、何やってるの?」

出社時間になって騒がしくなってきた事務所の中で自分のデスクに向かい時間と勝負しながら手紙を書いていると、頭上から能天気そうな声が聞こえてくる。
不二はというと私の隣のデスクに座って何か雑誌を読んでいる。
ちなみに決して隣のデスクは不二のデスクではない。
私の隣は正真正銘神尾アキラという人間である。
恐らく彼は事務所には来ているのだろうけど…。
まさか魔王に「すみません、そこ俺の席なんですが…」なんていえる奴はいないだろう!!

「キヨ?これはねー手紙書いてるの」
「手紙?」
「そう。またの名をラブレターとも言う」

私がそう言った途端に、頭上の人間は事務所中に響き渡る大声で

「えーーー!!がラブレターっ!?」

と叫んでくれた。
その瞬間シーンと静かになる事務所。
そして自分に突き刺さる視線。

「何で静かになるのさ……」

地を這う様な低い声で私がそう言うと、事務所中が慌てた様子で再び騒がしくなる。

(えーの奴がラブレター!?)
(誰に出す気やろうな…誰か賭けやらへん?)
(何の賭けっすか?)
のラブレターの相手が事務所の奴か違う奴か)
(でも事務所の奴だったら誰にもらったって言わないと思うっすよ?からラブレター貰ったなんて)
(ギャハハ、それもせやねー神尾ナイス〜)

(聞こえてるんだっつの、変態眼鏡に神尾……)

「ねぇ、不二」
「なに?」
「忍足と神尾が魔界で散歩したいんだってー」
「へぇ」
「あと、ついでにキヨちゃんも連れて行ってあげてー」
「わーん、ごめんよーー!!」
「「ごめんなさい、様」」

けっ、どうせラブレターなんてのと遠い人間ですよーだ。
けどねー、さっきのはないんじゃない?
私の誰よりもやわらかいハートにぐさっときたよぐさっと。

「でも、本当に誰に書いてるの?がペン持ってるところ久しぶりに見るよ」
「はっはーん。キヨ!よくぞ聞いてくれました。不二、キヨちゃんは無効」
「やったー(涙)」
「「お、俺らは!?」」
「僕と一緒に魔界『血泥沼』散歩コース。おめでとう」
「「ぎゃーーーーーっ!!!!」」

さ、あんな馬鹿二人は不二に任せておいて。
手紙、手紙。
アシュタロト様への手紙〜。
文章を一つ一つ書いていくたびにドキドキしてしまう!

「ねぇ、。さっきの質問は?」
「あーこれねーアシュタロト様に書いてるのー」

キャー。
恥ずかしくなってバシバシと誰かの背中を叩く。
誰かの……隣の……背中を……

「ギャー!!不二!!!」
…僕は君に何かしたかな?」
「ひぃ、ごめんなさいごめんなさい」

恐る恐る叩いてしまった背中の持ち主の方に顔を向けると案の定そこには魔王様。
思わず土下座しそうになる、それくらい不二もとい魔王様の笑顔は怖い。
綺麗な顔なだけに怖い、でもやっぱり性格も怖い。
観月サンも不二に負けず劣らず綺麗だけどなんだかこの人は怒っても怖くない。
不二で耐性がついちゃってるからかもしれないけど。
やっぱり一番の理由はそこらへんの乙女より乙女っぽいから…かなぁ。
さすがに本人には言った事ないけどね。

「さてと。最後に名前を書いて」

愛するより…っと。
ふっふっふっふ。

「封筒にいれて〜のりでくっつけて〜〜〜できたー!!」

パンパカパーンという効果音のもと、出来上がったホカホカの手紙もといラヴレターを掲げる。
おおぅ、というどよめきとパチ、パチといかにも適当〜な拍手が事務所の中から聞こえてくる。
なんだよそのパチ、パチっていう間がありすぎる拍手は!!
私は売れない漫才師じゃないのよ!!

「さ、出来たんならさっさと行くよ。もう六時だ、約束の時間に間に合わなくなるよ」

そう言って不二が読んでいた雑誌を置いてデスクから立ち上がる。
え?と言って壁にかかってある時計を見てみれば確かに時刻は六時。
わーごめんごめん、と謝りながら慌てて今回の仕事の準備を始める。
―――準備を始めようとしたのだけど。
考えてみれば私は今回の依頼の内容をまだ知らない。
不二が知ってるみたいだからいいかなぁと放っておいた(というより忘れてたというのが正解だけど)けど。
後々面倒くさそうなことに巻き込まれなきゃいいんだけどな。

「行く用意といってもねぇ。仕事の中身まったく教えてもらってないしなぁ」
「ん?」
「不二、その仕事どんな内容なの?なに用意すればいいかわかんないよ」
「君はいつもどおりでいいよ、そんなてこずるような内容じゃないしね」

そう言って不二がにっこりと笑う。
そう?と一人納得してごそごそと自分のデスクを漁って自分が必要だと思うものだけポケットに詰め込む。
といってもいつも通りだから、詰め込むものは一つしかない。
手紙は自分の胸ポケットにいれる、なんといっても大事なものだからね!

「よし、準備オッケー!」
「じゃ、行こうか。千石、僕たちこれから仕事だから地下室使うよ」
「地下室?オッケー」
「何かあったらいつものように。僕の方に送ってきて」
「りょーかい」
「じゃねーキヨちゃん」

ブンブンとキヨちゃんに手を振って(ついでにいまだ崩れ落ちている神尾と変態眼鏡にはバーカと言って)不二と連れ立って事務所の階段を降りていく。



ちなみに、後から知った事だが。
私達が地下室に下りてしばらくして上では新しい所員が皆の前で紹介されたらしい。
あの難関入社テストをほぼ満点でクリアーした越前リョーマ。
私と不二が彼に会うのはまだ先の話である。