ついていない日はとことんついていないものである。







目覚ましの時間はしっかり設定したのに起動スイッチを押すのを忘れて普通に寝坊したり。
朝急いで鞄の中に授業道具をいれたので、よりにもよって期限が今日までの宿題を忘れたり。
あまりの悲しさに溜息をついた瞬間に回答者という名の獲物を探していた先生と目がばっちり合ってみたり。

「うー…今日一日が三日くらいに感じたよぅ…」

やっとこさ最後のHRが終わり、私は思い切り机の上に覆い被さった。
ぐてーっと横になっていると、お疲れという笑い声が上から聞こえてきた。
顔をあげるまでもなく、親友の一人だとわかる。

「お疲れなんてもんじゃないよ…あー掃除もないし、さっさと帰って布団にダイブしたーい!!」

頬をぷぅっと膨らまして私が言う。
友達曰く「お前がやっても可愛くない」だそうだが、そんな事知ったこっちゃない。
とにかく今のこの状態ではとても布団が恋しくて仕方がない。
寝てないというわけではないのだが、睡眠不足が続いているのは本当のことだ。
いくら布団で寝ても毎日ほんの少ししか寝れなかったら寝た気にはならない。

「今日はバイト休みなの?」
「うん。久しぶりの休み〜!!もぎとってきてやった!!」

指でVサインを作って見せると、彼女は少し眉をひそめて

「そんなに大変なバイトならいい加減やめればいいのに。いつも文句ばっかり言ってるんだし」

と言ってきた。
彼女には勿論、学校の誰にも『バイト』の事は話していない。
そもそもバイトでもないのだが(れっきとした仕事だから)
別に彼女に『バイト』の話をしても構わないとは思っている。
しかし、果たして彼女やその他の人間は私の能力を知った後も普通に付き合ってくれるのかどうかと。
情けない事にちょぴり考えてしまうのだ。
別に避けられるなら避けられても構わないとは思うのだが。
いかんせん、ここは女子高。
恐ろしい『女』の溜まり場である。
面倒なことがとことん嫌いで尚且つ今の状況を気に入っているので、彼女や他の人間には『バイト』と言ってある。
どうせ彼女達がその『バイト』とかかわりを持つ事なんてよっぽどじゃない限りないのだから。

「うん、まぁそうなんだけどね。結局好きだしね、やめられないんだよね」

ははは…と笑って返すと、彼女はぐりぐりと私の頭をなでまわす。
頑張れよ、という意味だろうか。
それとも単にそうしたかっただけなのか。

「とりあえず今日はもう帰るわー……」

我ながら婆臭いと思いつつ、よっこらしょ、と声にだしながら椅子から立ち上がろうとしたその時だった。



「ねーねー、校門にものすごいかっこいい男の子がいるんだって!!」
「なんか青学の生徒らしいよ!!」
「えー誰か彼女でも待ってるのかなぁ?」
「ちょっと見に行って見ようよ〜」



ざわざわと他の生徒達の騒がしい声が耳に入ってきたのだった。

「さすが女子高。こういう話には皆敏感ねぇ…」

彼女があきれながら言うその横で、私は周りのざわめきを右耳から左耳へと聞き流しながら帰る用意をしていた。
本当に疲れていたのだ。
第一今の所男だ恋愛だと言ってる時間も余力も私にはない。
寧ろ、興味がないと言っても過言ではないのだろうか。
と前に『バイト仲間』に言ったら「安心せぇ、そんな前にお前にときめく奴はおらへんから」とのたまわってくれた。
勿論奴がその後一週間ほど姿を見せなかったのは私には関係ないことだけども。

とにかくだ。
その『待ち人』に関してさして興味のなかった私はさっさと鞄を持って教室を出て行こうとしていたのだ。
しかし。



「顔がすごい綺麗なのよ〜」
「微笑みが絶えなくてものすごく素敵だってー」

こんなざわめきが聞こえてきたところで私の足がピタっととまった。
そんな私の様子に気付かずに親友は教室の窓を開け校門の様子を伺っていた。

「うわぁ、見てみなよ。ものすごい人だかりになってる」

本当は見たくなかったのだけれども。
なんとなくその微笑みが絶えない奴ってのが気になって。
言われるままに窓からそろーっと外の様子を覗いた。
いや、覗こうとした。
その時。
教室に聞きなれた自分の携帯の着メロが流れた。
「魔王」の曲である。
背中をつーっと冷たい汗が流れ落ちる。
携帯に手が伸ばせない。
いや、例え手が伸びようともその携帯をとりたくなかった。
いつまでたっても携帯をとろうとしない私に業を煮やした彼女が、親切に私に携帯を押し付けてくれる。

(馬鹿ーーーーっ!!これぞ大きなお世話という奴なのよぅ!!)

まさか親切にとってくれた携帯を無下にはできず。
震える手で携帯のスイッチを押す。

『やぁ。ちょっと出るの遅いんじゃない?』

あなたが怖くて出れなかったんじゃ畜生!!と叫びたい気持ちを抑えていると

『まさか僕だってわかって出なかった』

心臓を思い切り鷲づかみにされた気分です、今。
息苦しい!!心臓がありえないくらいの速さで脈打ってるのがわかる。
ここから飛び降りれば楽になれるかしらね…フフフフ

『なんて事はないよねー』

クスっと笑う声が携帯越しに耳に入る。
ついでに携帯越しにキャーキャーという黄色い声まで聞こえてくる。
今日の私の運勢は一体どうなってるのかしらね、キヨ…
頭の片隅に無駄にオレンジ色な頭の少年が出てくる。

「と、と、ところで、い、一体何の用かしら?」
『何をそんなにどもってるのさ?いつもみたいに威勢良く喋らないの?』

誰のせいだ、誰の!!

「き、今日は私お休みなの!変な事に巻き込まないでちょうだい!!」
『えーそれは困るよ。今日は一緒に行ってくれって竜崎先生に言われたんだから』
「でも、私は休みなのー!!やーすーみーなーのぉ!!!」

最後の方は懇願しながら言っていたように思える。
隣で親友が私の怯えようとその壊れっぷりに驚いている。
まさか、今喋っている相手があの校門のところにいる魔王だと気がついては誰もいないはずだ。
というか、気が付かれたら困る。
それはもう大変困る。
ただでさえここは女子高。
男に飢えている女で一杯の園なのである。
例え性格がひんまがっていようが!!
悪魔をその身体の中に飼っていようが(というか奴そのものが悪魔だが)
平気で人を殺せるような奴だろうが!!
奴は外面だけはいいのだ!!
それを女子生徒がみすみす逃がすはずがない。
今、奴が喋っている相手が私だとばれてみろ。
明日から毎日質問攻めと紹介しろ攻めと非難の目でいっぱいになるが目に見えている。

『ふーん…今ここで君の名前を叫んでもいいんだね?』
「仕事大歓迎!!どこまでもお供しますわ!!ワオ!!」

ぶっちゃけ私は自分が大事だ。
I LOVE 自分。

『最初から素直にそう言えばいいのに』
「あはは……」
『じゃあ早く降りてきてよ』
「いや、一刻も早くその場から離れて下さい。そして緑ヶ丘公園で待ってて下さい」
『なんで?』
「まだおなごたちの餌食になりたくありません」
『ふーん、仕方ないなぁ。』
「お願いいたします」

ぷちっという音とともに電話が切れる。
どっと押し寄せてきた全ての疲れを追い出すようにため息をつく。

「し、仕事が入った……」

ぽつんと呟く。
親友は気の毒そうに、が、頑張ってねと声をかけてくれた。
でも。
無理だ…。
よりにもよってパートナーがあの魔王だなんて!!
スミレちゃん、一体何考えてるの!?

「とりあえず帰るよ、あたしゃあ」
「あ、う、うん。が、頑張れ?」

そんな疑問系で言われても。
哀愁という文字を背中に背負い私は教室を出、階段をおり靴を履き替えた。











しかし。

















、遅いよ。早くねって言ったじゃん」

魔王は待ち合わせ場所に行かずに校門のところで笑顔で待っていてくださったのだ。

たくさんうちの生徒を周りに侍らせて。














私の人生は今日で終わったのかもしれない。