逃げるがいい逃げるがいい
追いかけるがいい追いかけるがいい
死ぬことは許さぬ死ぬことは許さぬ
永遠に彷徨いつづけるがいい
契約不履行によって何者かの怒りをかった綾子さんの叔父さんには「死ぬることなく永遠に獲物を追いかける」呪いを。
契約を不履行にさせ何者かの怒りをかった綾子さんと山崎さんには「その捕食者に永遠に追いかけられる」呪いを。
そして、恐らく二人も叔父さん同様『死ぬることなく』、つまり歳をとることもなく死ぬこともできずいつまでもいつまでも永遠にぐるぐると―――
「ちょ、ちょっと待て。それはつまり、俺も、俺と綾子も、あのバケモノと同じで死ねない体になってるとでもいいたいのか?」
目を見開いて山崎さんが前の席に座る不二の頭を見つめている。
綾子さんを支えている腕もろともどこかしら震えているのは決して私の気のせいでもなんでもない。
山崎さんの震える声に返事を返さない不二、勿論その矛先は私に向かってくる。
「おい、どうなんだ!?ちゃんと説明してくれっ!!」
綾子さんを支えていない方の手を伸ばして私の胸倉を掴みあげる。
勘弁してよとどこかため息をつきたくなるのをこらえて、私の服を掴んでいる山崎さんの手を両手を使って無理矢理離す。
「落ち着いてくださいっ、山崎さん!」
「こんなの落ち着いてられるか!死ねない?呪い?冗談じゃない、冗談じゃないぞ。俺も綾子も今こうして生きてるんだッ、それを」
「でも綾子さんの叔父さんが殺しても死なないというのは山崎さんが一番目の当たりにしてきたことでしょう?」
無理矢理離した手もなんのその、山崎さんは再び私の服に手を伸ばしてくる。
冗談じゃないのはある意味こっちの方だっつの。
「…っ、伊藤ッ!ここで車を止めろ!俺と綾子はここで降りる、こんなガキ二人と一緒にいて何になるんだっ!?」
「や、山崎!?お前な、こんな何もないところでおろせって言われてもはいそうですかって俺も降ろせると思ってるのか?」
「役に立ちそうもない、それでいて口だけは達者なこんなガキ二人と一緒にいるよりかは大分マシだ。止めろッ!止めないなら勝手に俺は降りるぞッ!!」
伊藤さんの座るシートどころか伊藤さんの肩を掴んで山崎さんがガシガシと揺らす。
やめろとハンドルを握ったまま伊藤さんが声を出すが、どこか変に興奮している山崎さんは聞きもせず。
伊藤さんが車を止める気配がしないとわかるやいなや自分のシートベルトを突如外し綾子さんの体をぎゅっと抱きしめ今まさに山崎さん側のドアのロックをあけますよーってな感じで手をガチャガチャトやりだした。
伊藤さんが慌てて山崎さんがロックを外したと同時にロックを運転席側でかけ、それに再び山崎さんがロックを外せばまた伊藤さんがロックをかけ……
「伊藤ッ!いい加減にしろよッ!!俺は!降りるって言っただろうがっ!!!」
何度かロックの応酬をやりあった山崎さんと伊藤さんだが、すぐに山崎さんの方が焦れたのか伊藤さんに手を伸ばした。
先程のように肩ならまだしもよりにもよってハンドルを握っている腕を体を伸ばして掴み、ユサユサと揺らすものだからハンドルも同じようにきられて。
車が思い切り車線どころか道路そのものからはみ出し、ガガガガと音を立てて道路脇の雑木林に突っ込んだ。
うわっと私と伊藤さんの声が車内に響き、ガタンガタンとひどい縦揺れを感じたと同時に伊藤さんがブレーキを踏んだらしく本日二度目の前の座席とコンニチハを体験する。
ぶっ、と顔をぶつけた衝撃で声がもれ痛い痛いと鼻をさすろうとしていると隣からガチャという音が聞こえ急いで顔をそちらに向けると
「おい、山崎っ!?お前、一体さっきから何考えて…ッ!?」
山崎さんが綾子さんを抱き上げたまま車から降りようとしているのが目に入った。
伊藤さんの荒げた声に山崎さんは何もこたえることなくフンと鼻を鳴らすとそのままドアを大きく開き足を外に差し出した。
ジャリと砂土と踏みしめる音が一瞬聞こえ、それもすぐに伊藤さんの大声に消されてしまう。
そういえば私と伊藤さんはこんな雑木林に突っ込んでとりあえず頭はぶつけたけども怪我もなくピンピンしているけど不二の声がさっきから全く聞こえないなと気付くとあわてて後ろの席から体を乗り出して不二の名前を呼ぶ。
座席の背もたれにもたれかかりうつむいている不二の顔に前髪がかかっていてはっきりと顔を見ることができない。
シートベルトはちゃんとしているから頭をぶつけたとかっていうことはないと思うのだけれど動く気配がなくて頭じゃなくて他のところをぶつけたのかとか、もしやシートベルトが首にしまって今軽くいってしまってるとか不安になって、もう一度不二の名前を呼ぶ。
その間も伊藤さんは自分のシートベルトを外そうとしながら今まさに車からでて両足で外に立ってる山崎さんに向かって声をかけている。
前シートの間に自分の体を挟み込んでいるので真横から伊藤さんの大声が耳に入ってきて実はかなり五月蝿い。
「不二?ねぇ、生きてる?大丈夫?」
山崎さんがどうやら足で車のドアを蹴ったらしい、バンと大きな音を立てて後ろのドアが閉まった。
伊藤さんが慌てて運転席のドアをあけ雑木林の中へと入っていく山崎さんの後を追おうと立ち上がる。
「い、伊藤さん!?」
「山崎のヤツを追いかけてきます!必ず連れて帰ってきますので車の中で待っててください!!」
「え?いや、ちょっとまっ…」
同じようにバタンと音をたてて運転席のドアも閉まる。
ちょっと一体どうなってんだコレは、とばかりに唖然と山崎さんの後を追いかける伊藤さんの姿を見つめる。
「どいつもこいつもいい加減にしてほしいもんだね」
顔の見えない不二のほうから小さな声が聞こえてきた同時に不二の座席のドアがバンといきなり開く。
その音に驚いて伊藤さんがギョっとした表情で車を振り返った。
かくいう私も驚いて目をパチパチと瞬かせて不二を見ている。
人 含 道 善 命 名 親 子 倫 元 因 心 顯 煉 忍
君 主 豐 位 臣 盗 勿 男 他 畠 耘 女 蠶 続 織
家 饒 栄 理 宜 照 法 守 進 悪 攻 撰 欲 我 刪
高いも低いもなく、淡々としてそれでいて鈴のような不二の声が口から漏れる。
普段の声とは違う、霊力をまとった不二の声。
ひふみよいむなや こともちろらね
しきるゆゐつ わぬそをたはくめか
うおゑにさりへて のますあせえほれけ
不二が言葉を紡いでいけばいくほど彼の周りの空気が澄んだものに変わっていく。
スーッと体の中に入っていく空気の軽さが今までとは比べ物にならない。
――― 動 く な
不二のどこか彷徨ったような、いや不二が発してるはずなのにどこか宙に浮いたような言葉が当たり一帯に響き渡る。
片方のドアしか開いていなくて尚且つ彼自身は車の中だというのに、その言葉に込められる力はいかほどのものなのか。
動くな。
たった一言、この一言がまるで雑木林全体に響き渡るかのごとく静かにそれでいて激しく広がっていく。
と同時に車から一、二歩離れた場所にいた伊藤さんは勿論、大分離れてしまっていた山崎さんですらまるで時が止まったかのごとく奇妙な体勢で体をとめた。
二人だけじゃない、生きとし生けるものこの雑木林の中の全てが止まっている。
葉のこすれる音も聞こえない、風が通りぬける音も聞こえない、鳥のさえずりも聞こえない。
不二が動くなと言えば、不二の力が及ぶ限り対象物は不二の言の葉の支配下に入り、文字通り動かなくなる。
いや、動く事ができなくなる。
そこに本人の意思は通じない、あるのは不二の言の葉だけだ。
これが、不二周助。
―――事務所随一の霊力を誇る言霊使いの力だ