6月1日 午後3時20分 被害者確保













「ここをもう少し歩いていけば車も通れる道に出れるみたいよ」
「じゃあそこまで歩いて行って伊藤さんにはそこまで車で迎えに来てもらおうか」

ルートヴィヒにお願いして私たちが今いる場所から簡単に抜け出せるルートがないかどうかを探してきてもらう。
よろしくね、とお願いして快く引き受けてくれたルートヴィヒは単身山の中を駆け出して行って、ちょうど今戻ってきたところなのだ。
しっかりと最短距離で抜け出せるルートを見つけてきてくれたルートヴィヒの頭をぐりぐりと撫で回して、ありがとうとお礼を述べる。
その間不二は自分の携帯を取り出して私の携帯に電話をかけている。
山の中で(しかもここは只でさえ田舎)普通の携帯は使用できないからと事務所員専用の携帯(ちなみに私の)を伊藤さんに渡してあるのだ。
少し離れたところでは先程ようやっとのことで出会う事ができた山崎さんとまだ名前も知らない一人の女の人。
山の中を逃げ惑う二人はなにかにひどくおびえていて、私たちが後ろから声をかけた瞬間もビクゥと思い切り体をこわばらせ女の人にいたっては叫び声をあげながらむちゃくちゃに走り出してしまったくらいだ。
不二に『言の葉』を使ってもらってようやく二人を捕まえる事ができたんだけれど、それでもやっぱり怯えていて何も喋ってくれないのだ。
自分たちは伊藤さんから頼まれてやってきた越前幽限事務所の人間だと説明しても、二人はお互いに体を寄せ合うだけで何も話してくれない。
伊藤さんがいると話してくれるかもしれないし、どちらにしても場所を移さなければならないから、と伊藤さんに連絡して迎えに来てもらう予定なのだ。

「山崎さん?これから伊藤さんと合流して一度この場を離れます。よろしいですか?」
「ア、アイツはこないか?俺たちを追ってこないか!?お前たちについて行けばアイツはいなくなるのか!?」

女の人を庇うようにして腕の中におさめている山崎さんが、薄暗い山の中でもわかるくらい真っ青な顔をして声を荒げる。
荒げるといってもその声にはなにかしら切羽詰ったものが感じられる。
女の人を庇うようにしてまわされている腕もどこか震えが走ってるように見える。

「えぇ、私たちはその為に伊藤さんに頼まれてやってきたんです。どうか落ち着いて私たちに従ってください」
「本当だな?本当に、アイツを完全に殺してくれるんだな!?」

開かれた目は充血していて、目の下にも大きくクマができている。
その赤くなった山崎さんの目をぼーっと見つめながら、一体この二人は何をしてここまで追い詰められているのかと不思議に思う。
それこそ今から徐々に聞いていけばいいのだろうけれど、殺してくれ、と頼まれて戸惑わない所員はいないはずだ。
私たちは科学では証明できない、いわゆる超常現象を一般に扱っているのであって殺しだのと裏稼業を扱っているわけじゃない。
そりゃ確かに死人が蘇っているという話は聞いた。
恐らくその幾度も蘇る死人が彼ら二人をしつこく追い掛け回し狙っているのだろうということも想像がつく。
でも、私たちは越前幽限事務所の所員で、そのことを誇りに思っている。
何が原因で今の事態に陥ったのか詳しく調べる必要があるなと急に頭の芯が冷めてくる、それもこれも『殺してくれ』なんて頼み方をされたからだ。
はいと言ってくれ。YESと言ってくれ。
真っ赤な目でまるで睨まれる様な感覚に陥るほど見つめられるのに、なにか耐え切れなくてすっと視線を外した。
下手な先入観は捨ててしまえと心の中で呟いてすぐに顔を上げる。

「大丈夫ですよ」





そう、大丈夫。





、山崎さん、それからそちらの方も。伊藤さんが近くまで車をまわしてくれるそうです。僕たちもいつまでもここにいても埒が明かないので、落ち合う場所まで歩いていかなければなりません。大丈夫ですか?」

電話を終え折りたたんだ携帯電話をズボンのポケットにしまいながら不二が私たちの元へゆっくりとやってくる。
しゃがみこんでいる山崎さんたちの前まで行くと膝をついて山崎さんの腕の中の女の人を覗き込んだ不二は、眉を一瞬ひそめすぐに彼女の体を守るように抱え込んでいる山崎さんの腕に手をかけた。

「ちょっ、不二!?どうしたの?」
「何するんだ!?」
「いいから早く腕を放して!この人、過呼吸おこしてる!!」

女の人の呼吸はひどく小さなもので、それでいてすごく荒いものになっている。
顔も血が通ってないんじゃないかと思えるほど真っ青で、かなり息をするのも苦しいのか自分の手で胸元をぎゅっと押さえつけている。

、紙袋なんてないよね?」
「あるわけないじゃん!手ぶらだよ!?」
「病院に行くのも不可能だし…仕方ないなぁ。山崎さん、ほら、いい加減腕を外してください」

不二がいくら言っても腕を外そうとしない山崎さんの腕を無理矢理外して、不二はゆっくりと苦しそうに顔をゆがめている女の人の頬に両手を添える。

「ちょ、綾子!?あや」
「山崎さん落ち着いて!綾子さんなら大丈夫ですから!!」

再び綾子さんというらしい女の人に手を伸ばそうとする山崎さんの体を何故か私が押さえつけ、その間に綾子さんを不二に任せる。
じたばたと暴れる山崎さんの両腕をこちらも両腕で掴んで大人しくさせ、不二と綾子さんの二人を見守るように言う。


―――大丈夫


不二の声が静かな山の中に響く。
霊力を持つ不二の声はまるで澄んだ鈴のような音をしていて、とても美しい。


―――君を襲ってくるやつはいない。もう大丈夫だよ


荒かった呼吸が少しずつ少しずつおさまっていく。
顔の色はまだ真っ青ではあるけれど、胸の痛みも大分引いてきているようだ。


―――さぁ、じゃあ少し休もうか。


不二の右手がそっと綾子さんの目の上にかぶせられる。


―――安心して、ゆっくりと目を閉じて?そう、そのまま…


スッとかざされた不二の右手が顔から離れていく。
その瞬間綾子さんの体から全ての力が抜けたかのように体が後ろへと傾いていったけれど、不二がタイミングよく彼女の体を支える。

「…おやすみなさい」
「………能力使ってよかったの?」

力の抜けた彼女の体を山崎さんに渡して、眠っているだけですからと不二が口を開く。
安心したように息を吐き出した山崎さんに、彼女を背負って僕たちのあとをついてくるように伝えると不二は立ち上がってズボンの膝についた土を払い落とした。

「あの場合は仕方ないでしょ。精神安定剤なんて持ってないんだし、宍戸がいるなら別だけどさ」
「まぁそうだけど…」
「あの人の過呼吸はどうやら恐怖から来るものだろうし、きっと今眠ってる方があとあといいと思ったんだ。それだけだよ」

そう言うと不二はルートヴィヒを促して一人スタスタと歩き出してしまう。
慌てて山崎さんの背中に綾子さんの体をのせて、不二のあとを追いかけていく。








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あのこがほしい