―――チャリン
鼻がひくつく。
―――チャリン
耳が動く。
―――チャリン
目が獲物を追いかける。
―――チャリン
宴のはじまりだ
「ほら、さっさと足動かして。バスに乗り遅れたらどうしてくれんの?」
私の少し先を歩く不二が振り返ることなく口を開く。
駅の改札を出てから日曜だというのに人が多い地下街をなるべくぶつからないようにして歩いていく。
バスの時間とか私は知らない、不二に任せたままだ。
これでも頑張って不二について行っているつもりなんだけど、あまりの人の多さに不二の姿が時々見えなくなる。
これが橘さんだとかだと身長が高いからすぐわかるし、跡部でも無駄に人が避けていくからわかる。
でも不二だとそうもいかなくて、気付けば人ごみの中に紛れ込んでしまっていてわからなくなってしまうのだ。
「もう少し私のこと労われってんだ」
「あのね、はおばあちゃんでもなんでもないでしょ。バスの本数が少ないんだからちゃきちゃき歩いて!」
ちらっと一回だけ振り向いて言う不二の歩くスピードが遅くなる事はない。
勿論私のことを労わってくれるわけでもない。
でも、これでも不二は大分優しくなった。
はじめて事務所のみんなに出会った時、すごくすごく冷めた雰囲気が事務所を包み込んでた。
それは不二が、とか事務所の立地場所が悪いとかそういうのじゃない。
私や南次郎さん、スミレちゃん以外の人間が、みんなそういう雰囲気だったから。
一番自分のことを嫌っているキヨちゃん。
私の顔見て泣きそうになる橘さん。
人との接触を嫌う幸村。
自分のことにも他人のことにも興味のない手塚さん。
なにかを放棄した跡部。
それから、何も見せない不二。
そう、あの時の不二に比べたら大分人間らしくなった。
「あぁ、あのバスだ」
「どれ?あの一番端っこのバス?」
ふと、腕時計に視線を落とす。
針はチクタクと時間を刻んでいる、よどみなく。
6月1日 AM 11:47 ××行き
「死人が生き返る…ねぇ」
「竜崎先生は珍しく気味悪がって受けないよう思ってたらしいけど、越前さんは逆だったようだよ」
「そりゃ、あの南次郎さんなら面白がりそうだわ…」
あまり人の乗っていないバスの一番後部座席に二人揃って依頼書のコピーを広げながら会話を続ける。
「でもこの依頼人、その被害者たちの家族じゃないね」
「その死人に狙われてる被害者の友人か。それにこの指定場所…人が住んでる場所ではないね」
「あーあ、なんか嫌な予感」
足を投げ出しているとずるずると腰が落ちてきて、ちょっとだらしない格好になる。
真田とかパパ先生がいたら絶対に怒られるような格好だ。
「なにかあったわけ?」
「特には。ただ今日の朝からなんか変な感じ。やっぱり夢が悪かったのかなぁ」
この話はこれで終わりとばかりに、依頼書のコピーをカバンの中にしまいこむ。
なんとなく、夢の話は誰かに話しちゃいけない気がした。
夢見が悪かったわけじゃない、だって内容をまったく覚えてない。
もしかしたら良い夢だったのかもしれない、けど何かが叫んでる、誰かが叫んでる、口にしちゃいけない、思い出したらいけないって。