おかしなことはないとばかりに不二に固まったままの山崎さんと伊藤さんを回収してきてと頼まれ、いやいやこんな大の大人、しかも男性をどうやって車にまで運べっていうのよとか普通力仕事って男の仕事だと思うんですけどーとか心の中で盛大に文句を言いつつ、面倒くさくて綾子さんを抱えたまま動けずにいる山崎さんをそのまま担ぎ車へと戻る。
ぽいっと車の中に二人を押し込み次に同じように固まったままの伊藤さんに近づく。
別に伊藤さんにまで言の葉を使わなくてもいいんじゃんと思ったが、あんな風に雑木林一帯に範囲を広げたのは不二が相当頭にきていて且つわざわざ力加減をするのが面倒だったからに違いない。
伊藤さんの困ったような顔をみて小さくごめんなさいと零す。
指先で軽く伊藤さんの首後ろを押してやれば、途端ガクンと伊藤さんの体が前に倒れかける。

「うわっ!!」
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。お、驚きました、突然体が動かなくなってしまって…ありがとう、さん」
「あーいえいえ。そもそも体が動かなくなったのは不二のせいでもありますし」

こちらこそすみませんともう一度謝ると伊藤さんは再び驚いたかのように目を大きく開いた。

「これも、君たちの力なのかい?」
「これは不二にしかできない力ですけどね。私の力は不二とは全く違いますし、不二は私なんかと比べられたらきっとものすごく不機嫌になると思うな」

きっと一番最初に言う言葉は「と一緒にしないでよね」。
それからため息一つついて

「運動能力しかとりえがないんだから、さっさと働けば?とか言われそう」
「あーっと……不二君は君のパートナーなんだろう?確かに彼は中学生とは思えないほど大人びているし少し、その、まあ冷たい感じがするけど、そこまで言わないんじゃないかな」

困ったような顔をして伊藤さんが私の顔を見下ろした。
こうして立ってみると伊藤さんは身長が高いようで、パパ先生相手のときよりも少し顔をあげなければならない。

「不二は、自分の能力がどれだけのものか、どれほどの価値があるのかを知ってる。勿論私のも知ってると思う。けど、そこで終わりなんです」
「終わり?」

パキと枝が足元で折れる音が耳に入る。
風は相変わらず吹いていない、いまだ不二の支配下だ。










「不二は私や他の人や事務所、自分以外のものに『以上』を求めない。求めるのは確立された世界と自分の『以上』。それだけなんです」























17:03








「さっきいた場所から車に戻ってくるまでには5分もかかるの?」
「ごめん、ちょっと伊藤さんと話してただけ」

伊藤さんを運転席に押し込んでさぁ私も車に乗ろうかなと後ろのドアを開けたところで不二のまさしく嫌味ですよ〜な台詞が飛び出てくる。
いやまぁ確かに車からほんの5,6メートルほど離れた場所だったんだもんね、五分もかかれば不二は嫌味くらい言うよね。
これが幸村なら我慢できなくて向こうから飛び出してくるだろうし、跡部だったら2分もしないうちに声をあげそう、キヨちゃんとか橘さんは気にしないだろう。
不二ははぁとこれみよがしにため息をついた後、親指でくいくいと窓の外を指す。

「何の話をしてたのかは聞かないであげるからさっさともう一匹連れてきてよ、もう少しいった先の茂みに忘れ物が落ちてるから」
「忘れ物?もう一匹?」
「いけばわかる」

ふとミラーにうつる伊藤さんと目が合った。
さっき私の話した内容を思い浮かべているのか困ったような笑みを浮かべてこちらを見ている。
それに私も同じように微笑みかえすと、行ってくるよと不二に言い車から離れていく。

短い言葉、的確な指示。
ね、私の言ったとおりでしょう?

不二は、何も求めない。






――――私はまるで透明な人間なんですよ






「もう少し先の茂みって言ってもどれくらい先かとかもう少し言いようがあると思うんだけどなー…」

木々の間を抜けていく、いくら夏が近くなってきたといえども夕方の五時を過ぎれば少し薄暗い。
ましてここは一応雑木林の中、一応それなりに木々が生い茂っている。
やっぱりこれは男の仕事だよと心の中で下品ながら親指を下に向けて振り下ろした。
まだ日が出ているうちに、少しでも明るいうちに落し物とやらを見つけないととガサガサと生身の手を茂みの中に突っ込んで掻き分ける。
何度か色んな茂みを物色したものの落し物とやらは発見できず、いないじゃんクソーと呟いてもう帰ろうとばかりにクルンと後ろに振り返ったところで何か変な感じが頭をよぎった。
なにか違うものが近くにいる。
チリチリと痛む頭を頼りに違和感を感じる方へと足を伸ばし、その目の前に生い茂る茂みに両手をつっこみガサガサガサと力いっぱいに左右に掻き分けた。

「……はっ…落し物ってこれのことだったわけ?ちょっと冗談きついんじゃない、不二さーん…」

茂みの中には中腰というなんとも中途半端な姿勢をとっている一人の人間。
体を動かすことは勿論、顔も動かせない『落し物』は目玉だけをギョロっと私に向けまるで忌々しいとばかりに睨んできた。
人間なのに感じられるのは負の臭いと色。


既に四回も死に、そして四回生き返った男がいた。






17:09