勝ってうれしい はないちもんめ
負けてくやしい はないちもんめ
隣のおばさんちょっと来ておくれ
鬼が怖くて行かれません
お釜をかぶってちょっと来ておくれ
お釜がないので行かれません
お布団かぶってちょっと来ておくれ
お布団破れて行かれません
あの子がほしい あの子じゃわからん
相談しましょ そうしましょ
お前でなくてはならないのだ
さらさらと、灰が風に流されていく。
私の目の前で。
人の体を焼くほどの高温の熱が生じたはずなのに男の体があったはずの地面には青々とした草が茂っている。
焦げた跡などない、あるのはあの炎が幻影だったのかと思わしめるような雑草ばかりだ。
そんな雑草を見ながら、私は嫌な予感が益々大きく膨れ上がっていくのに目を瞑っていた。
この先何が起きるというのか、この先、私の手をすり抜けていく人がいるというのか。
何も、何も考える事ができなかった。
帰りの車の中はまるであの雑木林に車が突っ込むまでとは正反対なくらい明るかった。
いつのまにか目覚めていた綾子さんと彼女を支えるようにして座る山崎さん、まるで自分のことのように喜んでいる伊藤さん。
不二の態度は相変わらずだけれど、三人が声をかければそれなりに返事をしているようだ。
四度死に四度生き返った男は恐らくこの世から消え去ったのだろう。
残ったのはあの風に飛ばされてしまった灰と、散り際の一言だけだった。
「人の驕りほど醜いものはない!小僧!お前もお前の身をもってしてその血肉に刻むがいい!!人間は所詮人間に過ぎないのだ!!」
そう、人間は人間。
私達は人であるからこそ手を出してはいけない領域と出してもいい領域をしっかりと見極めそして守らなくちゃいけない。
あの男に名前を呼ばせること、リスクのあることだとわかっていながらやってしまった。
もう後戻りはできない。
「我が契約者が名前はハボリム!憎しみと怒りを操る魔族が一人なり!!」
ハボリム―――火の魔人。
下級悪魔だなんてとんでもない、ヤツは上級も上級、72柱が一人。
人間の女を欲したのはただの気まぐれか、それとも―――
「さん?聞いてます?」
「うぁ、ハイ!!なんでしょう?」
肩をとんとんと叩かれる、慌てて振り向けば綾子さんが私の方を心配そうに見つめていて同じように山崎さんも私を見ている。
すっかり思考の奥底に沈んでしまって周りの声に反応する事ができなかったらしい。
すみません、と謝れば謝る必要はありませんよ、と綾子さんが笑いながら返してくれる。
「私達が感謝をする気持ちを持つ事があっても貴方が謝るいわれなどありません。改めて御礼を述べさせてください、ありがとうございました」
「俺からも言わせてくれ。ひどいことを言ってしまったというのに、助けてくれて本当に感謝している。ありがとう」
「い、いえ。私は何も、していませんから。どうぞ不二にだけ言ってください」
そう言って前の座席に座る不二に顔をちらっと向ける。
斜め後ろからだと不二の顔は全く見えない、まして今不二は顔を外に向けていて見えるのは色素の薄い髪の毛くらいだ。
電車の走っているそれなりに大きな駅まで伊藤さんの車で連れて行ってもらう。
綾子さんと山崎さんは今すぐ郷里へ戻るということはせず、少し様子を見てから戻れそうであるなら戻る予定らしい。
それまでは伊藤さんの実家で厄介になるのだと言っていた。
とても嬉しそうに笑っている綾子さんと山崎さんへの説明は不二がしていた、男の話とハボリムの話、どこまで話して説明したのかは知らない。
ただあの二人を執拗に追い続けていた男が本当にこの世から消え去った事は確かだ。
だから、あの二人が笑っているのは二人にとって幸せな事であり命の危険がなくなったことでもある。
地獄の業火に焼かれた男が残した言葉を二人は知らないのだろう、不二も余計な事は言わないつもりに違いない。
言えば余計な心配と不安をかけさせるだけだ、不二の言葉を借りるのなら「この依頼は終了した」んだから。
何かあれば連絡してくださいね、と三人に伝えると私達は滑り込むようにホームにはいってきた電車に乗り込んだ。
頭を下げる綾子さんと目礼をする山崎さん、伊藤さんが見えなくなるまで私の目はホームをずっと見つめていた。
時計の針は既に19時を指している。
外はポツンポツンと立っている電灯と真っ暗な闇に包まれていた。
6月3日 火曜日 10:24
制服スカートのポケットにいれていた携帯がブブブと突如震えだした。
幸い今は1時間目が終わったあとの休み時間で、あと休み時間終了まで6分ある。
学生相手に平日のしかも明らかに学校ですよ〜な時間帯に電話をかけてくる非常識なやつはどこのどいつじゃーとばかりに携帯を取り出してディスプレイを覗く。
ブブブと相変わらず震えている携帯のディスプレイに表示されているのは『越前幽限事務所』の文字。
今日はまさかこんな真昼間から仕事させられるわけ?と周りに人がたくさんいるにもかかわらずものすごく嫌な顔をしながら集中下駄箱を通って外へでる。
「はーい、でーす」
ねぇだからやめようって言ったんだよ。
ほら、また私の手からすり抜けていってしまった。
『、山崎さんと綾子さんが今朝亡くなったらしい』