四辻の魔界行きバス。

その話を聞いたのは幸村からの恒例の一週間に一度の本人曰く『ラブコール』だった(私にしてみればラブじゃなくてどっちかっていうとデスコールなんだけど)
今神奈川のとある地域でそんな噂話が出回っているというのだ。
今のところ失踪届けとか誰かがいなくなったという話は出ていないのでただ単なる噂で終わる代物だとは思うけどと幸村はケラケラ笑いながら電話越しで話していたのだ。
一体どこが噂の発信源になっているのかは不明だと言っていたのを軽く電車の中で思い出す。
そう、神奈川行きの電車の中で。








「お、やっと来たか」
「おっせーぞぃ、!」

待ち合わせ場所にいたのは私を休みだというのに呼び出したあの天使のような顔をした悪魔ではなくて、銀髪ヤロウと赤髪ヤロウの二人だった。
あぁもしかして間違えたかなと思って二人の顔を見るや否やくるりときびすを返して駅の中に戻ろうとする私の腕を慌てて赤髪ヤロウが押さえる。

「ちょい待ち!なんで帰ろうとするんだよ!!」
「え?いやだって私無理矢理待ち合わせさせられたの君らの素敵なトップであって、君たちのようなそんなカラフリーな頭の少年達ではないのよ」
「幸村も青色だぞぃ」
「そっか!幸村もカラフリー一族なのね、って違うわい!そんなことどうでもいいわい!」

私の裏拳がビシっと赤髪ヤロウこと丸井ブン太に当たる。
その際イテッなんて声が聞こえてきたが軽く無視だ。

「なんでアンタたちがここにいるのよぅ。あのワガママ美少年はどうした?あん?」
「幸村が美少年なのは認めとるんじゃな」
「幸村なら急にアイツのお得意先から仕事が入ってきて出かけたぞぃ。呪いの言葉吐きながら
「あ、そう。ならいいや、アイツいないんだったら帰ろうっと。電車賃は後で請求するからって伝えといて。じゃねー!」

そう言って軽く手を振って再び駅の中に戻ろうとした私の、今度は両腕を押さえられる。
右を銀髪、左を赤髪。
しかも二人とも悪戯を思いついたときのような笑顔で。

「な、なんなのよ…」
「ま、ま、ま。今日休みなんじゃろ?幸村からちゃんと伝言預かっとるんじゃ」
「へ?」
「俺達と一緒に噂の魔界行きバス、確かめてきてねって」
















イーヤーダァァァァァーーーーーーーーーーーーーーー!!!!














まぁ。
幸村の伝言(という名の命令なんだろう)を実行にうつそうと(かなり)必死だった仁王とブン太に(気迫で)勝てるわけもなく。
そりゃそうだよね、あの二人はある意味自分の命かかってるんだからさ。
そんなこんなで二人に引きずられるようにしてその噂のバスが現れるというバス停へ。

「ここがその噂のバス停なわけ?いたって普通の住宅街の中のバス停じゃん」
「でも、四辻っていうバス停はここだぞぃ。調べたけど他に四辻ってバス停はなかったし」

きょろきょろと周りを見渡してみるがいたって本当普通の住宅街の中。
二車線の道路もここが住宅街だからかあまり車が走っていない。
歩く人も全然見かけられず、なんだかとても静かである。
そしてどこか薄気味悪い。
噂のバスは幸村によると、4時44分に現れお客を乗せるとそのまま魔界へと連れて行ってしまうという。
ぶっちゃけ言いたいのは、魔界に連れて行かれるとか誰が見たんだってこと。
魔界は普通の人間じゃ生きていられる空間じゃないからそもそもそんな噂話が流れること自体がおかしいのだ。
結局ただ単なる噂話で終わりそうだと、その時の私は思っていたのだ。

「ん〜、幸村が言いよった4時44分なんてバスの時刻表には載ってないな」
「噂話だって、たちの悪い。第一誰かがその4時44分のバスを見たんならまだしもさ〜」

そう言って自分の腕時計に目を落とす。
時計の針は今まさに4時43分をさしていて、どこかタイミングの悪さというか良さに自分でも気持ち悪くなってくる。
時計を見て固まった私に仁王とブン太も同じように自分の時計に目を落とす。

「4時…」
「44分に、今、なったな…」
「まさか、バスはこないでしょうよ。ねぇ、ブン…」

そう言ってブン太の方に顔を向けて私は固まった。
同じようにブン太も私と同じ視線の先にあるものを見て固まっていて。

「う、嘘…」
「本当に来た」

その声で仁王が私たちと同じ道路の方に顔を向け、厳しい顔つきになる。
一本しかない道路の先には一台のバス。
じっと目を凝らして見ていると行き先が本来のっている筈の電光のボードには何も書かれていない。
車両のナンバーを見ると、それはどこにでもある一見普通のナンバープレート。
徐々に近づいてくるバスに私の心臓はドクドクと動く。
近づいてくるそのバスに本能が警報を鳴らしている。

あれに乗ってはいけない。

あれに近づいてはいけない。

ブン太のシャツの袖をぎゅっと引っ張りここから去ろうとするが、それよりも早くバスが私たち三人の前にキキキーっと軽いブレーキ音をたててとまる。
仁王が軽く息を呑んだのがわかる。
ブン太がどこか動けなくなっているのもわかる。
だって。





私の体も何故か突然指一本動かすことができなくなっているんだから。





プシューと音を立てて運転席のすぐ傍のドアが開く、私たちの目の前で。
運転席に座っているのはいたって普通のお兄さん。
見たことのあるバス会社の制服に身を包み、制服の一つである帽子を目深に被っている。
前髪がジャマなのか、それとも帽子の鍔がジャマなのか。
運転手の目が影になっていてはっきりとわからない。
それでも、運転手は私たち三人を見ると口元にニコっと笑みを浮かべ

お乗りになられますか?まもなく出発しますのでお早くお乗り下さい

と、体の底から冷えていくようなそんな声が発せられる。
人間の出す声じゃない、そうわかってはいても私たち三人の体が動かない。
逃げろ、これはヤバイ。
きっと三人とも頭の中で警報がずっと鳴りっぱなしに違いない。
なのに。

「!?」
「……っ!!」
「!!!」

ズルズルと何かに引っ張られるかのように私たち三人の体は自分たちの意思と力で動かすこともなくバスの中へと動き出す。
後ろから見えない力で押され、前からは紐で体全体を引っ張られるような感覚。
そして、私たち三人の体には全身麻酔。
ズルズルとアスファルトと私たち三人の靴底がぶれて音を立てる。
まだ買ったばかりなのに底がちびってしまう、と少し靴の方を心配しながらも抵抗らしき抵抗をするわけでもなく私たちは順番にバスのステップに足をかけ一人一人順番にバスの中に乗り込んでいく。
お金はいらないようで、動かされているというか乗っ取られている自分たちの体はそのまま通路を抜けて一番後ろの席に腰を下ろす。
いまだ口を動かすこともできないから声も出せない。
ただ自分たちの力でできるのは息をすることだけ。
私たち三人が座った途端運転席のすぐ傍の扉は来た時同様プシューと音を立てて閉まってしまう。





(――捕まった)





そう思ったときには全てが遅すぎて。
エンジン音が大きくなると、一度小さくガタンと揺れてバスがゆっくりと発進していく。
ゆっくりとゆっくりと周りの景色が後ろへ後ろへと流れるようにして動いていく。
バスが動き出してからも動かすことのできない捕まったままの自分の体。
両隣に座る仁王とブン太がどういう状況なのか確かめたくても首を動かすこともできないし喋ることもできない状況下で確かめる術がない。

このバスは四辻小金坂経由ニドロゲン鉱山行きでございます

動き出してすぐにバスの中に車内放送がかかる。
それと同時に目の前の電光掲示板にも『四辻小金坂経由ニドロゲン鉱山行き』という言葉がいきなり表示される。

このたびはご乗車まことにありがとうございます。次は終点、ニドロゲン鉱山。ニドロゲン鉱山

車内に流れるこの気持ち悪い声はさっき聞こえた運転手の声と同じだ。
体中を冷たくしてしまうこの声はあまり長い時間、聞いていたくない。
その前にニドロゲン鉱山って何処だ!!
日本で今も稼動している鉱山なんて果たしてあるのかはわからないが、カタカナで表示されているところをみると明らかに日本の鉱山名ではない。
まさかこのままバスが海外にまで繋がっているとも思えない。
そうなると、残りの選択肢は。

終点までは少々お時間かかります。それまでゆっくりとお休みくださいませ

その放送が聞こえてきた途端、私を突然の睡魔が襲い掛かってくる。
睡魔といってもいいのか、果たしてそれは私の意識を真っ白に変え。



―――最後の力で動かした視線の先にはぐんにゃりとまわりの景色が歪んでいる姿だった。
























「あれ?おかしいなぁ」
「どうした?」

自分の携帯を先ほどから耳に当てたりしていた幸村は不思議そうにそういうと首をかしげた。
隣で書類の整理をしていた柳は、おかしいなぁおかしいなぁと言い続ける幸村に尋ねたが幸村は「おかしいんだよ」としか答えない。

「何がおかしいのか言ってくれないと俺は全く理解できないぞ、精市」
「それがね、の携帯にさっきから何度も電話かけてるんだけど繋がらないんだよね。電源切ってあるか圏外だって」
「電源を切っているんじゃないか?一応今日は仕事休みだったのだろう?」
「うーん、ありえるといえばありえるかなぁ」

それでも納得いかないのか幸村は名残惜しそうにいまだ自分の携帯を見ている。
柳としてはさっさと依頼された仕事をこなしてほしいのだが、いくら柳とはいえ幸村にそんなことは口が裂けても言えない。
こういうことがいえるのは東京本部の不二と恐らくあのくらいなのだ。

「ならば仁王か丸井にかけてみればどうだ?あの二人に代わりに行ってもらっているのだろう?」
「それもそうだね。あの二人が電源を切ってることは考えられないし。それじゃ早速」

そう言ってポチポチとボタンを押して電話をかけはじめる幸村の隣で幸村にはわからないように柳は小さくため息を零す。
しかし幸村はすぐに電話を耳から離すとすぐに再びポチポチとボタンを押しまた耳元に電話をもっていく。
これもまた幸村はすぐに電話を耳から離し、柳の方に顔を向け少々険しい顔で「携帯貸して」と右手を差し出した。
その険しい顔つきに何かあったのか?と言いながらポケットから取り出した携帯を右手に乗せると、これまたポチポチとかって知ったるというか電話をかけ始める。

「駄目だ、これも繋がらない」
「仁王とも丸井とも繋がらないのか?」
「二人とも電源を切ってるか圏外だっていうんだ。電源を切ってるのだけはありえないから圏外って選択肢になるんだけど」

そう言って柳にありがとうと言って携帯を返す幸村に再びどうした?と問う。

「四辻の辺り、三人に行ってもらっているところ、大きな住宅街があるところだから圏外にはなりえないはずなんだ。そんな市街地から離れてるわけでもないし」
「ためしにメールを送ってみたらどうだ?まぁ電話がそんな状態ならメールも無理だとは思うが」
「ちょっと待って。今送ってみる」

そう言って幸村は女子高生も真っ青なスピードでボタンを押していく。
しばらくして、幸村の携帯からピピピピピ、と機械音が部屋の中に響き渡る。
表示された画面に幸村が小さく息をのんだのを見て柳の眉も自然とひそめられる。

「『このメールアドレスは存在しておりません』…?」
「なんだと?」