闇の帳がおりたなら
笛をふくのはおやめなさい
音に惹かれて闇の眷属が
一つ二つと集まってくる
闇の帳がおりたなら
門をしっかりお閉じなさい
闇の眷属がならす笛の音
耳に入らぬようにと
「鬼…ねぇ…」
大野さんから話を色々と聞いてからというもの(というよりはその前からだったりするけど)不二の機嫌が非常に悪い。
狸じゃないけど外面は今をもってもニコニコと害のなさそうな笑顔。
でも中は。
多分脳内魔界でさっきの大野さんを針山につきさしたり血泥沼に落としたりしてるんじゃないかと思う…きっと。
脳内だけで終るならいいんだけど。
きっと関係ないこっちにまでその被害はまわってくるんだと思う。
ここに桃城とかキヨちゃんとか神尾アキラがいたらそっちに押し付けてやるんだけど。
だけど。
こーーーーーーーんな事務所の何倍もあるどでかい部屋に私と不二しかいないんだもん!
私しかいないんだもん!
被害にあうの私じゃないの!
畜生!太っちょ大野さんはどこに消えたんだ!!
笑顔で「ちょっと手水に…」とか、古臭い言葉使ってんじゃないわよ!
「鬼ね…鬼…ふーん…」
あぁ、なんだか不二さんの怒りのボルテージがあがってる気がするのは私だけかな…はは…
触らぬ不二に祟りなし!よし!
ここは無視の方向で…
「鬼が相手だなんて聞いてないんだけど。ねぇ?」
…いこうと思ったのに。
いきなり話を振られた。
気合入れて無視しようって心に決めたばかりだったのに…
「鬼なら僕が出るまでもないでしょ?ねぇ?」
それは一体どういう意味だろう、ちょっと考えてみよう。
僕が出るまでもない、それはつまり僕の力では適わない、もしくは僕が出る幕でもない。
魔王に限って前者はありえないから、明らかに答えは後者。
となると依頼を受けたのは私と魔王の二人だから魔王が出ないということは
「私一人で片付けろっての!?!?!?」
「うん、まぁそういう方向で」
冗談じゃない!
「私だって嫌だよ!そんな、今更鬼だなんて面倒くさい!」
「僕も嫌。公務だから断れないし…がやるしかないじゃない?」
じゃない?ってそんな笑顔で微笑まれても。
「あーん?なになにぃ?けっ…なーんで私がこんな…けっ」
「やさぐれてるね、」
誰のせいじゃ、ゴラァ!
と力いっぱい振り返ったけど、そんなこと不二に言えるはずもなく。
ニッコリと…ひきつりながら笑ってみた…自分でもむなしい…
むなしいといえば。
鬼が出てくるまでこの部屋で待機、という事になったのだけれど。
「皇居で宿題なんかしてる庶民は私が最初で最後だと思う」
「だろうね。しかもただの宿題じゃなくて赤点代わりの宿題でしょ。恥ずかしいったらないね」
「だったら少しくらい手伝ってくれてもいい気がするんだけど」
「宿題は自分の力でやらなきゃ意味がないじゃない。僕の愛だよ」
全然嬉しくない。
そもそも私がテストで赤点取ったのだって、スミレちゃん達が私を休む間もなく働かせ続けたからじゃん!
公欠も今学期何回やったかわかんないよ。
「僕も手塚達も誰も赤点なんか取ってないよ?」
「あぁ言えばこう言う」
「それはだと思うけどね」
鬼が現れる時間帯は話に聞くと大体夜中の2時頃。
いわゆる丑三つ時って時間だ。
笛の音が聞こえるようになったのが去年の暮れのこと。
私にしてみれば突然笛の音が聞こえるようになった時点で何かおかしいとか思わないのかって不思議だったけど。
笛といっても音はどうも尺八のようなソーナーのような音らしい。
全然違う音じゃないの!わかんないわよ!(ちなみにソーナーっていうのは中国の古い楽器で音は…にぎやかな感じかな)
誰が吹いているのか気にならなかったのかと尋ねた所敷地内では吹いている人間は見当たらなかったとのこと。
だったら外も調べようよとか思ったんだけど、外って確かお堀と駐車場しかなかったよね…
やっぱりここで不思議に思うべきだよ…うん。
そして何か大きな影を見るようになったのが笛の音が聞こえるようになってから半年程。
影といっても天まで届くようなそんな大きな影ではなく、まぁ人間よりひと回りほど大きな影…らしい。
らしいというのはその影を見た人物がほとんどいないということ、そしてなによりその影は目に入った瞬間すぐに消えてしまうということ。
そして影が見えるようになってすぐ、廊下を何かが歩く音が響くようになったらしい。
歩く音というよりも廊下がきしむ音というのが正しい表現なのかもしれない。
重たいものが木張りの廊下を歩くとミシッというような音がする。
聞こえてくるのはどうもそんな音らしいが、歩いているのかその音は動いているらしい。
けれど、この時間に皇居内を歩き回る人間はほとんどいない。
笛の音が聞こえるだけで誰にも害が与えられなかったこの事件が事務所に持ち込まれたのは、とうとう目撃者が現れてしまったからだったそうだ。
襖越しに、廊下がきしむ音と一緒に動く黒い大きな影を。
「返せ、返せ…ねぇ。一体何の事だか…」
シャーペンを指でくるくると回しながら大野さんの話した内容を思い返してみる。
笛の音しか聞こえなかった皇居に、返せ返せ、という恨みがましい声が響くようになったのもちょうどこの頃。
「話を聞いてる限り、段々と鬼の力が強くなってるってことだけど」
何かを求めて彷徨い続ける鬼。
突然現れ、しかも徐々に力を取り戻し続けているようである。
「笛の音は昔から吉でもあり凶でもあるからね…今回の事件がどう転ぶか見ものだね」
「いいよね、傍観者はさー…」
目の前で優雅に紅茶を飲んでいる魔王不二に一瞥をやる。
「……一体、何を探しているんだか…」