お前、俺と初めて会ったのは事務所でだと思ってるだろ。
バーカ、ちげぇよ。
お前は知らねぇだろうが俺は前からお前のこと、知ってたんだぜ?
MEMORY side.Keigo
越前さんに「事務所にこないか」と誘われて2週間ほどたったくらいだったか、あまり乗り気じゃなかった俺は相変わらずうだうだと日々過ごしてたんだよな。
あの越前南次郎に声をかけられたことはすげぇ嬉しかったんだが、その時の俺はどうしてもそれに乗れない気分に陥っていた。
俺の家族で親友のランディが死んだこと、それをいつまでも引きずってたんだ。
アイツの子供のジュニアを俺が代わりに育てることになっても、悲しみからなかなか抜け出せなくて。
悪いと思っていながらも誰にも見つからないだろうとたかをくくって学校の敷地内でほったらかしにして遊ばせてたりしてた。
あぁ、それでと初めて会った日のことだよな。
あの日、俺は日直で担任から昼休みに職員室へ来るように指示されていたんだ。
面倒で誰かに代わりに行ってもらおうかとさえ思ってたんだが、何故だか行った方がいいような気がして寝ているジローを残して職員室へ向かった。
今考えてみればあの時俺が自分で職員室に行って正解だったと思う、あの時誰かが代わりに職員室へ行っていれば俺はにも会わなかったし必然的に事務所にも入っていなかったと思う。
あれが俗に言う『第六感』ってやつなんだなと納得したぜ。
職員室の前で宍戸のやつとばったり出会い何してんだと問えば音楽担当の榊に呼ばれたとかえってくる。
「なんで、榊先生にお前が呼ばれるんだよ?あーん?」
「俺が知るかっつの。そういうお前は何しに職員室なんかに来てんだよ」
「俺は」
俺の手が職寝室の扉にかかるよりも早く俺たち二人の前で職員室の扉が開く。
扉の向こうにたっていた人物は廊下にまさか人がいるとは思わなかったらしくそのままボフンと宍戸にぶつかった。
「うわっ」
「えっ!?」
ぶつかってきたのは私服の女で、一歩下がった宍戸と同じように一歩下がったソイツはお互いの顔を見て同じように頭をさげた。
「わ、わりぃ!」
「ごめんなさい!まさか人がいるなんて思わなくて」
お互いにペコペコと頭をさげて謝ってる二人を放っておいて俺はさっさと中に入り担任のもとへ向かう。
次の時間は自習になるから皆にプリントを配って欲しいと頼まれ渡されたプリントは一枚で、担任の顔を見れば申し訳なさそうに隣の印刷室で人数分刷って持っていってくれという。
ふざけんなよ、と心の中で暴言を吐きながらも表の俺は「わかりました」と素直に返事をかえしておく。
やっぱり誰かに行かせばよかったと軽く舌打ちし、隣の印刷室に入りコピー機の前でぼーっと突っ立ったまま人数分のプリントを刷っていると
「君が跡部君だね」
と後ろから誰かに声をかけられた。
なんだと後ろを振り返れば、さっき宍戸が呼ばれてた音楽担当の榊が印刷室のドアにもたれ掛かって立っている。
「そうですが、何か御用ですか?」
「いや、これといって用事はない。ただ――」
「何ですか?」
俺の後ろでウィーンウィーンと音を立ててコピー機が動いている。
俺とこの先生との接点はほとんどないはずだと不振に思っていた俺は多分その時隠すことなく顔にだしていたと思う。
「君も越前君に誘われた人間だと竜崎さんに聞いてね」
そう言われるまで。
「君、も?」
「そう、一緒に事務所で働かないかと越前君に声をかけられただろう?」
「――な、なんで」
なんでこの人はそのことを知ってるんだ。
俺が能力持ちだってことも、知ってるのか。
俺の足が一歩後ろに自然とさがってしまいガタンと音をたててコピー機にぶつかる。
「あぁ、そう警戒しないでくれ。ただ知りたかっただけだ」
「知りたかった?何を?」
「私の娘と同僚になる子をね、この目で見て、確かめたかっただけなんだ」
そう言って榊先生はゆっくりとした足取りで印刷室にある唯一の窓へと向かい、おろされているブラインダーを少し上にあげる。
うっすらと暗かった印刷室に急に光が入ってき、眩しいとばかりに俺は目を細める。
窓際に立つ先生は窓から何かを見るように外をのぞき、目的のものを見つけたのかうっすらと笑みを浮かべる。
俺たちの知っている、かの榊先生にしては信じられない光景だ。
「先生の、娘さんも越前さんに誘われているんですか?」
「あぁ、うちの子は二つ返事でOKしていたが」
君は違うようだね
顔だけこっちに向けて尋ねる榊先生に俺は気まずさを感じうつむいてしまった。
「責めてるわけではない、他にも返事を渋っている子はいるとも聞いている」
「――俺、は」
「少しこっちにきてみなさい」
呼ばれて俺はかの先生の横に立ち同じように窓から外を覗いてみる。
ここから見えるのはどう見ても校舎の裏庭で、ただ薄暗い裏庭でなく芝生がいっぱいに広がりところどころに木が生えているほとんど庭といってもいい代物だ。
「あれは君の友達か?」
そう言って彼の指差す方を見てみれば、確かにジュニアの奴が木陰で楽しそうにゴロゴロと転がったりしている。
アイツ何やってんだ、と乗り出して様子を見ているとちょうど生い茂る木で見えなかったところから誰かが出てきてジュニアを抱き上げる。
ジュニアはというと嫌がりもせずにそいつに抱かれ、しまいには楽しそうに頭の上に乗ったりしている。
「君は魔界の生き物を飼ってるようだね」
「ジュニアたちはペットじゃありません、俺の家族です」
「あぁ、すまない。そういうつもりではなかった」
「――いえ」
「あの君の友達と遊んでる子だが」
「ジュニアのやつは普通の人間には見れないし触れないはずなんですが。アイツ自身も警戒心高いですし」
「あぁ、そうなのか!ならあの子は触れて当然だ、あれが私の娘で今度事務所に入る子だからな」
目をこらしてよく見るとジュニアと遊んでいる人間は、さっき職員室の入り口で宍戸にぶつかったやつじゃないか。
ジュニアも楽しそうだが、あいつも楽しそうにジュニアと一緒になって芝生の上でゴロゴロと転がっている。
あれじゃあ、まるで。
「子供、だろう」
「―――へっ」
「あぁ、君の顔を見てるとそういう風に思えたのだが。まぁ気にしなくていい、本当のことだ」
だから
「心配になる、大丈夫なんだろうかと」
「越前さんに誘われるくらいなんですから大丈夫だと思いますが?」
「違う、そういう力のことではないんだ。あの子自身のことなんだ」
隣に立つ音楽教師の顔が一瞬曇る。
普段この人間とはこんなにも喋らないし、そもそも接しもしない。
耳をすませばいつのまにか後ろのコピー機からは音が聞こえてこず、どうやら人数分のプリントは刷り終わったようだ。
「君に、頼みたいことがある」
「――なんですか?」
「事務所に入るのを渋っているのは承知だが、あの子のことを支えてやって欲しい。私もいくら能力者とはいえ事務所の中にまでは関われない」
それは、いくらなんでも過保護の域に入るんじゃないかと思える発言だった。
「過保護じゃないかと思うだろう。確かに過保護なのかもしれない、けれどそうせざるをえない状況なんだ」
「そうせざるをえない?」
「あの子は壮絶な運命の星の下で生まれてきた。それを、あの子は知らないし知って欲しくもない。だが、いつかどこかで必ずその運命に巻き込まれるだろう」
「俺に、それに巻き込まれろと仰るんですか?」
「ふっ、そこまでは頼んでいない。ただ、傍にいてやってほしい。一人にしてやらないでほしいのだ」
あの時。
俺がそれにYESと答えたのは。
「あれも、第六感ってか。冗談じゃねぇ」
「なにが??」
「うっせぇよ、。お前はさっさと始末書書きやがれ、俺様まで帰れねぇだろうが」
「なによー。文句言うならさっさと先に帰ればいいじゃーん」
片方の頬を膨らませて俺をにらんでくるに丸めたノートでバコっと頭を軽く叩く。
あれから確かにの壮絶な運命とやらはゆっくりと動き始めた。
本人の意思に関係なく、本人は勿論、不二や俺、他の連中たちもゆっくりとその歯車の中に巻き込まれていっている。
それを辛いと思ったことは何度かあれど、嫌だと思ったことはなかった。
「バーカ。今日の晩御飯は俺も榊先生に呼ばれてるんだっつの」
「なにぃ!?なんであとべーも呼ばれてるの!?」
「ジローみたいな間延びした呼び方すんな。いいからとにかく早く書き上げろ、車呼べねぇだろうが」
そう思うのはきっと俺だけじゃない、千石も幸村も、手塚も橘も、俺と同じはずだ。
運命の歯車はゆっくりと、ゆっくりと、回り続ける。
「つうことは、最初から全部運命だったってことか?」
ふざけるなよ、俺はそんな星になんか負けねぇ。
行き着く先のうしろには粉々に砕けた歯車の破片が散らばってさえいりゃいい。