山崎さんと綾子さんの二人が亡くなった。
スミレちゃんの言葉が頭の中から離れない、いつもなら電車に乗っていると心地よい揺れで座っていても立っていてもうつらうつらとしてしまうのに今日に限ってとても目がさえている。
目がさえているわけじゃないのかもしれない、頭が、頭の隅っこが麻痺しているのかもしれない。
スミレちゃんからの電話は二人が亡くなったという用件だけでなく所員は全員今から集合という、どうやらこちらがメインの用事だったらしくそれを伝えると電話はぶつっときれた。
恐らく事務所のほうから学校には勝手に連絡がいってるだろうと、さっさと帰る用意だけ済ましてしまうと上の空で学校を飛び出して駅に向かった。
上の空だった割にはしっかりと改札も通過してしっかりと電車に乗り込んでいる。
お昼少し前のこの時間帯、電車の中はそこそこに混んでいて電車のドア横を陣取った私はぼーっと通り過ぎていく景色を眺めている。


"ありがとう"


遠ざかっていく駅のホームで見た二人の顔。
相変わらず顔色も悪かったしやつれてもいたしきっとまだ不安もいっぱいあった筈なのに、ありがとうと笑ってくれた二人の顔が流れていく景色の中にぼんやりと浮かび上がって、そしてじんわりとぼやけてくる。
自分の目が潤んでいるのだということに気付き絶対にこれ以上はここで泣いちゃ駄目だと自身に言い聞かせ下唇を思い切りかみ締める。
駄目だ、駄目だ、駄目だ。


"ありがとう"


駄目だと思えば思うほど自分の涙腺がゆるくなっていく。
じんわりと浮かび上がった水のたまが落ちるよりも前にプシューと開いた電車の扉から飛び出した。
本来降りるべき駅の二つ前の駅だ、都内にしては小さな駅で降りた人は私以外にほとんどいなかった。
ゴトンゴトンと音を上げて出発しはじめた電車を振り返ることなく飛び出したままの状態でホームに突っ立っていた私はそこではじめて涙を流した。











6月3日 火曜日 緊急招集










あれから二駅分の距離を電車に乗らず歩いて事務所に向かった私はちょうど事務所のビルの下で不二と鉢合わせになった。

「・・・・・」
「・・・・・」

お互い、何も言わなかった。言えなかった。
違う、言えなかったのは私で言わなかったのが不二だ。きっと今の私はすごい顔をしているから。
二人が亡くなったのは私たちのせいなの?と一言言えればよかった。
いや、言ってはいけないのだ。
歩いている間もずっと山崎さんと綾子さんのことだけを考えていて不二に会ったときのことなんてかけらも考えていなかった。

どうするの?
どうしたらいいの?
なにか言って、なにか言ってよ。
私たち、何か間違えたの?

ふいと視線をはずされ、不二はそのまま私の方を見向きもしないで背中を向けたまま事務所に続く階段をのぼっていく。
なにか胸が張り裂けそうな、そんな痛みが一瞬胸を襲ってきたけれど向けられた背中に何もいえる言葉なんてなくて、開きかけた口を閉じて私も階段へと足を伸ばす。

どうしても目の前にある不二の背中を見なおすことができなかった。



「あぁ、来たね。遅かったじゃないか」
「ごめんなさい、ぼーっとしてて駅間違えて降りちゃった」
「そうかい」

それ以上は何も言わずスミレちゃんは席につきなとばかりに空いているソファに顔を向けた。
既に来ていた幸村がこっち来いとばかりに自分の隣の席をバスバス叩いていて、苦笑しながらその場所に腰を落とした。
別のソファに座っている不二は隣の橘さんと何か話していて、こちらを見る様子もない。
あったとしてもきっとさっきと同じでまた視線をそらされるのがオチなんだろうけれど。

「珍しいよね、緊急招集なんて。というかはじめてじゃない?」
「そういえばそうかも、学校さぼれるのは嬉しいけどね。そういえば真田は大丈夫だったの?」
「む、問題ない」

幸村のちょうど反対側に座っていた真田に体を乗り出して尋ねる。
確か一昨日真田が襲われたどうのこうのとスミレちゃんから電話がはいってたのだ、宍戸もいたのですぐに処置もできたみたいだったようなのである意味すっかり忘れていたのだ。
よくよく見てみると制服の袖下に巻かれてある包帯やら頬に貼ってあるガーゼやら、怪我の数は結構な量のようだ。
ただし、あの時のスミレちゃんの電話を思い出せばその今現在見えている怪我のほとんどは幸村によって後々もたらされた、真田にしてみれば『愛の鞭』だか『愛の怪我』になるんだろうけれど。

「まぁ無事で安心した、話聞いたときビックリしたもん」
「俺も突然で驚いたのだが、今は宍戸のおかげもあって怪我もそこまでひどくない。その今ある怪我のほとんどは、その、あー…」
「うん、その辺もスミレちゃんから聞いてるから。あんたも大変だね」
「何を言う、これは俺の油断が招いた結果なのだから大変でもなにものでもない!全ては俺が悪いのだ!そう、俺がわる」
ちょっと静かにしてよ、真田
「うむ、了解した」

駄目だ、こいつら。
でも二人のおかげでここに来た時よりもかなり気分も落ち着いているし、笑えることができる。
真田はともかく恐らく幸村は私の顔を一目見て気付いただろうから、今も横でニコニコ笑っているのは私が少しは落ち着いたのがわかったからだろう。多分。

「にしても一体襲ってきた魔族って何なの?何か受け持ってた依頼と関わりでもあったわけ?」
「いや、恐らくまったく関係のない魔族だろう。そもそも魔族が関わるような依頼ではなかった」
「うん、真田の言うとおりだね。あの魔族、何も言わずに突然現れて襲ってきたんだよね、真田が一人でいたときに」
「うっ、すまん!俺の油断が」
それはもうわかったから黙っててよ
「了解した」

真田はきっとこれでも幸せいっぱいなんだと思う、見ているこっちがどこか切ない思いをしてしまうけれど。
普段の自分なら幸村がもっと私にべったりしているから真田がそれにきれて私に勝負を挑んできたりと三人でワイワイしてるんだろうけど、今の私は二人を見て軽く笑えるくらいだ。
楽しいけれど、なにかが別の方向にむかっているようなそんな感じなのだ。

「大丈夫、?話は竜崎先生から聞いたけど…」
「あーうん、ごめん。なんか調子狂ってる感じなんだよね、さすがに」
「不二とはちゃんと話した?さっき一緒に事務所にはいってきてたけど」
「ううん、下で見かけただけ。まだちゃんと話してない、それに何を話せばいいかわかんなくて。本当なにもかもが突然で、自分でもいまいち今の状況についていけてないというか」

ありがとうと言ってくれた二人の顔が忘れられない。
二人だけじゃない、今まで依頼をこなしてきてありがとうと私に言ってくれた人の顔はしっかりと覚えている。
だって、嬉しかったのだ。ありがとう、と感謝してもらえる事が、感謝の言葉をもらえることが、嬉しくてたまらなかった。
たいてい相方が不二でいつも大変な思いをしてたりするけど、でも嬉しかったのだ。
それは不二も一緒だと思ってた、信じていた。
だから、だからこそ。

「なにをどうしたらいいか、わかんないんだよね」

なにかが崩れていくような、そんな予感が頭をかすめていた。








「あとは、赤澤だけかい?」

執務室のなかの私たちの顔をぐるっと見渡してスミレちゃんが呟いた。
その後ろで越前さんが行儀も悪くデスクの上に両足を乗せてなにか雑誌を読んでいる、雑誌がどういうものかは知りたくもないのだけど。

「赤澤君の学校が一番事務所に近くない?」
「いや、赤澤は今日学校を休んでいるから恐らく家からこっちへ向かっているはずなのだが」

スミレちゃんのその言葉と同時にタイミングよく事務所の扉がひらかれ赤澤さんがはいってくる。
しかし入ってきた赤澤さんの姿を見てスミレちゃんと越前さんは置いておいて私たち所員は驚いてみんな立ち上がってどうしたの!?と一斉に声をはりあげた。
それもそのはず、現れた赤澤さんは右足をギプスで固定され松葉杖をついているだけでは足らず頭にもなにかぐるぐると包帯が巻かれてあったりと真田以上に満身創痍ないでたちだったのだ。
袖からのぞく腕も青あざやらかすり傷のようなものがたくさんあるのが窺える。

「すまんね、赤澤。その怪我じゃ大変だったろう、ここまで来るのは」
「いや、家にいてもすることはないし爺さんが五月蝿かったので。ちょうど良かったといえば良かったような?」

なんでそこで疑問系なのーとキヨちゃんがつっこんでいる。
慌てて橘さんが立ち上がって赤澤さんの横へ行き松葉杖を受け取り、その間に赤澤さんは最後の一つの席にえっちらおっちら向かう。
赤澤さんと橘さんの二人が席に着いたのを見届けると、バシンと越前さんが読んでいた雑誌を思い切り力いっぱい閉じる音が響きわたった。

「今回お前らに集まってもらったのはなんでもねぇ、赤澤のこともあってだ」