っち!?あとべーも!!俺置いてくなんてひどいC!うわーん、泣いてやるC!!』





「――え?」
『え、じゃないC!なーんで置いてくのー!?』

携帯を耳に当てたままの顔が強張る。
呟かれた言葉は携帯に消えていき、跡部もの様子に異変を感じたのか彼女の方に顔を向けている。

『そりゃちょっと遅刻しちゃったけど俺置いてくことないじゃん!ひどいよひどいよぉ!』
「ちょ、ちょっと待って!あ、あなた…誰?」
『うわーん!っち俺のことわかんないの!?ひどいC!
「あぁ、泣かないで!泣きたいのはコッチだっての!!」

は本当に泣きそうな表情をして携帯に向かって泣かないでよと懇願している。
どっちが泣かないでよなのかわかったもんじゃない。

「なんで事務所にいるの!?跡部から電話あったんでしょ?」
『あったよ。あったんだけどやっぱりちょっと寝ちゃって、遅刻しちゃったの。でも事務所行ったら誰もいなんだもん!』

跡部が身体をおこしてにどうした?と声をかける。
は跡部にただただ首を横にふるふるとふるだけで、携帯に向かってなにかまだ話している。

「―――っあ、なら、ならっ!!」
っち?』

の顔が向日の隣に座っている芥川に向けられる。
必然的に電話の会話を断片的に聞いていた跡部と向日も同様傍近くにいる芥川に顔を向ける。
三人分の視線を受けて芥川はいつもの眠そうな顔できょとんとして座っている。





「今、私の目の前にいるジロちゃんは誰なの?」





その言葉が静かな教室に響く。
跡部も向日も話がよくわからず芥川との顔を交互に見ている。
芥川はまるで眉間をよせて自身を見つめているに相変わらずのきょとんとした芥川らしい顔を向ける。

「―――なーんだ。もう終わりかぁ」

ちぇっと呟かれた言葉とともに教室に振ってきた言葉は一体誰が発したものだったのか。
いつもの芥川のようにぷぅっと頬を膨らませ拗ねた表情をした『芥川』は跡部の方に顔を向け、さっきの話なんだけどさ、と口を開く。

「別に神奈川とかに頼まなくてももっと簡単な方法あるじゃん」
「ジロー?お前、何言って」
「ん〜。もう飽きてから返してあげるね。がっくんのも。代わりのもの貰ってくけど」

携帯をいまだ耳に当てたままのと。
口を開けたままの向日と。
思わず芥川に向かって手を出そうとしてしまっている跡部。
三人の目の前で芥川の口が、言ってはいけないものを紡ぎだす。





はもらう。代わりにいらない人間たち、あげる






まるで日常会話のようにつむぎだされる言葉。
全て紡ぎだされた言葉が教室を蔓延すると同時に、の背中側にある壁から幾多もの手が獲物に向かって一直線に向かっていく。
一瞬のことに戸惑う隙すら与えず、その手はの身体を掴みあげるとそのまま壁へと勢いをつけて戻っていく。

「え?」

口から出た言葉は一つ。
右手にあった彼女の携帯電話は壁の中にまるで水のように沈んでいく彼女の身体とは裏腹に壁に拒絶されるかのようにコツンと音を立て彼女の手から離れる。
カランカラン、と落ちた携帯は床で二回ほどくるくるとまわり止った。

「あ、あと……っ!」

幾多もの手に捕まえられた左手を必死に前へ前へと、彼女は彼に向かって差し出すもズブズブと音をたて彼女の姿は壁の中へと消えていく。

っ!!!」

座ってた椅子を後ろに倒して立ち上がった跡部は目の前にある机の上を飛び越えて彼女が消え行く壁に向かっていく。
けれど彼の手が壁に触れる直前に彼女の前に差し出された左手の指先がタプンと音を立て壁の中に沈んでいった。
バンと音を立て跡部は自身の手を壁に叩きつけるが、先ほどまでの水のようなゼリーのような壁はなくただいたって普通の「壁」がそこにあるだけである。

っ!クソっ!」

壁に拳をたたきつけた状態のまま、跡部の低い声が教室に響く。
今まで幽霊なんて見たこともない、まして霊力なんてかけらもない向日だが跡部の方から只ならぬ気配となぜか彼を中心に風が教室の中に吹き荒れていくのが肌でビリビリと感じられた。
教室に転がっている机や椅子はその風に当てられてガタガタと音を立てながら揺れている。
自身に推しかかってくる見えない圧力によって向日は声がのどで詰まってしまったかのように出てこない。
出てくるのは体中から噴き出してくる汗と奥底から感じる震えだけだ。

「おい、テメェ。をどこにやりやがった…ジローの面しやがって!ただじゃおかねぇ!!」

跡部の周りにはいつのまにか今まで向日が生きてきた中で見たことのない、これからも見ることはないだろう生き物が何体も何体もいて、全ての鋭い視線がこちらに向かっている。
向日ではない、その隣の芥川に、だが。
息をするのも苦しい、そんな中で隣に座る芥川はお腹を抱えるようにしてアハハハと笑い出す。
その声は先ほどまでの芥川の声ではない。
少し高めの、そうどちらかといえばこれは女性の声だ。

「そんな魔界の生き物でわたくしを倒せると思って?面白い坊やですこと!」
「んだと!?」
「そんな下等生物がわたくしに刃向かえるわけがございませんわ」

そういって芥川だったモノはジジジと音を立てその姿を変えていく。
黒い髪を頭の上で一つにくくり、身を黒い服で包んだしなやかな身体の女性に。
肩にかかる髪をうっとうしそうにかきあげるとその女性は妖艶に微笑んだ。

「わたくしの名前はオセ。地獄の大総裁なり。我が同胞のため、はいただいていく」
ざけんなっ!!

跡部の大きな声が響き渡ると同時に一匹の獣がオセと名乗る女に向かって飛び掛る。
しかし獣がオセに触れる直前でバチバチと電撃がはじけるような音が響き渡りドォンという音を立て獣の身体が床に落ちる。
クスクスと右手を口元にやり笑うオセを跡部は睨み付ける。
彼の周りの生き物たちは力の格を感じているのか前に進み出るものがいない、それどころか数体は身体を震わしてさえいる。

たかだか人間がおこがましい。引き際というのも大事でしてよ

オセの身体が煙のように消えていく。
跡部はあがきのように忍足の破魔の札を二枚消えていくその身体に向かって投げつけるも、それすらも触れる直前でボッと音を立て燃え上がり灰となってしまう。
完全に彼女の身体が消えてしまってもあの馬鹿にしたような鼻につく笑いが教室の中に残り、跡部の中にも影を落とす。











―――彼女のいなくなった場所には消えていた八人の生徒の身体があった。