思うに、私は目の前のわかめ頭野郎を殴っても許されるんじゃないかと思う。
自分の身体はって止めようとするジャッカルさえいなければ、とっくに殴っている。

「えーい、離せ!ハゲ!坊主!あいつは一発殴らないと気がすまん!」
「落ち着けーっ!!早まらないでくれぇっ!」

互いに互いの身体をはった攻防を繰り返している目の前で、わかめ頭切原は相変わらず調子にのっている。
この試験が始まってから切原の愚痴というか不満は途切れることなく、奴の口から漏れている。
やれ面倒臭いだの、やれ魔物が弱いからつまらないだの。
それから、しきりに『女の癖に』という。
そういえばこの試験が開始した直後に言った一番最初の文句も『女の〜』だった。
この世界で男女差別なんてものはほとんどないものだと思っていただけに最初は新鮮だったけれど(勿論多少は腹が立っていたが)こうもしつこく何回も言われると新鮮を通り越して怒りにかわりそうである。

一階から、正確には他の神奈川メンバーがいなくなってからだけど、かれこれここ五十階まで登ってくるまで延々と赤也の文句・愚痴を聞いていた事になる。
実際試験が開始してから時間がどれほど経ったのかはわからない。
分からないけれど、とにかく私の堪忍袋の尾という奴は今すぐにでも切れそうである。
今は微妙にほんの少しだけ繋がっているとう感じだろうか。
一生懸命ジャッカルが(命を張って)間に入っているが、ビルの半分まできても止まらないワカメ頭の戯言に私はとうとう、ジャッカルの命によってかろうじて繋がっていた堪忍袋の尾を自らぶち切った。

「おい、コラ、ワカメ頭…」
「もしかしなくても、それ、俺のことっすか?」

五十階の魔物を倒したワカメ頭の背中に向かって声をかける。
多少不二仕様の為、ドスのきいた声だったかもしれない。
しかし、向こうも、ホラ、喧嘩買ってくれそうだから気にしない。

「ワカメ頭、いい加減にしろよ…何が気に食わないんだ、何が!!」
「まずはアンタ」

奴はあろうことか、この私にビシっと指を指してきた。
後ろから、ヒィィ…というジャッカルの断末魔が聞こえてきたが(一瞬だけ)それを無視する。

「実力はあるとか噂で聞いたけど所詮は女じゃん。女なら女らしくデスク作業してれば?」
「あーん?私にデスク作業をやれだとぉ!?」
「赤也っ!無理なことを言うな!にデスクなんてやれる訳ないだろ!中身男より男らし」
「死ねっ!ブラジルへ帰れ!!」

とりあえず後ろにいるタコに回し蹴りを一発。

「女で何が悪いわけ!?あんたより私のほうが上よ!」
「年齢が?それとも、単に事務所の在籍期間?」

神奈川の連中はコイツに何の教育をしてるんだ、と頭が真っ白になる。
ただあのメンバーを思い返してみて、まずまともな教育は無理だなと諦める。
女否定派のこの考え方、なんというか真田辺りの考え方なのだろうか。

「女だからって馬鹿にしないでよね。あんた、もう少しまともな教育受けなさいよ」

それとも単にあんたが人の話を聞いてないだけなの?

「実力があるのか知らないけれど、調子にも乗らないことね。すぐに潰れるわよ?」
「ご忠告どうも。でも俺に限ってそんな事絶対ありえないね」

フンとばかりに鼻で笑い、赤也の奴は新たに現れた階段を登っていく。
すまん、と背後からジャッカルが声をかけてくる。

「あいつ、なまじっか力があるだけに俺たちの話もまともに聞かないんだ」
「それを聞かせるのが神奈川メンバーの仕事でしょー」
「そうなんだけど、真田が微妙に可愛がってるしさ…俺たちの支部に女のメンバーがいないってのも原因なんだろうけど」

本当にスマンと目の前で手を合わせ頭をさげる。
ジャッカルのツルツルの頭を見ながら、もういいって、とだけ言い階段の方へ足を向ける。

「仕事は引き受けたからには最後までやるよ、けどもう何も言わないからね」
「あぁ、悪いな」

顔を上げると、新たに出現した魔物と戦っている赤也の姿が目に入る。
あと、更に五十階も階段を登らなきゃいけないのかと思うと落ち込み気味の気分が更に落ち込んだ気がした。