毎日の日課というのが私の中でできつつある。
それは食事の取り合いだったり食後の運動だったり読書だったり昼寝だったりと様々ではあったけれど、今までのように日中はずっと椅子に座ってパソコンに向かったりコピー機に向かったりするよちも遥かに自由でそして楽しいものだった。
猫になるまで、いや生前といったほうがいいのか、私の中にあったバイオリズムはたいして変化がないように見えて実に大きな変化をもたらしていたのだ。

の飼い方』という実に腹立たしいことこの上ない本によれば、猫という体でありながら実の私の中身はさほど人間であったときと変わらないらしいとあった。
人間の体から猫の体になった時点でさほどもへちまもないと思ったのだが、猫になってこのうんこくさい、いやいや彩雲国という国に降り立ってから一ヶ月、ほとほと諦めもつくというものだ。
変態ながらも仙人だという奇妙奇天烈な爺さんによれば猫の体に人間の魂がすっかりフィットしてしまっていて、無理にその魂を器から引き剥がそうとでもすれば今度こそお陀仏だと根気よく教えられたのもある。
この世で1、2をあらそうほど大嫌いな猫のままでいるか、うっかりこの世にも彩雲国にもサヨウナラをするか、究極の選択のように見えて実にあっさりと私は猫のままでいることを選択してしまった。
死にたくないというのもあったかもしれない、この世に人生で二回も死亡体験することができる生き物なんてのはいない。
その珍妙な生き物になってもいいんじゃないかという選択肢は、一ヶ月で出来上がりつつあった私の日課とバイオリズム、そしてそこに感じた『楽しい』という実に情けない感情によってポンと蹴り落とされたのだ。
本当はもう一つその選択肢をいとも容易く蹴落とした理由があるのだが、恥ずかしいというよりも癪に障るのであまり口にはしたくない。















『でもなんでよりにもよって猫…まだ犬の方が良かった…』
「まだそのようなことを言っておるのか。猫だろうが犬っころだろうがどちらでもよかろう、さして違いはない」
『猫と犬だと大きく違うでしょうよ!犬だともっと変態爺さんの足首だとかガッチリガリガリ噛み付いてやれるのに。この猫の神様とかいうやつもくだらないことをしてくれたわ』

そういうと尻尾でペチペチと自分の横にある『の飼い方』の裏表紙を叩く。
表には墨字でがっしりと『の飼い方』と書いてあり、裏にほんのり小さく『編纂 猫の神様』と書いてあることに気付いたのは誰あろう茶鴛洵だった。
自分の体がどうなっているかに必死だった上に漢文なんか久しく読んでねえよな私と漢字を10個以上読むとひきつけを起こすという(嘘をつく)宋隼凱はそんなところにまで気を配ることはなかったため一ヶ月近くもわからなかったのだ。
「「へぇ」」と二人(正確には一匹と一人だけれど自分のことを匹で数えるのが非常に腹立たしいので人間扱いにする)そろってポカンとした表情で返事をしたときの鴛洵爺さんの顔は見ものだった。
人は怒れば額に青筋が浮かび上がる、そのことが真実だとわかっただけでももうけもんなのかもしれない。
猫の神様とやらに心当たりはないのかと尋ねられて、そんなものあったら今すぐ引きずり降ろして人間に戻すかせめてもっと虎並みの大きさにしてくれと頼むわと全身の毛を逆立てたという記憶は真新しい。
ついでにその隣で隼凱爺さんが「虎か、虎ァいいなァ」と呟いたもんだから手と肉球を合わせてさすが同士!と新たに緑の星がチャラランと上昇したのは言うまでもない。
ただ残念な事にこの時既に隼凱爺さんとの友情度は10をとっくに越えていてそれ以上あがりようがなかったのだが。
まあ隼凱爺さんとの友情度に関しては基本的に一日30個ほど勝手に緑の星が上昇しているので多少星が下降しようがリセットされようが問題ないような気もする。
それはさておき、その編纂者である猫の神様とやらについで当たり前だが誰一人情報を持っておらず唯一知ってそうな変態が三人の頭の中に浮かび上がったのだけれども

「あやつに相談するくらいなら切腹してやるわ」

という漢らしいのかすがすがしいのか、ていうかどれだけ変態が嫌いなんだよという鴛洵爺さんの言葉によってスパンと却下された。
まあ後に隼凱爺さんが「キライよキライよも好きのうち」とまるで歌のように呟いていたので、さりげなく「イヤよイヤよも好きのうちじゃない?」と訂正だけはしておいた。

間違ってはいないけれど何かを間違えている。

『それに犬だったらおたくのところの文官に八つ当たりで蹴られそうになったりしたりできるんじゃないかなぁって。ああいや、あれって八つ当たりなのか?でも茶鴛洵のクソッタレとか嫁に頭があがらないくせにとかどうのとか』
「よーし、。そいつの名前、もしくは特徴を述べろ。今すぐ述べろ」
『それがいけないんじゃない?ていうか蹴られそうになってる私への、こうなんていうの、謝罪とかは?そもそもの原因は鴛洵爺さんだよね』
「何を言うか、一を聞いて十どころか百をわかれ、基本中の基本だろうに。頭の回転の遅い奴は勿論、人の言葉を聞いてから動くようなノロマなぞ下にはいらん。ましてや金だの玉だのなんだので動き動かされするような奴もな」

嘆かわしい、最後にそう一言付けて鴛洵爺さんは籠の中に積み上げてあったふかふかの饅頭を掴み取ると自分の口の中に突っ込んだ。
一を聞いて十を知れならいざ知らず、更にその上をいく百をわかれっていうのは手厳しいかもしれない。
が、人の言葉を聞いてから動くようなノロマだの賄賂を横行させている人間だのをクズと呼んだりするのはどこにいってもそうなのだと納得するしかない。




宮城に住みついて早いもので一ヶ月。
この宮城が一見華やかに見えて実は暗雲が立ち込めてまくっているのだということは早々に気付いた。
霄の爺さんたちのまわりでは余り感じないどす黒い空気も彼らから離れてしまえばぐぐっと猫の体にすら圧し掛かってくる。
女然り男然り、そして子供然り。
若人然り老人然り、そして猫然り。
醜いものは醜く、そしてこの宮城では醜いものが上へ上へとのさばっていき美しいものが下へ下へと突き落とされていく。
猫だというのに私を可愛がっているのが朝廷三師だからか、猫にまでヘコヘコしてくる馬鹿もいる。
その逆もあり、朝廷三師が可愛がっているからこそ私を虐げようとする輩もいる。




『とりあえず私のナイスバディを蹴り上げようとしたから思い切り鼻っ柱引っかいておいたからすぐにわかるんじゃない?』
「そうか、ならば今頃醜い顔に赤い線が三本なり四本なりくっきりと残っているであろうな」

フハハ。
そんな笑い声が聞こえてきそうな人の悪い笑みを浮かべ、鴛洵爺さんはもう一つ饅頭を掴み取った。
同じように饅頭を口に放り込んでいた隼凱爺さんがそういえばとばかりに口を開いたが、そうたいしたことではない。

、しかしお前無体を働こうとする人間全員を引っかいておるだろう?今日一日だけで顔に引っかき傷をつけた奴を3人見たぞ」
『・・・・・・大丈夫!鴛洵爺さんの悪口を言ってた奴にはいつもより多めに引っかいておいたから!万事オッケー恙無くオッケー』
「最初の間が気になるが、まあいい。明日が楽しみではないか、なあ隼凱。そやつはきっと頭のてっぺんから首まで引っかき傷まみれであろう」

フハハ。
再びそんな音ならぬ笑い声が聞こえてきそうだった。

「にしても人間相手にようやるわ、さすが霄の相手を毎日つとめとるだけあるのう。あとは、やはりわしのおかげかの!!さすが、わし
「霄と隼凱相手に死闘を繰り広げることのできる猫相手に文官ごときが敵うものか。、この調子でうつけを排除してゆけよ」

そういうと鴛洵爺さんは持っていた饅頭を半分に分けると片方をホレとばかりに私の口に突っ込んだ。
餡子がみっちりと詰まってそしてほんのり暖かい饅頭の味をもふもふとかみ締めながら、私って鴛洵爺さんに良いように使われてる?と思いを馳せた。
すぐにもう半分をホレと差し出され、まあいいかと思ってしまったのは目の前の爺さんたちが醜くなくて美しいからか。








チャララン★ チャララン★ チャララン★








あがらなくてもいいのに星はあがっていく。