「う〜ん…?」
「先輩、どうしたの?」
後輩の三人娘に「今日こそは一緒に帰るんだからね!!」と朝から宣言され、放課後の今現在四人仲良く駅へと向かってる途中。
なんだかさっきからムカムカしていて吐きたいような吐きたくないような、そんな気分に陥っていた。
「いやぁ、HRやってるあたりから胃の辺りがムカムカし始めてさ」
「ストレス?」
「いやぁ、ストレスだったら私とっくの昔に胃に大穴あいて死んでるわぁ…」
ふっと視線をそらして私が返すと三人娘は訳がわからず互いに顔を見合わせ頭の上に?マークを浮かべている。
後輩の言うとおりストレスというのも考えたのだが。
あの事務所にいてストレスを感じない日々など皆無に等しく(しかも私は今年で5年目だ)それが突然今日になって胃にくるだろうかと疑問にさえ思う。
というか胃を痛めているのはあの事務所では南君とかヒロシくらいで。
初期の頃は大石君も胃をずっと痛めていたようだけど、北海道支部に移ってから胃薬を常備しなくてもいいくらい健康な胃になったらしい。
良かったね、大石君。北海道サマサマってやつだね。
「ストレスじゃないとなると…」
「――ハッ!?ま、まさか!!」
「――そ、そんな!先輩に限って!?」
「な、なんなのよ…」
このリアクションからしてあまり(私にとって)良いことではなさそうだ。
どうしてこの三人娘はこうなんだろう、寧ろなんで私になついてるんだ??
「先輩、妊娠しちゃったの!?」
「つわりなの!?」
「イヤー!!先輩、まだ早いよ!?せめて20歳超えてからにしてぇ!!」
――本当にな。
「相手は誰!?」
「まさか、この間のどことなく腹黒さが漂ってたクールビューティ!?」
「あんた、よく見抜いたね…普通は皆騙されるんだけどさ」
「それともついこの間の掻っ攫い野郎!?あれは先輩我が侭っぽいよ!?」
「――三人娘よ、あんた達、一体何者だい?」
そうも騒いでる間もムカムカは続いていて、あ〜どことなくお腹も痛くなってきているようなないような…と五月蝿い三人娘を尻目に駅へと足を進める。
そこでふと昨日の晩御飯のことを思い出して。
「あぁ!!原因わかった!」
「え?やっぱり心当たりだ!?」
「うわーん、私泣いてやる〜〜〜〜」
「ジロちゃんみたいなこと言わないでおくれよ…(げっそり)」
「ジロちゃんって誰ー!?うわーん」
この子達と喋ってると収集つかない!!
まるで……神奈川支部の連中(特にその一番偉い人)を相手してるようじゃん!!
「はいはいはい、妊娠ネタから離れてくれる?多分原因昨日の晩御飯だから」
「晩御飯??」
「そう。多分刺身にあたったんだと思うんだよねぇ、心なしかお腹も痛いし」
三日前から義父の榊太郎が氷帝関係の出張だとかで家を空けていて。
しっかりご飯は食べなさいと三万円を置いていってくれたのだが(一日壱万円の食事って!?)こっそりお小遣いにしてやろうと、仕事帰りのスーパーで半額のものをかったりして過ごしてて。
そういえば昨日食べたお刺身は三日前に買った時既に半額シールがついてたから、まぁ確かに時効だなぁと今更ながら思い出す。
「先輩、本気で馬鹿だね」
「ただでさえ普通は三日前に買ったお刺身は食べないよ」
「私は食べちゃったんだわ、もう既に手遅れさ〜」
「本当にね。ちゃんと薬飲んでゆっくり休んでね??」
三人娘と駅の中で別れ私は事務所行きの電車へと乗り込む。
電車を降りて事務所へと向かっている最中もムカムカムカと胃は重苦しく腹痛の方もとてつもなく痛いわけではないのだがシクシクと痛みを与え続けている。
腹痛と胃痛を伴う場合って何の薬を飲めばいいのかな、と多少見当はずれなことを考えながら「ちーっす」と執務室の扉を開ける。
比較的入り口に近いところにいた乾と海堂、裕太が挨拶を返してくれガシャコンとタイムカードを押すと自分の机へと向かう。
とにかくなんでもいいから薬を貰おうと亮ちゃんの姿を探しあて、彼のところへ向かうと既に先客がいて柳沢が唸り声をあげながら(でも唸り声まで『だーねだーね』ってどうなのよ)ソファで横になっている。
「亮ちゃーん…お薬おくれ…」
「なんだよ、お前もか?何の薬だ?一応見てやるからこっちこい」
「腹痛?胃痛?なんかねー、昨日食べたお刺身にあたったっぽいよぅ」
柳沢に蹴りをいれてソファから落とすとそこに座る。
相変わらずお腹はシクシク痛いし胃はムカムカしている。
「刺身だぁ?普通そんな簡単にあたらねぇよ!!」
「いやぁ、三日前に買った半額のお刺身ちゃん」
「馬鹿だな、お前…たく、まずはコレ飲んどけ。一応腹痛の痛み和らげてやるから身体こっちに貸せ」
「あぁ、なんだかとっても卑猥な響き…」
「バッ!!!何もしねぇぞ、テメー」
「あぁ、勘弁してぇ。本当シクシク痛いのよぅ」
貰った薬を水と一緒に飲み込み、亮ちゃんに『手当て』してもらうとどことなく痛みがなくなってる気がする。
胃のムカムカがまだ微妙に残っていたがすぐ薬が効くだろうと思い、ありがとうを述べると再び自分のデスクへと向かう。
今日は三日分の報告書書きやらなきゃなぁと気合をいれ椅子に座ろうとしたところで。
「、竜崎先生が呼んでるよ」
と、不二周助に自分の名前を呼ばれる。
しかも所長室の扉越しに呼んでいるところからして魔王と一緒の仕事に違いない。
「さんは今日ドクターストップがかかっていてですね」
「呼んでるよ?」
「今参ります…」
所詮私が適うわけない。
―――――で。
結局スミレちゃんと魔王不二のダブルタッグに勝てるわけもなく、私は今魔王と一緒に常盤霊園にいる。
なんでもこの霊園に最近悪霊がたむろするようになったらしくその影響か他の霊たちも集まってきているのだそう。
それって別に私と不二のSランクコンビが行かなくてもいいんじゃないの?と思ったのだが。
そろそろ一度魔界の王たちに人間の魂を送らなければいけない時期なんだそうだ(不二談)
その台詞を聞いたとき、まるで不二が悪役みたいだね、と思ったのは私の勘違いでもなんでもない。
きっと他の連中も同じことを思うに違いない。
「むーーーーーーーーー」
「どうかしたの?」
「うーん、また胃のムカムカがひどくなってきたなぁと思って」
胃の辺りをおさえていると心なしか頭の方も痛いような痛くないような。
当分お刺身は食べないでおこうと心に誓う。
「亮ちゃんにも見てもらったし薬も飲んだんだけどなぁ」
「原因はわかってるの?」
「うん、多分ねお刺身にあったったっぽい…かなぁって」
「らしいといえばらしいけど。仕方ないね、今日は僕に任せては休んでなよ」
ぽんと頭に手をおいて言う不二に一瞬呆気に取られ。
「え?いや、いいよ!ちゃんと私の分は仕事こなすよ?」
「でも辛いんでしょ?たまには僕に甘えたら?」
いや、ちょっとおかしいよそれ。普段なにかと甘やかしてくれないのは不二の方だっての!!
「後が怖いので自分の分はしっかりこなします!!」
「ふーん。なら絶対無理しないでね?限界だと思ったら僕にちゃんと言って休むこと、いい?」
「あーい」
会話を終わらせ二人して霊園広場へと続く長い階段を上り始める。
歩きながら両手にグローブをはめ手になじませる。
頭痛の方が胃の痛みよりもひどくなってきているが決して不二には言わないし、悟らせない。
階段を上りきった先には、なんちゅうか、霊の暴走族集会みたいというか。
「うっわー、ガラわるぅ…」
「あぁ、こんな霊じゃ全部まとめても一人分にすらならないじゃないか」
うわちゃー!!火に油そそいだよ、この人!!
ギロっと霊園にたむろってる霊の鋭い視線が一瞬にして私達二人に突き刺さる。
「さっさと終わらせるに限るね。じゃ、早速!」
そういうや否や霊園全体をまるで炎が囲むようにして現われ、空中に翼を持った狼が現れる。
「悪いね、マルコキアス。あまり良い霊じゃないみたいだ」
『かまわぬ、とりあえず全部貰っていいのだな?』
「あ、少しだけ残しておいてくれる?残しとかなきゃが怒るからさ」
『承知』
マルコキアスと呼ばれた狼はすぐさま悪霊たちの中へ突っ込んでいく。
私も持分減らされたらやばいとばかりに慌てて中へ入っていき群がってくる霊を片っ端から殴り倒していく。
霊もマルコキアスという異形のものよりも私の方が弱いと思っているのか私の方にばかり群がってくる。
周りを炎に囲まれていてだんだんと霊園の中は熱がこもりはじめていて、汗が私の額から流れ落ちる。
けれどこの炎不思議なもので熱いことは熱いのだが実際周りのものを燃やしているわけではない、草も焼けていない木も焼けていない。
ただ周りを囲むようにして炎が存在しているだけのようだ。
(まぁ魔界なんてなんでもありの世界だわよね)
ゴッという音をたてて背後から近づいてきた霊に裏拳をかます。
にしても、熱い。暑い。
頭の痛みのほうも段々とひどくなってきていて、どこかクラクラとしてくる。
(今すぐ冬になってほしい…あぁヤバ…音が…)
瞬きをするつもりで閉じた目をもう一度開く力も出さず。
段々と周りの音が小さくなっていくような気がする。
(やっぱりお刺身は当分ひかえよ……)
そこで私の記憶はぷっつりと途絶える。
「――んぁ?」
重いまぶたを押し上げるようにして目を開くと、真っ白な天井が一番に目に入ってくる。
どこだ此処、と不思議に思い起き上がろうと上半身に力をいれるもののくてんとすぐに力がぬけていく。
「?気がついた?」
「―――あ、れ?不二?なんで?ここどこ?」
「ここ、事務所の仮眠室だよ。常盤霊園で倒れたのは覚えてる?」
「常盤霊園?倒れた?私が?―――あぁ、なんかそんな記憶があるようなないような」
音が自分のまわりからフェードアウトしていってたところまではなんとか記憶があるけれどそこから先の記憶がない。
不二の話からしてその辺で倒れたということか。
「あのね、熱があるならそう言ってくれないと。まぁ気付かなかった僕にも責任はあるんだけど」
「熱?私熱なんてないよ、腹痛と胃痛ならあったけど。あと頭痛。でもこれ、お刺身のせいだからさ」
「お刺身ネタはもういいから。今も、39度ほど熱あるんだよ?気付かなかったの?」
「うん、これっぽっちも。だってお刺身…」
まだお刺身ネタを引きずる私の額の上に冷たいものが置かれる。
その突然さと冷たさに身体がぶるっと一瞬震え、それを見た不二がクスっと笑う。
「今榊さん、家にいないんだってね?」
「うん、出張だかなんだかで出かけてる。明日帰ってくるってさ」
「そっか、なら今日はここに泊まっていきなよ。僕も泊まっていくからさ」
壁に立てかけてあるパイプ椅子をベッドの脇に置き、ぎしっと音を立ててそこに不二が座る。
壁にかかっている時計を見れば既に10時過ぎ。
「ほら、まだ熱あるんだからゆっくり寝なよ?」
「不二もあいてるベッドあるからそこで寝なよ」
「クス、僕のことはいいから。ほら、目つぶって…」
そっと目の上に不二の手が置かれる。
ひんやりと冷たい手に自然に私のまぶたがさがる。
「気付いてあげられなくてごめんね、。おやすみ…」
たまにはこんなやさしい不二もいいかもしれない、なんて思いながら私は自然とやってくるものに意識を預けた。