私は小さな存在でしかないですが
それでも私は存在します
私は何もかもすることはできないですが
何かをすることはできます
だから
何もかもすることはできないからといって
できることまでやめてしまってはいけません
「おい、」
「あれ、あとべー?いたの?」
「いたのじゃねぇよジロー。それよりも、一昨日何があった?包み隠さず全部話せ」
右手にはまだジロちゃんの手、そしてどうやら後ろには跡部が立っているらしい。
別に泣いてやいない、そりゃ落ち込んではいるけれど。
だから二人してそんな私よりも切羽詰ったような声をださないでほしい、最後の枷が外れてしまうから。
「あんまり言いたくない、かも」
「はっ、そりゃ無理な相談だな。おら、さっさと話せ」
「そうだよ、さっきの不二との会話聞いちゃったんだもん。ちゃんと話してくれなきゃ気になって仕方ないよ」
私の右手を包んでいるジロちゃんの両手に力がこめられる。
まるで逃がさないからとでも言っているかのように。
「言いたくないの。跡部とジロちゃんでも、言いたくないの」
「竜崎先生や越前さんに言えてもか?」
「本当は竜崎先生にも言うのはいやなの、越前さんはやっぱり別格っていうか。でも本当は誰にも言いたくないのに!」
「言いたくないんじゃなくて、言えない、の間違いじゃないか?」
思わず跡部の方を振りむいてしまう。
振り向いてしまってからしまったと思った、これじゃあまるで図星をさされたみたいじゃないの。
「言えないんだろ?今日竜崎先生や越前さんが話してた内容をお前、ビクビクしながら聞いてただろう?何をビクビクしてんだと思ってみてたら時々お前はなにか言いたそうな目で不二のほうを盗み見していたな。極めつけは最後、越前さんが俺達に注意をうながしたときだ、お前どんな顔していたかわかってたのか?」
「や、やめ―――だ、めだって――」
「話が終わってもお前は相変わらずビクビクしたままだ、そりゃ他の奴らはほとんど気付いてないかもしれねぇが俺をみくびるなよ?お前自身の口で何があったか言うか?それとも俺の口から言わせたいか?」
「絶対に言っちゃダメ!!跡部達まで巻き込みたくないのにッ!!」
大声をはりあげて跡部の言葉をさえぎる、言わせちゃいけないのだ。絶対に。
口にしちゃいけない、かかわりをもってはいけない。
それが魔族と人間の本来のあり方。
だから―――
「、お前いつ魔族と接触した?」
例えどんなに間接的でも関わらせたくなかった。
「なんで口にするの、なんで言っちゃうの、なんでなんでなんでっ!?」
「別に俺は元々魔族だC」
「ジローは特別だが、俺の場合は俺の意思だ、お前にどうこう言われる筋合いはねぇ。さっさと吐け。一昨日の任務前の不二とお前はいたって普通だったな、となると―――その任務か?」
跡部の鋭い眼光が私を射て抜く。
普段ならなんとも思わない跡部の視線がこんなに怖くて鋭いと思えるのは、私にうしろめたいことがあるからかそれとも。
「確かに跡部の言うとおり、魔族と接触した。間接的に、だけど」
「間接的?直接遭遇したわけじゃないの?」
「魔族と契約していた人間と接触した。あの日、間接的な依頼主がその人間に追われていて助けて欲しいって、それで助けようと思った。相手が魔族と、上級魔族と契約した人間だって知るまでは。別に越前さんやスミレちゃんから言われてたからとかパパ先生に何度も今まで言われ続けてきたからとかじゃない、ただ魔族と関わっちゃいけないって思った。必死だった、何をしなくちゃいけないの何を依頼主たちにしてあげられるのか。とにかく私は何かを避けたかった」
そう、あの日は朝から嫌な予感でいっぱいだった。
そう、あの日は何かから逃げなくちゃいけないと、隠れなくちゃいけないと、頭の片隅でぼんやりと思っていた。
何か、って何?
「けど、不二は違った。どんなにダメだって言っても聞き入れてくれない、挙句の果てにその魔族と契約していた人間に無理矢理口を割らせた。契約相手の名前を告げるように」
わからない、私は何にこんなに脅えてるのだろう。
何が私を怖がらせているのだろう。
「一瞬だった。人間の体が、人間があんなに脆いものだったなんてと思えるくらい、それくらい一瞬だった。気付けば目の前にいた男の姿は風に吹き飛ばされる灰になった、一瞬前まで私の前にあったヒトが一瞬にして灰になって消えていった。あんなの違う、あんなに、あんなに―――」
私の中にあるなにかが動き出している気がするの。
「、お前明日仕事も学校も休め。俺も休む」
「――へ?」
掻い摘んで、けれど結構感情的に話し終わった私の頭の上に跡部はポンと手を置くとそう口を開いた。
今までの話の展開と関係ないそれこそ突拍子もない跡部の言葉に私もジロちゃんもぽかんとした表情で彼の顔を見つめた。
「休んで、それでお前の直接的な依頼主に会いに行くぞ。そいつは生きているんだろ?」
「な、んで?」
跡部の言いたい事がわからない、のにジロちゃんは何故かピンときたようだった。
「なら俺も行くかんね!俺の鼻は絶対に役に立つもんね!」
「ジロー、お前はやめとけ。越前さんがあれほど言ってただろうが、お前は」
「もう聞いちゃったC!俺だけ仲間はずれはやだもん」
「仲間はずれとかそういう問題じゃ――」
「わかってないのは跡部だよ、俺はまだ魔族だから何かあれば巻き込んじゃうけどじいちゃんたちに話して夢魔族の上司である上級魔族に取り成してもらうことができるよ。俺よりも、だから跡部のほうが問題なんだ。だから俺は絶対についていくからね、置いていこうってしてもダメだよ!俺は明日ものすごーく早起きしちゃうからね!なんならっちの家に泊まっても」
「あぁ!もう!わかった、わかった」
どこか跡部が観念したように声を張り上げた、逆にジロちゃんは嬉しそうにニシシと笑っている。
でも相変わらず私は話についていけず二人のやり取りすらもポカンと聞いているだけ。
そんな私に跡部は一つため息をわざとらしくこぼすとぐしゃぐしゃと頭を撫で回した。
「自分の目で、一つずつ確かめていけ。まずはそこからだ」