「おまたせ、跡部」
、待ちなさい。洗面所に忘れていたぞ」

玄関で待たせている跡部のもとへバタバタと慌ただしく向かった私の背中にパパ先生が声をかけてくる。
忘れ物?と思いくるっと振り返った私に先生は手を伸ばし首からなにかをかける。
チャリっという金属音が耳にはいってきて、あぁさっき顔洗う時にはずしたままだったと小さく呟く。

「ありがとう!」
「ん。じゃあ、気をつけていってきなさい。跡部も」
「はーい、いってきま〜す」
「いってきます、榊先生」

玄関でそのまま見送ってくれるパパ先生に軽く手をふって私は小さなバッグ片手に跡部とエレベーターに乗り込んだ。










マンションのエントランスをでると傍のロータリーに跡部の家の車がとめてあるのがわかる。
運転手さんが私と跡部に気付いてすぐにでてきて後ろのドアをあけてくれる。
ありがとうとお礼をいって乗り込むと、そのまま跡部もあとから乗り込んでくる。
学校のある平日は事務所に向かうのは学校帰りそのままになるので電車通学になるんだけれど、学校のない土日に仕事がはいったら大抵跡部がこうやって迎えにきてくれる。
面倒だろうから別にいいのに、と言おうかと思ったんだけどこのマンションから事務所に向かうとなるとまず最寄駅まで20分歩いて行って電車を3回乗り換えなければならない。
それを考えると、まぁその、便利…というか楽というか。
とにかく、今更迎えに来なくていいよなんて私からは口が裂けても言わない、行ってやるもんか!!

「さっき榊先生になにを首にかけてもらったんだ?」

車の中なのにリビングさながらティーセットが用意されていて、車の中にいた執事さんらしき人に湯気がホコホコとでているカップをさしだされる。
ありがたく受け取ってカップを傾けていると隣に座っている跡部がそういえばとばかりに尋ねてきた。

「あぁ、これねー。んと、リング、になるのかなぁ?」

服の中にかくれてしまったソレを取ろうとすると執事さんがお持ちしますよと言ってくれたのでありがたくカップを持ってもらう。
チャリっと先程と同じような軽い金属音が車の中に小さく響く。
シルバーでできたネックレスチェーンを軽くもちあげると服に隠れていた部分が外に出てくる。

「リング、か?」

チェーンの先にあるのは、一つのリング。
シルバーでできてるのかどうかは知らない、けど黒ずんだりしたこともないし、傷もついたこともない。
石もなにもついていないけれど、手作りのような、とてもきれいな彫刻がほどこされてある。

「いつだっけ…忘れちゃったけどパパ先生に誕生日プレゼントでもらったんだよね」
「榊先生にか?」
「そう!おまもりがわりにしなさい、って。ちゃんと肌身離さず持ってなきゃ駄目だぞって」

そういって自分の手のひらの上にそのリングを置いてみる。
銀色に光り輝くリングの装飾はまるでなにかの模様のようで、どこかでこれを見たことがあるような気がずっとしていたのだけどあいにく全く思い出せない。
もしかしたらただ単にそう思っただけなのかもしれないし。

「ふん、いつもらったか忘れたなんてらしいな」
「なーによ!バカにしてんの!?」
「別に?オラ、いつまでカップもたせてんだ。もうすぐ事務所につくぞ」
「うわ、本当だ!!ごめんなさい!!」

慌てて執事さんからカップを受け取ると、執事さんは笑いながら構いませんよって言ってくれる。
跡部もこの執事さん見習ってもっと優しくなればいいのに、って思うんだけどそうしたら私の交通手段がなくなるから言わない。









「おっはよーん!!」

事務所の扉をあけると、既にほとんどの顔がそろっていて一斉にみんなの顔がこっちにむけられる。

「おはよー、!今日もギリギリだね〜」
「おはよ、幸村!まだセーフでしょ??」
「フフ、ギリギリね。跡部もおはよう」
「あぁ。オラ、!さっさとタイムカード押しやがれ。また竜崎先生に怒られるぞ」

ぐいっと首根っこをつかまれて幸村と喋ってる最中だっていうのに跡部にタイムカードの置いてある場所にまで引きずられていく。
そばのデスクに手塚さんが座ってて、おはようございますって馬鹿丁寧に挨拶すると、あぁおはようって返してくれる。
なんかもうその言い方から既に年齢ごまかしてるっぽいよね、本当。
、自分の名前の書いてあるカードを手に取り跡部の後、タイムカードを押す。
カードを差し込むと記録する機械音がカシャンって聞こえてくる。





××××/06/01 Sun 09:59





「おーっす、野郎ども。ちゃんと揃ってるかァ?」
「普通に喋れんのか、南次郎!!」

カードを元に戻している最中にバーンと音を立てて所長室の扉が開かれる。
相変わらずうるさいなぁと振り向けば、多分所長の越前さんと鬼裏所長のスミレちゃんの姿。
ぐるんと部屋の中を見渡して、スミレちゃんは軽くため息をついて「また千石は遅刻かい」と肩を落とす。
にもかかわらず越前さんはというとガハハハハと何が面白いのかわかんないけど笑っていて、キヨちゃんの遅刻なんてこれっぽっちも気にしていない。
気にしなくて当たり前かもしれない、今日はちゃんと始業時間前に越前さんが事務所にいるけど越前さんといえばキヨちゃん以上に遅刻常習犯だから。

「まぁ千石ならそのうち来るだろぉ!おーっし、今日も仕事だぞォ!」
「千石がまだ来てないがもう来るだろう。依頼の振り分けをするから、みんな所長室に来てくれるかい?」

そういってスミレちゃんが右手におさまっているプリントの束をひらひらさせた。