私とコウガちゃんが身の上話で盛り上がってる間、不二は一言も発さなかった。
一応そのことに気付いてはいたのだけど。
何か考えているようだった不二の顔はいつもと違ってひどく真剣で。
声をかけてもいいものか、私にはわからなかったのだ。
しばらくして、考えるのをやめたらしい不二は「もう遅いし送ってくよ」といつものあの笑顔で言い、私とコウガちゃんをサルガタナスに預けた。

「じゃあ、サルガタナス、をちゃんと送り届けてね」
「かしこまりました」

不二にちょこんと頭をさげるサルガタナスの後ろで私は不二の顔を見つめる。



何かあったのかな。
何かわかったのかな。
何が起きてるのかな。



聞きたいことはいっぱいあった。
けど。
不二の方が聞くなという雰囲気をかもしだしていて。
結局私はコウガちゃんを頭に乗せ、「おやすみなさい」としか言えなかった。
ほんの些細な事でもいい。
今日の報告書はどうしたらいい?とか皇居の方には連絡いれないの?とか。
どんな事でもいいから聞けば良かったと、自分の部屋についてサルガタナスが消えた時に思った。



また不二は私から離れていくの?

また不二は私を置いていくの?



思うことはいっぱいあった。
眠気とドロドロした感情と必死に戦いながらコウガちゃんの為に寝る場所を作ってやる。

、どうかしたのか?」
「ん〜、なんでもない。眠いな〜とか明日朝早いから嫌だな〜とか考えてるだけ」
「そうか」

あまり納得した、という顔ではなかったけれどコウガちゃんは「おやすみ」と呟いて、3秒もしないうちに寝息を立て始める。
本当に鬼なのか!?とギョッとしながらもハンカチを小さめに畳んでかけてやる。
いつのまにか机の上に置いてある鞄の中から目覚ましをあわそうと携帯を取り出す。
が、携帯のメッセージの中に『明日は学校を休んでもいい』という竜崎からのメールがあり目覚ましをあわすことなくそのまま携帯をポンとベッドの上に投げる。
制服のブラウスのボタンを胸元くらいまであけて、ふと窓の方に顔を向ける。
カンカンと何かが当たっているような音が聞こえて窓を音を立てないように開けると、何かが部屋の中に入ってくるのが分かる。

「キィキィ!!」
「こ、蝙蝠?神尾アキラ?」

バサバサと音をたて、蝙蝠が私の肩にとまる。
ふと見ると蝙蝠がくちばしに何か銜えているのがわかる。

「手紙?私宛?」
「キィ!」
「そう、ありがとう」

お礼を言って手紙を受け取ると蝙蝠はキィと一声鳴き、開いている窓からスィと出て行った。
宛名には『様』とある。
誰から?と思い手紙を裏返してみる。

「ア、アシュタロト様!?」

見たことのある刻印が一つ、ポンと押されている。
思わず声にだしてしまい慌てて自分の手で口を抑える。
コウガちゃんが起きてこないのを確認して、ふぅと深呼吸する。
たかが手紙、されど手紙。



封の中にはたった一枚だけ白い紙が入っていた。



私が書いたのは便箋5枚。
何百年、何千年と生きているアシュタロト様にとって私のとりとめもない近況報告なんてつまらないだろうに。
それでもちゃんと返事をくれる。



頑張りなさいと言ってくれる。



パジャマに着替え布団の中に潜り込む。
手を伸ばして窓のカーテンを閉める。

「頑張りなさいと言ってくれるなら私は頑張る」

人は神様や天使、仏様に見守られていたいと願うものだ。
常日頃から、何かしらの願掛けの際、何かをなし終えた時。




でも。
私はアシュタロト様だけでいいの。



魔界の大公爵に見守られていたいの。