私たち二人を残して他の乗客が全員いなくなったバスは静かに静かに終点へと走り続けた。
まだポツポツと人家の建っている終点のバス停に降り立ってしばらく二人してぼーっとベンチに座っていると、どこからか車の音が聞こえてくる。
段々と近づいてくるその音に、多分これが迎えなんだろうなと二人してゆっくりと立ち上がる。
これからどこに連れて行かれるのかはよくわからないけれど、どうも更に人のいない場所に連れて行かれるのは確かなようだ。
一応整備されているらしいアスファルトの上、一台のミニが私たちの目の前にゆっくりととまった。
埃だか土ぼこりだか舞い上がる中、運転席のドアが開いて一人の若い男が降りてきた。
若いっていっても30代前半ってところだろうか、正確な年齢は不二がちゃんと依頼書を見てチェックしているだろう。

「越前幽限事務所の人って、君たち?」

指定された場所にいるのは、どっからどうみても中学生の子供が二人。
こうやって確かめられるのは当たり前であって、こっちとしても慣れたものだ。

「そうです」
「君たちが?どこからどうみても、こど…」
「えぇまぁ、確かに僕たちは中学生ですが。これでも事務所の人間で、今回派遣されてきたちゃんとした所員です」

こども、と相手に言わせる前にさえぎって不二が言う。
中学生だとは言うけれど、子供とは言わない。
私としては仕事さえできるならどうでもいいことなんだけれども、不二にしてみれば違うらしくていつもこうやって訂正を必ずいれる。
そのうち依頼主の方も、不二の雰囲気に圧倒されるか、もしくは私たちの力を見て黙ってくる。
今回の依頼主は前者のようだったらしく、どこか戸惑った雰囲気を残したままだけれども、一応ということで私たちにぺこりと頭をさげた。な

「今回そちらに依頼させてもらった、伊藤です。よろしく」
「宜しくお願いします。僕は不二、それからこっちが」
です。こちらこそ宜しくお願いします、伊藤さん」

始終無愛想な不二のかわりに私が笑いかける。
不二よりも子供らしさを残した(ようにみえたたのだろう)私に笑いかけられて、伊藤さんのほうもどこか気が抜けたようで。
車の後ろのドアをあけて、乗ってくださいと私たちを車の中に促した。
どうも、と一言不二がこぼして後ろの座席に乗り込むと運転席に既に乗り込んでいた伊藤さんは車のキーを動かした。
エンジン音が聞こえ、車は勿論人もいない道路の上をゆっくりと進みだす車の背もたれにゆっくりともたれかかる。
ふと前の座席越しに電光の時計が目に入る。
時間を見て、あぁお昼ごはん食べてないなぁ、なんて思って。
でも不二に言う勇気はなくて、きっとこのまま今日はお昼は抜きなんだろうなぁと諦めの気持ちをもってしてため息を一つこぼした。









13:54











「でも君たち、本当に中学生なんだ?」
「はい!でもちゃんと仕事はこなしますから安心してくださいね〜」

不二の地雷にひっかかる前に伊藤さんの思考をそらさなきゃいけない、とばかりに不二よりも先に私が口を開く。

「それよりも!!」
「あぁ、うん」
「どこにむかわれるんですか?なんだか、だーんだんと山の中に入っていってる気がするのは私だけ、ですかね?」

きょろきょろと窓ガラス越しに車の外を見渡している私の目に入ってくるのは、段々と緑一色になりつつある。
車道もいつのまにかアスファルトから砂利道へ。
ゴロゴロと音を立てながら進む車も砂利道特有の揺れが車を覆っていて、座っている私の体も不二の体も時々浮きそうになる時がある。

「相変わらずお馬鹿だね、

とびきり大きな車体の揺れがおそってきて、ゴチンとばかりに前の座席に頭をぶつけると同時に不二の心底冷め切った声がふりそそぐ。

「依頼書またちゃんと読んでなかったの?被害者がいるのは、もっと別のところだよ」

そうやって説明がはいるけれど、きっと不二の言う馬鹿ってのは、依頼書を読んでいない事と私がさっき前方の席に思い切り頭をぶつけたこと両方を言ってるに違いない。
まぁ確かに依頼書は不二任せでいつも読んでないし(だって私がしっかり依頼書を読んでいても役に立つようなことはほとんどないんだから)、頭をぶつけたのだって自業自得。
ぶつけた部分をさすりながらシートベルトをつけようとしていると、「今更でしょう」と更に冷めた声が横から聞こえてくる。
口答えなんてしようものならブリザードとともに更に皮肉というか暴言がかえってくるので、黙っておく。

「で、伊藤さん。被害者の山崎さんについて詳しく知りたいので今お話していただけますか?」
「あ、あぁ。勿論だ」

頭をあげるとちょうどフロントミラーごしに私と伊藤さんの目が合う。
それに、さっきと同じようににっこりと笑いかけると今度は伊藤さんの方も笑い返してくれる。

「山崎っていうのは、俺の大学時代のサークル仲間なんだがお互い社会人になってからは連絡も途絶えがちになっていてな。実はアイツに会ったのも今回、本当に久しぶりだったんだ」
「山崎さんは青森の方で教職についているとありましたが?」
「あぁそうだ。田舎の方らしいがそこの高校で教鞭をとってると言っていた」
「伊藤さんはここ埼玉の方で旅館を経営してらっしゃるんですよね?一体どこで山崎さんと再会なさったんです?」

ぺらっと依頼書となにか他にも情報が入ってるのだろうプリントの束をいつのまにか取り出して不二が口を開いている。
私はただ静かに二人の会話を聞いているだけ。
途中で余計な口を開こうものなら不二からブリザードが吹き荒れるのは確実だから。

「俺の家は旅館というよりも小さい民宿みたいなもんだ。山崎に再会したのも自分の民宿でな、向こうは俺の民宿だと知らなかったと言っていたな確か」
「青森の高校教師が何の用があって埼玉の田舎の、民宿なんかに?とても旅行、っていう雰囲気ではなさそうですが」
「本人たちも旅行じゃないと言っていた。ただ、ひどくなにか切羽詰った様子で離れのような部屋はないか、と尋ねてきたから庵みたいなのを改築した部屋に案内してやったんだ」
「切羽詰った様子で、ね。ところで、先程本人たち、と仰いましたが?」
「あぁ、言っていなかったか。俺の民宿にやってきたのは山崎だけじゃないんだ」
「というと?」

プリントから不二が頭をあげて尋ねる。
もしかしたら依頼書には書いてなかった事なんだろうか。

「山崎のやつ、自分の教え子だっていう女の子と一緒だったんだ」

再び車を大きな揺れが襲う。
今度はちゃんとシートベルトのおかげで頭をぶつけることはない。
それでも微妙に頭がぐらついて、再び座席越しに時計が目に入った。








14:21