あのこがほしい あのこじゃわからん





あのこがほしい
















「山崎っ!?おい!!」
「伊藤さん、山崎さんたちはこの小屋の中にはいないみたいですよ」
「なんだって!?」

窓ガラスが綺麗に割れていて、いまだ鍵がかかったままの小屋。
いなくなった二人は自らこの小屋を出て行ったのか、それとも。

「向こうに窓があったので中を覗いてみましたが誰もいませんでした」
「あの二人は小屋からあれほど出るなと俺が言ったにもかかわらず出て行ったというのか!?」

詰め寄る伊藤さんに不二が窓ガラスのある壁まで伊藤さんを案内する。
私と不二がしたように伊藤さんも窓の中を覗きこんで誰もいない事を確認して愕然とする。

「それからもう一つ」

不二がそういうと、まだ何かあるのかとばかりに伊藤さんが振り返る。
不二が指差した件の血らしきものとなにかを引きずったような跡を見て、何かを察したのか伊藤さんの顔から血の気がひいていくのが見ているだけでわかる。
まさか、と呟いた伊藤さんに不二はまだわかりませんと口を開いた。

「まだわからないっていうのは?」
「この赤いのが血なのかどうか、引きずられたものが一体何なのか。もし赤いものが血で尚且つその引きずられたものが人間だとしても、それがあなたの恐れている通り山崎さんだとは限らない」

そう、まだわからない。
もしかしたら、山崎さんじゃなくて襲ってきた伊藤さん曰く生き返る死人かもしれない。
もしかしたら、山崎さんと一緒にいるという女生徒かもしれない。
もしかしたら、何も関係ない山に住むただの動物かもしれない。

「とにかく、まずはいなくなった二人を探すところからはじましょう。それも早急に」
「つっても、どうするの不二?いなくなった二人ってのはただの人間なんだから、霊跡探す事は不可能。かといって私と不二の能力じゃあいなくなった人間を探す事も不可能」

ここは私たち足を踏み入れた事もない山の中だよ?

小屋の前からどこかへと繋がっている整備されていないかろうじてミニカーが走れるくらいの砂利道を外れてまで、山の中を探す事はできない。
どうするつもり?とばかりに不二の顔を見つめていると、不二は口元に軽く笑みを浮かべて私の方にポケットから取り出したものを差し出した。

「僕たちが駄目でも他の人がいるでしょ?使えるものは使う、今はとくにね」

私の顔の前に突き出された不二の携帯は既にコール音が鳴り響いていて。
ディスプレイには『跡部景吾』の文字。
しばらくしてコール音が鳴りやみ、跡部の声が聞こえてくる。
なのに自分で喋らないで私の顔面に携帯を押し付けたまま、っていうのは私が事情を説明しろってことなんだろう。
本当に人使いがあらい。
仕方なく差し出された携帯を自分の手で受け取り耳元にもっていく。










14:49










「あーもう!なんで山の中を走り回らなくちゃいけないのー!?ギャーまた引っかかったー!!」
うるさい」
「うるさくせずにはいられないでしょーが!うわーん、また木の枝ひっかかった〜」

あれから跡部に事情を話して追跡専門のルートヴィヒをこっちに寄越してもらい、今そのルートヴィヒに従って私たち二人は山の中を駆けずり回っている。
勿論道なんてものはない、獣道もない。
ルートヴィヒはただひたすら獲物にむかって直線コースで走っているだろうから、恐らく近道にはなっているんだろうけれど…。
枝が普通に突き出ている中を手で掻き分けたり、すべりそうな斜面を半ば転がり落ちそうになりながらも降りていったり。
それはそれはもう、不二の機嫌も急直下で悪い、悪いなんてものじゃなくてなんというかどこかからマグマが噴き出してもおかしくないような感じである。
ちなみに伊藤さんにはルートヴィヒの姿が見えないようなので、下手をすると私たち二人がむやみやたらに走りだしたように見えていたのかもしれない。
その伊藤さんにはとりあえず携帯の電源をいれてもらったまま、車の傍で待機してもらっている。

「とにかく今は何かから逃げている山崎さん捕まえないと駄目だ。そのあとはその二人を連れて事務所に戻るよ」
「了解〜この先にいるのが山崎さんと女の子であることを祈ってるわー…」

足を動かしながら口も動かす。
ちょっと息が切れそうな感じではあるんだけど、ルートヴィヒのスピードが少しゆるくなってきたから『獲物』が近くにいることがわかってもう一分張りとばかりに頭を軽く振った。

クーン!!クーン!!

先を走るルートヴィヒが軽くこちらを振り返って声を上げる。
顔をあげた私の視界の中に、かなり先ではあるけれど緑の中を白いものが二つよぎって見えた。
少し後ろを走る不二にちらっと視線をよこすと、軽く頷いてかえされる。

白いものが山崎さんたちであることを祈って、さらに足を踏み出した。









15:13










「………?」
「どうした、幸村」

突然歩いていた足をとめた幸村に真田と宍戸が振り返る。
閑静な住宅街のなか、幸村は何もない空に顔を向けてじっとたたずんでいる。

「おい、幸村?」
「…ん?どうかした?」
「どうかしたのはお前の方だろう。急に立ち止まって」
「あーごめんごめん、ちょっとね」

―――なにかイヤなものがあらわれた気がして

「さ、早く行こうか。今日中に終わらせないとね」