大変可愛がっているようだな。宮中はお前達と猫の噂でもちきりでな、その猫を見てやろうと思って散策していたところだ。ちょうどお前と一緒にいたようで探す手間が省けた」
にゃごぉぉぉぉぉぉ!!!

懐に頭を突っ込んでいた猫は鴛洵という男の話に嫌そうに、それはもうとてつもなく嫌そうに、首を横にふるふるとふりだした。
白い前足を頭の上において首を振るその姿はまるで人間のようで鴛洵という男は猫のその姿にしばし唖然としてしまう。

のやつが『霄みたいな変態に可愛がってもらった記憶はこれっぽっちもねえ!』と嫌がっとるぞ」
「霄みたいな変態?」
「『あのクソッタレに可愛がられるくらいなら家出ならぬ城出してやらぁ』とも言っておる」
「あのクソッタレ?」

ぴくり、ぴくりと鴛洵という男の肩が揺れる。
そんなことに気付きもしない猫はいまだ宋の膝の上で頭を抱え悶々と悶えている。
まるで上司の嫌がらせに悩むしがない部下のようなその姿に鴛洵という男はフンと一つ息を吐き

「あの霄をそこまで扱き下ろせる奴がいたとは……なかなか将来性のある猫ではないか」

ニヤリと底意地の悪そうな笑みを浮かべた。










チャララン★ チャララン★ チャララン★ チャララン★ チャララン★







言葉を交わさずとも霄の悪口を言うだけで友情度がことごとく簡単にあがる男、それが茶鴛洵、最後の朝廷三師の一人である。