運命の輪はぐるぐると
永遠に 永遠に 永遠に
ぐるぐると
まわりつづける
逃がしはしない
逃げろや逃げろ?
「ミステリーゾーンとは一体なんです?異次元空間みたいなものかい?」
車のハンドルをきりながら伊藤さんが口を開く。
私の隣で綾子さんの体を抱えたまま山崎さんも不思議そうな顔で前を向いている。
「異次元空間ではありません。例えるなら…そう、遊園地とかにあるミラーハウスのような世界です」
「ミラーハウス?」
「ミラーハウスは鏡を四方八方に貼り付けた空間です。その空間の中で一枚だけ鏡を選んでその前に立った時、何が見えるかご存知ですか?」
「何が見えるって…自分の姿じゃ?」
「あと、あれもあるじゃないか。鏡が何重にも重なって自分の姿も何重にも重なって見えるってやつ」
「えぇ、ミラーハウスっていうのはいわゆる合わせ鏡を応用したアトラクションです」
―――合わせ鏡。
用意するのは二枚の鏡。
前の鏡に背後から別の鏡をかざして写し合わせ、後姿をみることが一応の語源である。
女の人が髪型をチェックする際に手鏡を使ったりすることがある、それのことだ。
しかし、合わせ鏡とは古来から不吉な習慣、もしくは呪いの類とされてきた所謂呪術である。
合わせ鏡が呼ぶものは自分の死に姿。
何枚も何枚も重なって見える自分の姿のその先に、一つだけ違った自分の顔が写るという。
その顔は自分が死ぬ間際の顔、もしくは姿でその姿を見たものはその姿が移ってる鏡が前から何枚目かによって寿命が変化するという。
例えば前から2、3枚目に自分とはどことなく違った姿が映れば自分の寿命はとても短いものだということだ。
まぁこの合わせ鏡の死に姿も見れるのは丑三つ時、つまり夜中の二時限定ではある。
「あのミラーハウスに写る世界はどこまでもどこまでも同じ世界で、写るものは変わり映えがしません」
「まぁ自分が動けば鏡の中も動くけど、確かに中身は一緒だよな」
「ミステリーゾーンはその鏡の中の世界、合わせ鏡の世界に非常に似ている。どこまでいっても変わることのない世界、同じ運命、単調な動き、支配された世界……」
不二の指が空間にゆっくりと円を描く。
同じ場所に何回も、何回も、何回も。
霊力のこもったその円は不二の指先にインクがついているかのごとく何もない空間に光り浮かび上がり、幾重もの円が重なり合っている。
ぐるぐるぐると。
描かれる円は段々と奥行きを持つようになり、まるで円筒形のような形をとり始める。
「不二君、すまないがよくわからない…もう少しわかりやすく説明してもらえないか?」
ぶつぶつと何か呟いて考え込んでいる山崎さんとは別に車の運転もしているからかうまく考える事に集中できないらしい伊藤さんは早々に不二の説明に根をあげ、もっとわかりやすい説明を求めた。
まぁ確かにわかりにくかったかもしれない…。
「これはまだ一つの可能性なだけです、確実にイエスといえるものじゃありません」
「そのミステリーゾーンと呼ばれるものがかい?」
「それもあります、ミステリーゾーンが生まれるキッカケも全て只の可能性です。確実なことがいえるのは、その綾子さんの叔父さんに僕達が直接接してからになりそうです」
不二の描いている円はまだぐるぐると回っている。
そのうち、その光り輝く円筒の中になにか人間のようなものがいるように見えてくる。
ぐるぐると回り続ける円。
その上をまるで走っているかのように動く白い靄。
終わることのない、止まる事のない、円の上をひたすらに走り続ける滑稽なその姿。
「……ッ!!」
突然右の頭にズキンと痛みが走った。
こめかみの辺りじゃない、側頭葉のほうだ。
走った痛みはほんの一瞬で、でもその一瞬はまるで斧か鋸で頭を切りつけられたような、そんな痛みで。
一体何、と考えようとした瞬間には何もなかったかのようにケロッとしていた。
「簡単に説明をすると、綾子さんと山崎さん、お二人には呪いがかかっているということです」
「呪い?」
フルフルと頭を振っている間も不二の説明は続いている。
どうやら私のさっきのうめきは聞こえなかったみたいだ、それでいい、別にたいしたことじゃないだろうし。
「綾子さんの買取先、つまり彼女の叔父さんの取引相手が人間ではないモノ、僕達からしてみれば異質な存在だったんじゃないかと」
「人間ではない?異質?」
「そう。わかりやすく言えば、悪魔、とか」
「……ッ!?」
ようやく不二の指先の動きが止まる。
描かれていた円もうっすらと消えていっている。
あの白い靄は私だけに見えていたのだろうか、それとも最初からなかったのだろうか、うっすらとまだ光り輝いている円筒の中にそれらしき靄は見当たらない。
「綾子さんの売買、これがその叔父さんと異質な存在との間にあった一種の契約だったんじゃないかと思われます。相手の希望に副ったものを、かなり昔からの契約だったのでしょう。見返りは何かはわかりませんが…」
「まるで綾子の叔父が悪魔に命を売ったような言い方ですね」
「それに近いものだと思ってくれて構いませんよ、山崎さん。この場合売った、いや売るものは綾子さんの命ではありますけど」
「そ、それで?」
「恐らく叔父さんのの計画は順調に進んでいたのでしょう。けれど契約成立まで後わずかというところで問題が発生した」
「綾子さんが叔父さんと取引相手との会話を聞いてしまったということね」
「そう。売られる先がどんな相手であれ売られるとわかれば人間誰でも逃げるでしょう。門限を厳しくし普段の生活面でも厳しくする事で、恐らく綾子さんは友達と呼べる人が少なかったんじゃないかと思われます。勿論それも恐らく叔父さんの万が一のための保険でしょう、逃げる先はどこにもない、という」
「だけど、俺がいた。俺が綾子の傍にいた」
「えぇ、山崎さんというイレギュラーな存在が現れた事で綾子さんはそこへ逃げ込み、後を追いかけた叔父さんは山崎さんに殺された」
不二の手のひらが真横にスッとなぎ払われる。
綾子さんの体を抱えたまま身を乗り出すかのように体を突き出している山崎さんは、ゴクリと喉を鳴らした。
「綾子さんの叔父さんが山崎さんに殺された時点で叔父さんと取引相手との間にあった契約は本来なら成立しなかった、いや潰されたものになったはずだった」
「けれど、相手は人間ではない、異質な存在」
「綾子さんの叔父さんが履行できなかった契約に既になにかしらの代価を払っていた場合…相手はまぁ確実に怒ってるでしょーね。異質な存在だっていうなら、呪いくらいかけて当たり前かも」
「そう、契約を履行できなかった叔父さんには死ぬ事もできず『品物』を追いかけることしかできなくなる呪いを」
不二はそこまでいうとふぅと一度息を吐き出した。
車の中はまるで墓場にいるかのごとく空気が重たいものに変わっている。
「そして、契約を妨害した山崎さんと『品物』である綾子さんには」
叔父という恐怖から逃げ続けるという呪いを
ほら、逃げろや逃げろ