「ていうか、ようは怪我のほとんどの原因は魔族に襲われたことじゃなくて土手を転がり落ちた事だよね?」

スミレちゃんが赤澤がいかにして悲惨な状況になったのか説明していた最中、隣でポツリと幸村が呟いた。
小さな声だったにも関わらず思い切り響き渡ったその台詞に執務室は思い切り静まり返る。
確かに。
言われてみればそうかもしれない、確かに魔族に襲撃されたのかもしれないけど骨折したのは自転車を巻き込んだままコンクリートの階段を転がり落ちたのが原因だろうし頭の怪我も切り傷がほとんどだって言ってたからこれも階段を転がり落ちた時にだろう。
そうすると魔族に襲撃されてできた傷というと・・・

「まぁ幸村の言うとおりで、あいつにやられた怪我っていったら肋骨の骨折くらいか」

いたって赤澤本人が気にすることなく呟いた。
なんて緊迫感の続かない人間なんだろう、幸村にもいえることだけれど。

「怪我の原因云々はともかく、重要な事は襲ってきた魔族のことだ」
「赤澤の話によればどうやら先日真田を襲った奴と同じではないかと思われる点がいくつかあった」

越前さんの言葉に真田の体がぴくりと反応する。
どういうことだと全員の視線が越前さんに集中する中で特に真田は真剣な顔をして耳を傾けている。

「匂いが近い、と言われたそうだな。赤澤」
「はい、腹に一発食らう前にそういう言葉を聞きました。俺の気のせいでなければ、ですけど」
「いや、気のせいではないだろう。なぁ、真田?」

スミレちゃんが真田のほうに目を向ける。
今度は皆の視線が一斉に真田に集まったけれど真田はびくりともせずに、一つ頷いた。

「はい。俺も襲われた時に赤澤と似たような事を言われました。確か・・・匂いはそうなのにお前じゃない、だったかと」
「真田、お前を襲った奴の何か特徴みたいなのを覚えているか?」

赤澤が体を乗り出して真田に声をかける。

「あまりに突然だった事もあって曖昧で特徴になるのかはわからんが、どこか毛むくじゃらの青黒い感じのやつだったかと思う。姿形はしっかりと覚えていないが、明らかに人間の姿とは似ても似つかないやつだった」
「毛むくじゃらの青黒い肌…俺も見た襲ってきたやつは毛むくじゃらかどうかはわからんが確か青黒かった」
「やはり、同じ魔族と思った方がよさそうか?」

赤澤と真田の言葉に越前さんが眉をひそめながらこぼした。
スミレちゃんもほぼ同意しているのか、軽く頷いている。

「しかしわからんな、何故魔族が襲ってくる?あいつらはよっぽどのことがなければ人間界に自ら手をだすことはないはずなんだがなぁ」
「それもうちの所員をだ。それとも他にも襲われてるやつがいるのかもしれんな。探してみるかい、南次郎?」
「あぁ、一応俺の方でも調べてみるわ。ばあさんの方でも頼む」
「わかった、こちらも知り合いに聞いておこう」

スミレちゃんと越前さんの二人があーだこーだと話をしている間、私たちは様子を見守るだけだ。
といってもこっちも隣の所員と意見を言い合ったりしたりして少しでも何か手がかりになるようなものがないか探している。

「まぁ、今回お前達に集まってもらったのは確定事項ではないがお前達にどうしても言いたかったからだ。真田と赤澤が襲われた、これは揺らぎようのない事実で二人とも生死に関わるような怪我をおうことはなかったが怪我をおったことは確かだ」
「匂いというのがどういう類の匂いなのかはわからんが、二人がこの事務所の関係者である以上お前達全員も注意しなければいけないことは確かだよ。果たしてその魔族の狙いが誰なのかは今はわからんが、わかったとしてもわからないにしてもどうか気をつけておくれ」

南次郎さんとスミレちゃんが全員の顔をゆっくりと見渡しながら言葉をつむいでいく。














「お前達の実力は俺もばあさんも認めている、認めてはいるがそれとこれとは別だ。魔族は本来人間が手を出していい領域のものじゃない、人間には分不相応、大きすぎる力だ。決して抗うな、逆らうな、手を出すな。何かあればすぐに俺に言え、どんなに些細な事でもだ」
















――――いいな、魔族は人が踏み入ることのできない領域のイキモノだ。


















ああどうしよう、と。
それだけが頭の中で繰り返される。
皆おもいおもいに思うことがあったのか、口数少ないまま事務所を出て行く。
やらなきゃいけない仕事もあるのだ、私だって今から仕事にいかなくちゃいけない。
でもその前に、不二と話がしたかった。
不二が山崎さんたちとのことの顛末をスミレちゃんたちにどう報告したのかは知らない、でもなんとなくハボリムのことは言ってないんじゃないかと考えてる。
まずはハボリムのことを確認してからスミレちゃんたちに相談しなくちゃいけない。
そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃ。








そうじゃなきゃどうなってしまうの?