「――――い、……っ!!」

あぁ、五月蝿い

「――に起きろ、コラ!!」

五月蝿いっつの

いい加減に目ぇ覚ませっつうんじゃ、!!!

ようやく耳にしっかりと入ってきた言葉とともに頭に鋭い痛みが走る。
いてっと条件反射のようにでてきた言葉と一緒にどこか重たいまぶたを押し上げると目の中に入ってくるのは銀色。

「私、仁王を家に招待したっけ?」
「周りよく見てみんしゃい。ここはお前の家か?」

呆れたように言う仁王になんだなんだと口を尖らせて周りを見て、今までの記憶がドバドバと押し寄せる津波のようによみがえって来る。

四辻の魔界行きバス。
幸村に一緒に見に行かない?なんてコンビニ行かない?みたいなノリで言われて。
折角の休日をわざわざ神奈川にまで言って過ごしたくないと言えば、ブーブーとそのあとぶうたれて電話越しで延々と恨み節を聞かされて。
嫌々待ち合わせ場所に言ってみれば肝心の幸村は仕事が急に入ったとかでいなくて、代わりに仁王とブン太が。
それでも面倒くさいとばかりに帰ろうとしてそれぞれ自分たちの命がかかっている二人に付き合わされて。
で、いざ噂のバス停に行ってみれば本当に4時44分発車のバスが来て。




あぁ、全て幸村のせいだわ!!!!!!

ニャローチクショーと文句を言っていると、そんなことよりと仁王から話を無理矢理切り替えられる。
窓の外をみてみぃと言われ窓の外を見てみるも、真っ暗で何も見えない。
バスの中はしっかりと電気がついているが、ついているというかいつ消えてもおかしくないようなそんな蛍光灯で。

「なんにもないじゃない」
「多分ここは空間と空間を繋げる亜空間やと思う。俺が作り出したもんじゃないから確かなことはいえんが」
「確か、ニドロゲン鉱山…だっけか、そこ行きだって言ってたわよね運転手」

ニドロゲン鉱山、知ってる?
隣に座る仁王に目で問えば仁王はふるふると横に首をふる。

「知らんな、そんな鉱山。聞いたこともない」
「私も。考えられるのは噂通りにいくと魔界の鉱山ってことになるんだろうけど」
「確かめようにも運転手が消えた」
「消えた?」
「俺が目覚ました時にはもうあの薄気味悪い男はおらんかった。でもこのバスは運転手がおらんくても動いとる」

外はただ真っ暗で動いているものが見えないからこのバスが動いているのかは私にはわからない。
けれど空間能力者である仁王がそう言ってるってことは、このバスはこの先の見えない真っ暗な空間の中を一点目指して動いているのだろう。
バスは揺れることもない。
唯一ついている頭上の蛍光灯もジジジとあの独特な音をたてていて、消えそうになったりしていえるところをみるといつ車内が真っ暗になってもおかしくなさそうだ。
なんて寂しい空間。
仁王がいなかったら、私一人だったら嫌なことばかり思い出してしまいそうなそんなネガティブな気分にさせてくれる。
ふと、何気なしに窓ガラスの方に向けていた視線のピントを合わせる。
窓ガラスには反射して私の顔と仁王の顔、そしてその向こう側にいまだ寝ているブン太の顔が映っていて。
そこでようやくブン太の存在を私は思い出した。

「ブン太、起こさないの?」
「それがソイツ、どんだけ起こそうとしても起きないんじゃ」
「は?」

仁王とは逆隣で窓ガラスに頭を預けて懇々と眠り続けるブン太の頬に私は手を伸ばす。
やわらかそうな頬は実際掴んでみると弾力性があってやわらかくて気持ちいい。
掴んだその肉を思い切りみょーんと引っ張ってみるがブン太は眉一つ動かさない。
口元に耳をやるとスースーと小さな寝息だけは聞こえてくるので死んではいないようだ。
なら、とばかりに今度は心の中でごめんよと一言謝り思いきり右頬に平手を食らわせる。
車内にバッチンっといい音が響き渡り、仁王の何してるん!?という慌てた声が後ろから聞こえてきたがそれでもブン太は微動だにしない。

「寝てるの?これ」
「わからん。このバス出発してから急に眠くなったじゃろ?あの後俺は比較的早くに目が覚めたようじゃけど、お前は結構長いこと寝てたぞ」
「つまり人によって時間が違うかもしんないってこと?」

そう尋ねると仁王は両肩をくいっとすくめて、俺にはわからんとだけこぼす。
とにかくブン太は置いておいて、ここから先どうするかが問題だ。

「あんた空間能力者なら空間捻じ曲げてでもこのバスから出られないわけ?」
「この亜空間の位置もはっきりとしてないのにそんな馬鹿な真似できん。ましてこの空間が他の奴の手によるもんやったらなおさらじゃ」
「バスから出る、ってのもブン太が寝たままだし外があんなんじゃあなぁ…」

なんとかならないものかとポケットをごそごそあさっていると携帯がポロっと落ちてくる。
繋がるわけないよなとわかってはいたものの、ものはためしとばかりに幸村の番号に電話をかけてみる。
トゥルルルル…トゥルルルル…
仁王がどうだ?と尋ねてきたので、繋がってるっぽい?とだけ答える。

ハイ
「あ、幸村!?あのさ、ちょっと今ヤバイことに」
お客様、車内でのお電話は他の方へのご迷惑になりますのでお控え下さい?
!!!
尚他のお客様の妨げになるような電波はこちらの方でカットさせていただきますのでご容赦ください
「ちょ、ちょっと待って!どういうこと」

繋がった筈の携帯から聞こえてきたのはあの運転手の薄気味悪い声。
携帯の履歴を見ると確かに幸村の電話番号にかけている。
電波はカットされる、つまりメールを送ろうとしてもそれも遮断されてしまうということなのだろう。

「ちょっとちょっと、本気で色々ヤバイわよー」
「どうした?」
「幸村たちに知らせる手段がないっての。仁王は役に立たないしブン太はこんなんだし」

何か知らせる手段はないものかと今までにないくらい頭を使う。
こういう時不二とか跡部だったら魔族の皆さんとかジュニアたち使って呼びに行けたりするんだろうけど、私にはそんな力ないし。
そうこうしてるとバスがガクンと大きく揺れる。

大変長らくお待たせいたしました。終点ニドロゲン鉱山にまもなく到着いたします

あの薄気味悪い声の車内放送がかかる。
窓の外に視線をやれば真っ黒だった空間がぐんにゃりと他の色と交じり合いながら歪んでいるのが目に入る。
幸村たちにSOSするのも大事だが、このままバスが魔界へ入ってしまうと私たち三人の体がどうなるか心配だ。
魔界の瘴気は人間の体には毒だ、少しでもあたってしまうとすぐに意識を失ってしまえるくらいのものだ。

「瘴気の方は俺が三人分なんとか凌いどく。ただ魔界は俺らが普段おる空間とは全く違う空間やから、俺自身どこまでもつかわからんよ」

隣の仁王が真剣な顔をして言い、私もそれにわかったと頷き返す。
恐らく仁王は私たち三人の周りの空間を操作することで手一杯になるはずだ。
ブン太が目覚めない今行動できるのは私だけ。

「この先考えられる点としては?」
「わざわざ低級妖怪が噂を流してまで人間を手に入れようとしたっつうことじゃろ?」
「私たちイコール餌ってところかな。鉱山なんて人間界でも荒くれ者や階級の低い人間の仕事、それは魔界でも変わらないはず」

私たちが行き着く先は低級レベルのそれでいて力っ節だけは自信のある連中の溜まり場。
鉱山なんてどれくらいそんな妖怪がいるか判断がつかない。
勝負は全て仁王の精神力と私の体力がどれほど持つか。
二人の力がどちらか一人でもダウンした時点で私たちはアウト。

「あんまり幸先いいとは言えないよねぇ」
「確かに。ブン太が起きてもあまり状況は変わらへん。寧ろ魔界っちゅう空間に入った時点でアウトじゃろ」

どれだけ私と仁王が餌にならないための防御策を練りこんでても、魔界から脱出する方法が全く浮かばないのでは意味がない。

「人間界の誰か一人でもいい、連絡がつけれれば私が無理矢理空間に穴開けてやるんだけど」

その連絡手段が見つからないからあまり意味はなさそうだけど、と小さく呟く。
隣で寝ているブン太の瞼がピクっと一瞬動いたような気がしたが再び車内に放送が入ったことでそちらに私の注意が向いてしまう。

お待たせいたしました。終点ニドロゲン鉱山、ニドロゲン鉱山。お忘れ物なきようご注意ください

俺が背負うといって仁王がブン太の体を背中に乗せてバスの狭い通路の中を、たった一つの出口に向かって歩いていく。
額にはうっすらと汗が浮かんでいて恐らく既に能力を使っているのだろうが、結構辛そうだ。
仁王の前を歩く私の足がバスのタラップを降り、トンと砂埃をあげてなにもないただひたすら赤茶けた地肌の上に足を下ろす。
仁王がブン太を背負ったまま同じようにバスを降りたところでバスの扉は勝手にぷしゅーと音をあげて閉じ、すぅっとまるで幽霊かのように消えていく。
最悪、と心の中で呟いて既に両手にしっかりはまっているグローブをギュっと握り締める。
ここはコロッセウムかなんかかと叫びたくなるくらい、私たち三人の周りには下卑た笑いをたたえる低級妖怪達が円をなすようにして群がっている。
ところどころから、餌だ餌だ、とか久しぶりの人間の肉じゃとか聞こえてきて心底げっそりしそうになる。
後ろで仁王が「グロイ…俺しばらく草食になりそう…」と呟いていたが、比較的こういう連中を相手にすることが多い私にしてみれば何言ってるの!である。

「どれから食う?」
「三体しかないもんなぁ…」
「俺目玉がいいなぁ。人間の目玉はうまいんだぁ」
「あの赤色の足が食いたいのぅ…肉がついててうまそうじゃ」
「俺は銀色の腕がいいなぁ。とりあえず後でゆっくり分ければいいだろ」

いやらしい笑い声とそんな会話が風に乗って聞こえてくる。
仁王がその会話を聞いた途端、うっと口を押さえてうずくまる。

「仁王、とりあえずブン太のことしっかり見ててよ」
「お、おう。もとりあえず頼む。俺はまだ食事にはなりとうない」
「そりゃ私もだっつの」

ポケットから『破』と書かれた玉を取り出しそれをグローブに装着する。
赤い光がグローブを包み込みこみ、それを見た妖怪たちが一斉に嫌そうな顔をして私の方に注目する。

「あの光はなんかイヤだなぁ、あんまりいい感じがしない」
「あの人間どうする?俺いらない」
「俺もいらねぇ。なんかまずそうだ」

風に乗ってそんな会話が聞こえてくる、ついでに仁王の「ヤバ…」という焦った声さえも。
というか、私がまずそうでブン太がうまそうってどういうつもりよ!?
肉付きでいえばブン太の方がそりゃひしひしと脂はのってそうだけど、私今はっきりとまずそうって言われたよね。

誰がクソまずいだって?ふざけんなーーーーーーーーーー!!!

そう叫んで私はとりあえず地面に向かって拳を一発。
ドガンという爆発するような音とともに、振り落とした拳の場所からビキビキビキ…と鈍い音をたててひび割れが縦横無尽に走っていく。
砂埃と石つぶてで視界がはっきりしない中、妖怪たちの慌てふためく声と叫び声が四方八方から聞こえてくる。
この餌は抵抗する、と判断したのか視界がはっきりしない中何匹かが私達めがけて飛び掛ってくる。
とりあえず仁王たちには向かわないように、一匹一匹、時には三匹相手にしながらも拳を振り落としていく。
ドサドサと倒れていく妖怪たちだが全くキリがなく、視界が悪くても向こうは匂いで私の位置を把握しているらしく懲りることなく向かってくる。
私はというと長年培ってきた勘と、感覚、あとは気配でとりあえずつっかっかってくるものは一匹残さずぶっ潰していく。
それでもやっぱり妖怪の数は全く減ることなく、寧ろ匂いを嗅ぎ付けて離れた鉱山からも何匹か来ているようだ。

「そこまーで!!ギヒヒ」

襲い掛かってきた妖怪の顔面に思い切り拳を打ち込んだ私の背中に下卑た笑い声がかけられる。
なに?と思って振り返ると、仁王を足蹴に、そしてブン太の首を握り締めている一匹の妖怪。
すぐ傍の地面に大きな穴が開いているところをみるとコイツはどうやら土にもぐれるタイプの妖怪だったようで。

「俺の仲間、いっぱい倒してくれちゃって!でももうそれもおしまい。今から俺達のお食事の時間だ」
「ちょっと、冗談じゃないわよ!!仁王の背中から汚い足どけなさいよ!」
「お前は食事だけじゃ済まないぞー。いたぶってからぐちゃぐちゃにしてやる!!」
五月蝿い!!黙れ!!ブン太の首から手を離せっつってんのよ!!このクソヤロウが!!

二人を手元におく妖怪に向かって叫ぶと、妖怪の顔が怒りでメキメキメキと音を立てて変わっていく。
なに、こいつ…と一瞬唖然としそうになるものの、仁王の口からうめき声が聞こえてきてすぐさまその妖怪のもとに今までにないくらいの力をこめて飛び出す。
ガッという鈍い音を立て私の右アッパーがソイツの顎に綺麗にはいり、奴の体が空中に浮く。
ドンと音を立ててしりもちをつくソイツはそれでもブン太だけはしっかりといまだ手の中で握り締めていて離してくれそうにない。

「キ、キ、キ、キサマァァ!!人間のくせに!人間のくせにぃ!よくも俺の顔をぉぉ!!」
「大丈夫!?仁王」
「な、なんとか。つかブン太の奴がまだ…」
「俺は怒った!完全に怒った!まずはこいつからお前達の前で食ってやる!!!」

そう叫ぶやいなや妖怪はブン太を握り締めている右手を体の前に持ってきてぐったりとしたブン太を見て舌なめずりする。
ふざけるなといわんばかりにもう一度飛び掛ってやろうとして、いつのまにか私の足が盛り上がっている地面にめり込んで身動きがとれなくなっていることに気付く。

「まずは頭からだなぁ…ギヒヒ…」
ちょっと!!駄目だってば!!
「それじゃあ、いただきまぁ…」
「バーカ、ふざけんなよ、このクソヤロウ。俺がそう簡単に食われてたまるかっつうの!!」

妖怪の口が大きく開かれたその瞬間、ぐったりしているブン太から初めて声が漏れる。
握り締めていた妖怪が何を今更とばかりに馬鹿にしたように笑ったその時

「丸井くんからはーなーれーろー!!ジローキーーーーーーーーック!!

と妖怪の右横から突然ジロちゃんが飛び出してそのまま妖怪の右頬に足を沈める。
ドコーンと真横に吹っ飛んだ妖怪はそのまま近場にあった大岩に体をぶつけ、そのままゆったりと前のめりになって地面に倒れる。
ブン太はいつの間にか捕らえられていた手から抜け出してフンと鼻から息を出して仁王立ちしているジロちゃんの横で喉を押さえながら腰を地面に下ろしている。
そして呆気に取られている私と仁王の前に、ブオンと音をたてて突然何かが現れる。

「お嬢様、大丈夫でございましたか?」
「へ?あー!!サルがナス!!」
「サルがナス?なんじゃそれは」
「サルガタナスです!!何度言えば覚えてくださるんですか!!

一度不二と一緒にあったことのあるへんちくりん魔族、サルがナスはそう怒鳴るとすぐに我に返ったようにゴホンと咳払いする。
その向こうでジロちゃんがブン太の背中をさすりながら大丈夫?と問いかけている。
それ、私のもやってほしいとばかりにジーっと見つめていると、「僭越ながらワタクシが」とサルがナスが手を伸ばしてきたのでバシンとはたいてやる。

っち、大丈夫だった!?危機一髪って感じ〜?」
「ジロちゃん!なんでここにいるのさ!!」
「その点は俺に感謝しろよ、!」

そう言ってブン太が胸を張る。
なんのこっちゃとばかりに仁王と私が眉をひそめると、ブン太は軽く説明をしてくれた。
ブン太はジロちゃん同様、眠ったりすることで死神の力を発揮できる半魔族である。
ちょうどバスに乗り込んでから強制的に眠らされ、危機感からか無意識でか死神化したブン太は誰かに知らせなくちゃいけないとばかりにそのまま所員を呼びにいってくれていたらしい。
死神になると匂いが一層強くなるからか人間界に転がり出たと同時にジロちゃんに鉢合わせ、そこから急いで幸村やら不二やらに連絡をとってくれたらしい。

「不二さまはいま手が離せないとのことなので、ワタクシめがお迎えにあがりました」
「そうなんだ…にしても、やっとこれで帰れるってわけか!良かったぁ」
「俺もさすがに今回は命の危険、感じた。ブン太、すまんな、助かった」
「仁王く〜ん、まずは私にアリガトーでしょー!あのまま押しつぶされてても良かったの〜?」
「あぁ、もすまんかったな。感謝しとる」
「さぁ、お嬢様方!つもる話は人間界に帰ってからなさいませ!魔界の空気は皆様方にとって毒ですから」












ーーーーーーーーっ!!!!!
グハァ!!!
「精市、が白目むいてるぞ」

あのあとサルがナスに神奈川支部の方に送ってもらい、幸村の涙ながらの熱烈歓迎に私は本日二度目の失神を体験し。
やっぱり幸村の頼みごとにろくなものはないと目いっぱい納得した。
納得したのはいいけど、後々それをいかして断るなんていう選択肢はきっとこれから先も生まれてこないのでどうでもいいとばかりにやけを起こしかけたのは皆が知ってるところだ。

ちなみにニドロゲン鉱山のオーナーである魔族(あのバスの運転手というかバス自体がそいつだったらしい)はその後、勝手に人間界と魔界とを行き来したとの理由で処罰されたという。
魔界も色々大変なのね、とサルがナスに聞き痛感した私だった。