「真田が襲われたぁ?」
『そうじゃ』
「と、とうとう幸村がキレタとか…?」
『おばか!そんなわけないだろう!!』
「いや、一番可能性としては高かったんだけど…真田なんか襲うやつ、普通男でも女でもいないでしょ」
『襲ったのは人間じゃない、魔族、それもレベルは高い』
六月一日 午後四時十九分三十二秒
「それで、真田は?」
「宍戸がいたからすぐに処置できたみたい。病院に運ばれた事は運ばれたらしいけど、俺は大丈夫だァって暴れてたらしいよ。まぁその後幸村にボコボコにされて、折角宍戸が治してあげたのに傷の上塗り」
やっぱり事務所を出て行くときに(みんなが)思ったとおり、あのグループで今一番苦労しているのは宍戸だけのようだ。
スミレちゃんいわく今の真田の傷はほとんど幸村が作成したものなので、心配する事はないらしい。
ただ真田を襲ったその魔物は幸村からの追撃を掻い潜り今も尚捕まっていないと言う。
とりあえず幸村と宍戸がその襲った魔物を追いかけているらしい。
真田の事はとりあえず頭の片隅においておいて自分達の依頼を優先させろ、とのことだ。
まぁその話は今の依頼を終わらせ次第、詳しく聞けると思う。
「そう。なら僕達はこの依頼をとにかく先にクリアしないとね…」
「そうだね。あぁところで山崎さん、あの潜伏してた山小屋でなにかありましたか?」
「僕もそれを聞きたかったんだ。小屋の横に、何か血のような物とそれから何かを引きずったような跡があったんですが」
私は体ごと隣を向いて、不二は前を向いたままあの小屋で見たことを山崎さんに尋ねる。
割れた窓ガラス、地面に広がる赤い染み、そして薙ぎ倒されたかのように続く草の跡。
目を瞑れば頭の中にあの情景がありありと浮かんでくる。
「あ、あれは…」
「襲われでもしましたか?その、綾子さんの叔父さんとやらに」
「まぁそう考えるのが妥当だよね。あれが本物の人間の血だとしたら、今こうして山崎さんと綾子さんは無事にここにいるんだもん、あの血は叔父さんのだってことになるよね」
スミレちゃんからの電話で話が中断してしまった山崎さんの話を少しおさらいしよう。
まず一番最初に、綾子さんは自分の叔父さんに売られそうになっていたということ。
その次に、山崎さんがその叔父さんを殺して湖に沈めたということ、まぁこれで確実にその叔父さんが山崎さんに殴られた時は息をしていなくても溺死したに違いない。
そう、溺死したはずだった。
その後、その日から3,4日たったある日、その死んだはずの叔父さんに青森からはるか遠く離れた場所で待ち伏せされ襲われたという。
先程はちょうどその話をした時点でスミレちゃんから電話がかかってきたので中断してしまったが、走る車に張り付くようにして襲ってきたその叔父さんを山崎さんはスピードに緩急をつけることで振り落とし今度こそ故意をもってして乗っている車で轢いたという。
池に沈めたはずの人間が生きていたというだけでも気持ち悪く、運良く他に車も通らなかったので念入りに3回ほど叔父の上に車を走らせたという。
確認のために恐る恐る山崎さんがその轢いた筈の人間を確かめに行くと、確かに足がぐんにゃりと変な方向に曲がり、至るところから血を流している人間だったそれは一度自分が殺したはずの綾子さんの叔父さんだったという。
思わず吐きそうになって急いで車に戻り、叔父の体を車道上に放置したまま走り去ったと言う。
いくら人通りが極めて少ない車道といえどもいつかは誰かが気付くだろうと、自分がその殺した本人だということすら忘れてただ逃げ去ったのだという。
次にその叔父が現れたのは日本海沿いの小さな小さな民宿に泊まっている時だった。
まさか叔父が生き返って自分達を追いかけているなんて山崎さんと綾子さんは思いもしなかったのだ、だからこそ夕方の人通りが少ないその時間帯に二人は散歩と称して民宿近くの海岸へと足を進めていた。
近くの海岸には浜辺らしきものはなく、あるのはまるで自殺の名所のような岩でできた崖ばかりだったそうだ。
風に煽られるようにしてフラフラとその崖沿いに歩いていた二人にスっと一つの影が差したという。
二人が顔をあげると、そこには山崎さんが二度殺したはずの叔父の姿。
どんと叔父は綾子さんの体を山崎さんから突き放すとそのまま山崎さんに襲い掛かり彼を押した倒すとそのまま上にのっかかり、山崎さんの首に手をかけだしたのだという。
押しのけようとするものの馬乗りになった人間を下から押しどかす為には非常に力が要る、まして相手よりも小さな体格もしくは同じくらいの体格だと非常に難しい。
どう見ても山崎の分が悪いとわかると、綾子さんは近くにあった大きめの石を両手で持ちいまだ山崎さんの首を締め付けている叔父の後ろに回りこむとその石を思い切り頭の上に振り下ろした。
ガスッという鈍い音とともに倒れこんだ叔父の体を山崎さんは下から押しのけると突然肺に入り込んできた酸素に咳き込んだものの、すぐに隣に頭を抱えたまま膝をついている綾子さんの叔父さんに顔を向けた。
頭から流れている赤い血は恐らく私達と同じものなのに、やはり襲ってきたのは人間である、いや、あったはずの叔父さんで。
再び綾子さんを庇うようにして立ち上がった山崎さんはそのまま勢いをつけて目に入ったのか目を押さえたまま頭を振っている叔父さんに向かって体当たりを食らわせた。
どんとぶつかった叔父さんの体はフラフラと突き飛ばされたままの勢いで後ろへと下がっていき、カランコロンと小さな石ころと一緒に崖下へと落ちていったという。
確実に今度こそ二人揃って叔父さんの体が海よりもはるか上空の崖から落ちていくのを見、そしてその下をも覗き込んだという。
まるで戦時中の沖縄の海のように突き出た岩に叔父の体と赤いものが散在するその情景を見て、山崎さんはほっとするような、それでいてそれでも全く安心できないような不思議な感覚に襲われたという。
そこから先は今までどおり、急いで民宿を引き払いまた新たに逃げる場所を求めて走り回っているときに伊藤さんの民宿へと行き当たったのだと言う。
あの山小屋も血も、私達が想像していた通りでどうやら再びその叔父さんが襲ってきたらしい。
今度はあの崖から突き落とすようにして何度も死んでいるその体を投げ捨てたと言っていた。
今この時点で、その綾子さんの叔父と呼ばれる人間は既に四回死んだ事になる。
人間生きている限り死ぬのは人生一度きりだ。
四回も死ぬなんてことはありえない。
魂でも死ぬのは二回しかありえない。
体を持っているときに一回、体を持っていないときに一回、魂の死は二回だけだ。
四回死ぬ、まるで人間ではないみたいだ。
それとあわせた様に不思議な事がある。
伊藤さんと山崎さんの話ではその叔父さんが死んだもしくは行方不明という事実が今でも公になっていないということだった。
やはり綾子さんの叔父さんは死んでいないということなのか、それとも二人を襲っているのは全くの別人、もしくはナニカということになるのだろうか。
「私、頭脳タイプじゃないからパス」
「パスって、。ゲームじゃないんだからもう少し考えてみたらどう?」
「考えたよ、考えたけど私達が実際にその叔父さんを見たわけでもないしいまいち信じられない」
「なっ!!それは私達が嘘をついてるとでも!?」
「それはないと思うし、そんなことも思っていません山崎さん。でも、この話、本当におかしい…命が四つだか五つだかあるなんてまるで…」
「まるで…?」
「命を九つ持つというベルゼブブみたい」
どんなに魔力を持つものでも一度足を踏み入れれば二度と出る事ができないといわれる辺土界(リンポ)にかつて追放された事のあるベルゼブブが、魔界に帰還できたのは命が九つあるからだとパパ先生に教えてもらったことがある。
その帰還直後よりベルゼブブは魔界四大実力者のし上がっていくことになったとも言っていた。
「バカ、もしもベルゼブブだったらとっくに山崎さんたちは消されてるし、僕達も消されてるよ」
「へ?そ、それもそうだよね…アハハ…」
「変なこと言わないでよ。一番可能性として高いのは…ミステリーゾーン、かな」
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