「うわぁ…純和風!って感じの庭だねぇ…」
「それでは、不二様、嬢」
「うん、ありがとう、サルガタナス。帰りもまた呼ぶからよろしくね」
「あ、ちゃんと手紙渡してよ!?」
ペコリと私と不二に向かって頭を下げ、ちょっとおかしな魔族サルガタナスは黒い闇のような中に消えていった。
私と不二が今いる場所はどうやら庭みたいである。
東京都民、しかも23区民なら考えられないような広さの庭…
これが我が家の親父さんや母上達の税金で成り立っているのかと思うと無性に腹は立つ。
どこでどれだけ集めたんだと突っ込みたくなるくらい、この庭のいわゆる砂利は白い小さな石でできていた。
真っ白い庭にところどころポツンポツンと大きな石があり、大きな松の木が何本か立っている。
どこぞの国の王様だとか王子だとかが来た時に開かれる晩餐会の中継をする際、ちょろっとテレビにうつる庭のようである。
「ねぇ、不二。こんな庭のど真ん中にいて大丈夫なの?」
「あちらは顔合わせ場所は指定してきたけどその他は何も言ってこなかったから、大丈夫だよ」
大丈夫だよ、ってそんなニコニコ言われても。
「さ、行こうか」
「う、うん…」
どこぞのお寺の庭園みたいに綺麗にされた白い庭をザックザックと建物の方に向かって歩いていく。
心なしか不二は整備された白い小石達を蹴散らすようにしながら歩いているように見えるんだけど、きっと私の目の錯覚に違いない。
「この白い石、全部赤に変えてやりたいな」
きっと、これも幻聴に違いない。
「お待たせいたしました、越前幽限事務所の方ですね?」
「えぇ、そうです。今回担当させていただく事になりました、不二です」
「同じく、です。宜しくお願いします」
あの後私達はメイドっぽい人達に一室に連れて行かれ担当の人間が来るまで待っていて欲しいと言われた。
出されたお茶は勿論の事、一緒にテーブルに出されたお菓子はどれもこれも所謂高級品って奴で。
あー跡部の机の上にあったなぁとか、スミレちゃんがこの間跡部の机からネコババしてたなぁとか。
つい、つまんない事を思い出してしまった。
黙々とお菓子を食べ続けているうちに、担当の者らしき人間がこの部屋に入ってきた。
挨拶をするべく口の中に入っていたお菓子をお茶で無理やり流し込み、最大限の笑顔で自己紹介をする。
「私は大野と申します。本来ならここで働いている人間をつけるべきなんでしょうけども、一応規則というものがありますので…宮内庁の方で担当させていただきます」
「お話等伺えるのでしたら宮内庁の方でも構いません」
「そう言っていただけると助かります。それから、今回の話は…」
そう言って大野と名乗った中年の男性はなんだか言いにくそうに話を区切り、ちらっと一瞬目をそらした。
名誉だかなんだか知らないけれど。
私も不二も心の中じゃ「阿呆らし」という気持ちでいっぱいだ。
「わかってます、こちらも一応プロですから。漏らすようなことはありません」
それでも笑顔できちんと応える。
まだ一般の依頼を受け持ってる方が楽だ。
公務になると上の人間がやけに自信というかプライドというか見得というか、そんなくだらないものを持っていて嫌になってくる。
「それにしても、不二君とさんとは…」
「?なにか?私達では問題でもありますか?」
大野さんが小脇に抱えていたファイルを何枚かペラペラとめくり、そんな事を呟いた。
不二の危険性が上の方にも伝わっているのだろうか…
そうだというのなら大野さんが怯むのも納得できるんだけど。
(、後で覚えておきなよ?)
隣で微笑を崩すことなく座っていた不二が大野さんには聞こえないような小さな声で呟いた。
何故彼は心の中で思ったことを知っているのか。
とても不思議で不思議で不思議で仕方ないのだけれど。
聞いたが最後…のような気がしていまだに聞けない。
どうせならもう桃城のように開き直ってしまったほうがいいのではないかとさえ思う。
でも、桃城の場合決して開き直ってるんじゃなくて、アイツは単に馬鹿なだけなんだけど。
「不二君とさんはこの事務所設立時からの古株だと聞いておりまして」
「そうですね、僕と彼女はもう長いですね」
「上の方から話は聞いてますよ、お二人の活躍。そんな方々に来ていただけるなんてこの話も解決したも同然ですね!」
ハッハッハなんて、出っ張った腹をゆらしながら大野さんが豪快に笑う。
ビール飲みすぎなんじゃないのかな。
日本人の出っ腹は醜い以外何者でもないのにな。
「いえね、上の方は不二君とさんのコンビを希望していたらしいんですけど、お二人がとうの昔にコンビを解消したという話を聞いたらしく。ムリかもしれないと諦めかけてたんですよ!」
「………」
「お二人の依頼達成率は100%だったようですし、なにより実力も申し分なしと聞いておりまして。どうしようかと焦りましたが、お二人に来ていただけて、いやぁ良かった良かった!」
「…はぁ」
「でも、どうなさったんです?そんな凄腕だったお二人がコンビを解消なさるなんて」
延々と続いていた大野さんの話に笑顔で適当に相槌を打っていた私と不二だけど。
さすがに最後の台詞には二人とも動揺が隠せなかった。
あからさまな動揺ではなかったけれど。
私の笑顔はさらに貼り付けたようなものになり。
不二の笑顔は一瞬スーッと音をひくかのように流れて消えた。
「……大野さん」
「はい?何ですか?」
絶対大野さんにはわからない。
恐らく同じ古株仲間の手塚君やキヨちゃんでもわからない。
誰にでも見せる、消える事がないように見える不二のその笑みの裏側。
「おしゃべりはここまでにして、仕事の話に入りましょう」
本当のところ。
私にもそれが何なのか、わからなかった。
どうしてだろう…