「落し物ってこれですかー?」

固まったままの不死身男を重いのを我慢して担ぎ不二の座っている席のドアの下にドスンと落とす。
軽く土埃が舞い上がり私のスニーカーのつま先が汚れる。
後ろでいまだ固まったままの山崎さんはともかく伊藤さんは私がとりあえず動けるようにはしていたので、地面にうずくまったままの人間の姿を見ようと運転席から体を乗り出している。

「そう、それだよ。ちゃんと見つけられたみたいだね」
「あんな短い説明で見つけられたんだからもうちょっとちゃんとしては褒めてほしい感じ〜」
「見つけられて当然でしょう?さて、。ソイツに聞きたい事がたくさんあるんだ、しっかり押さえつけておいてよ。効力無効化するからね」
「不二くん、さん。僕も手伝いましょうか?一人より二人のほうがいいんじゃ?」

伊藤さんが自分の顔を指で指しながら手伝いを申し出てくれたけれど、不二も私も首を横に振る。

だけで充分ですよ、見てたと思いますけど大の大人二人くらい軽々抱える位ですから。ね?
「はは…そうですよー、私だけで大丈夫です。それにもしなにか伊藤さんにあったら大変ですもん。お気遣いどうもありがとうございます」
「あぁ、いえ。大丈夫なのならいいんです」
「そうですね、伊藤さんは後ろの席に移動してもらって山崎さんたちを見ていてもらえますか?なにかあると困るので後ろの二人の拘束は解かないことにしておきますから」

不二の申し出に伊藤さんは快くわかったと述べると運転席を降りてそのまま後ろの座席、私が元々座っていた場所に移動する。
固まったままの山崎さんにわざわざシートベルトをつけていて、なかなか律儀な人だねぇとちょっと場違いな事を考えてみたり。
とりあえず中途半端に固まっている目の前の男の腕をがっしり掴んでおく。


――― 


不二のその言葉と同時に私の耳の中に風の音、木々や葉がこすれる音が一斉に入ってくる。
勿論それと同時に私が掴んでいる腕と押さえつけている男の体も私を跳ね除けようと抵抗し始めるが、そんな力で私をどうこうするのは無理だと思うのよね。
とりあえず男の腕を後ろに回しそのまま背中から押さえつけるかのように力をこめる。
男の口から「離せ」という言葉が漏れ、あぁなんだ喋れるんじゃんとこれまた場違いな事を考えつつ逃げるどころか動けないようにしておく。
首しか動かせない男は首だけ動かし後ろの座席に顔を向け、窓ガラス越しに山崎さんの姿を認めたらしい。

「殺す、殺す!殺す!!お前を殺さなければ、お前と綾子を殺さなければ私がっ」
「貴方がどうなるの?」

殺意剥き出しのまま車の後部に顔を向け呪文のように人殺し宣言をしている男に不二がガシっと髪の毛をひっぱりにっこりと笑顔で尋ねる。
ひっぱられた髪をぐいっとそのまま後ろへぐいっと押すように引っ張れば男の顎が上を向くかのごとく顔が不二の方に向けられる。
地面に座ったままの男と車にいまだ座ったままの不二。
はたから見ればどっちが悪者っぽく見えるのか、ためしにあとで伊藤さんに聞いてみよう。
まぁ答えはきっと私の想像してる通りだとは思うけど、不二がSっ気真っ盛りって感じで、しかもとても綺麗な笑顔を顔に貼り付けているからとにかく怖い。
男の後ろに佇む私にも不二からの冷気はバシバシと当たってくる。

「この手を離せ!小娘と小僧がッ!!!私に逆らうとどうなるか知っててやっているのか!?」
「ふふ、どうなるの?是非教えてほしいなぁ」
「お前の後ろにいる男と女を殺した後、お前も殺してやる!後ろの女もだ!私の邪魔をするな!」

男から発せられる殺気と負のオーラは一番近くでましてその本人に触れている私が一番敏感に感じ取っている。
殺気はともかく、この負のオーラは本来『人間』が持っていていいものではない。
肌にヒシヒシとあたるその負のオーラに眉をひそめてしまうが、目の前の不二はけろんとしていて相変わらず綺麗な顔を男に向けている。

「邪魔をするなっていうけど、僕達にしてみれば君が邪魔だよ。もう五月蝿いから黙ってくれる?聞きたい事がいくつかあるんだから」
「私が素直にお前に従うとでも思っているのか!?馬鹿馬鹿しい、第一私に手をかけると」
「かけると、何だい?僕達も君にのろいをかけた誰かに狙われるとでも?いや、君の契約相手とでも言えばいいかい?」
「……グッ!小僧、貴様一体何者だ…この変な術といい、まるで」

ガッ、と音がした。

「ふ、不二!?」
「ちょっと黙りなよ?あなたはどっちが上の人間でどっちが下の人間か、わからないの?」

髪の毛を掴んでいた手とは逆の手で男の口を顔ごと掴みあげる。
相変わらず笑顔を顔に貼り付けていて、なんかいけない世界を覗いている気分。

「あなたの後ろにいるのは誰?」
「………」
「黙秘は許さない。さぁ、誰?」
「…い、言えない。私の口からは…っ」

途端男の目は大きく見開き顔中から汗がだらだらと流れ落ちる。
開いた瞳孔がユラユラと焦点が合わないかのように小さく揺れる。
吐き出される息が荒い、心なしか抑えている男の皮膚が熱くなっている気がする。

「不二!ここで名前を言わせたら反動が来るかもしれないよ!?脈が異常に早くなってるし体から異常な熱も発してる。契約者にとって相手の名前を他人に漏らすことは」
「自殺行為。それはわかってるけど、、忘れてない?」
「な、何を?」










「依頼の内容は『解決』してくれじゃなくて、『死なない男をどうにかしてくれ』でしょ?」











不二の冷たい瞳が私に突き刺さった。

「どうにかするっていうのは不二にとってその男を消滅させることなの?」
「それが一番手っ取り早いでしょ?どうやら悪魔との契約はこの男の一方的契約不履行によって潰れているみたいだし、も言ってたじゃない?これは恐らく相手側の怒りによる呪いだって」

何馬鹿なことを言ってるの?とばかりに不二が首をかしげている。
契約相手の名前をもらす事、それが悪魔でしかも上級であればあるほどそれは禁忌行為とされている。
他の人間に名前を漏らせばそれだけで契約不履行の意思があるとして、同時に殺される。
恐らくそれは契約時に契約という名の呪いにかけられるからだろうとパパ先生は言っていた。
確かに確実な事はいえないけどこの男は既に過去山崎さんに殺された事で契約を既に不履行しているのだろう、そして相手側の怒りを食らって不死の呪いをかけられているのかもしれない。
そう、まだ全ては憶測の上の話、確実な事は何一つないのだ。
その上、契約が切れている切れていないは人間が決める事ではない。

決めるのは相手側の、契約相手だ。

現に彼は呪いといえども綾子さんという『品物』を執拗に追い続けている。
期限はないのだろう、呪いの終末は『綾子さんの終焉』もしくは『綾子さんの捕縛』になるのだろう。
だからこそ危険なのだ、今ここで男に契約相手の名前を言わせることは。

「悪魔はそんな生易しいものじゃないよ、不二」
「契約内容は『綾子さんの売買』。とてもじゃないけど上流悪魔のする契約とは思えないね」
「上流じゃないなら不二は大丈夫だって言うの?それすらも確実なことじゃないよ?ねぇ、言わせたら駄目だよ。南次郎さんに一度指示を仰いだ方がいいよ!」

もう少し確実な情報を集めてからでもいいじゃない。
南次郎さんやスミレちゃんに手伝ってもらってもいいじゃない。
こんなの命賭けのそれこそ『賭け』じゃない。

「絶対に駄目だってば不二!!」
「五月蝿いよ、。決めるのはじゃなくて僕だ」
「違う!決めるのは不二じゃない!決めるのは南次郎さ」


――― だ ま れ


途端口がピクリとも動かなくなる。
口だけじゃない、舌も動かない、声が、私の音がなくなってしまった。


私に対して、能力を使ったのだ、この目の前の相棒だとずっと思っていた一つ年上の少年は。












どうしてこの時不二を止めなかったのか、私は後で死ぬほど後悔する事になる。










という名の歯車と不二周助という名の歯車、そしてたくさんの歯車がギシギシと不協和音を立てながら回っている。
止まる事のないその歯車たちに、一つの歯車が乱入しようとしていることなんて私は知らない。