「あれ?今日はもう帰っちゃった?」

仕事帰りの不二周助が執務室に帰ってきた際、まだ時刻は昼の3時だというのにの姿が見当たらない。
昨日は仕事が長引いて結局事務所に泊まって帰ったといっていたので、今日は恐らくノルマさえこなせばさっさと帰ってしまうだろうと思い早々と仕事をきりあげ事務所にやってきたのだが、はもう帰ってしまったのだろうか。

「不二さん!なら屋上で昼寝してますよー」
「屋上?」
「眠気に勝てなかったみたいっす」

親切に教えてくれた神尾に感謝の言葉をのべて、不二は荷物片手に屋上へと続く階段をたんたんと音を立てて上りはじめる。
ギィと音を立てて屋上への扉を開くと、ひんやりとした廊下と違って温かい空気が体を包み込む。
3月だというのにここ最近はほとんど曇りか雨で、毎日うっすらと寒い日が続いていたのだが。
今日は久しぶりの快晴で、本当に春が来たといってもおかしくはない心地よさである。
目的の人物は貯水タンクのすぐ傍で見つかったのだが、その姿を見て不二はハァとため息をつかざるをえなかった。

(仮にも女の子なのになんで大の字になって寝てるのさ、この子…)

恐らく制服から着替えたのであろう、スカートではなくジーンズだったのが助けだ。
それでも女の子が堂々と大の字になって寝るもんなのだろうか。
いびきをかいてないのと口を大きく開いていないのは良かった。
恐らくこんな姿を見れば、跡部や真田あたりが五月蝿くなることだろう。
とりあえず不二はのすぐ傍にストンと腰をおろし、荷物もすぐ隣にそっと置く。
自分が近づいても起きる気配が見えないところ、今相当深い眠りに入ってしまっているのだろう。
つんつんと指を伸ばして、の頬をつついてみる。
むにむにと指が頬に食い込むが起きる気配はない。

(意外とやわらかい)

恐らく頬の柔らかさは芥川や丸井あたりが一番ふくよかなんだろうけども、意外との頬もやわらかくて気持ちがいい。
肉付きがいい、といったら本人はきっと目くじらをたてて怒るだろうが。
女の子なんだなぁやっぱり、と不二は飽きることなく指で頬をつつく。
かれこれ5分くらいつついていたのだろうか、一向に目覚める気配を見せないに不二は頬つつきに飽きを見せ始めていた。


(これでむずがってくれたりしてくれると、つつきがいがあるのに)

むずがるどころか眉一つ動かさないのだ。
で遊ぶのが大好きな不二にしてみれば、面白くないことこの上ない。
本人にそう言ったことはないがさすがにもう4年、5年の付き合いだ。
気付いてはいるようだが対処法がみつからない、といったところか。
まぁ簡単に対処されても面白くないのでそのままでいてほしいとは思っているのだが。

(起きてくれなきゃやっぱりつまんないな…折角お土産まで用意したのに)

ちらっと視線をよこにやると先ほどそばに置いた紙袋が視界に入る。
昨日まで出張で出かけていたのだが、運悪くと時間が重なることがなく、今日の姿を見るのも不二にとってはかれこれ4日ぶりのことだったりする。

(うーん、が起きてくれなきゃ僕がつまんないんだよね)

じーっとつついていた手を止めて、寝入っているの顔を見つめる。
時折スカースカーと鼻の抜けるような音が聞こえてくる、やはり相当深い眠りについているようだ。

(ますます起こしたくなっちゃうね)

クスっと一つ笑みをこぼすと、不二はそーっと両手を伸ばして右手はの鼻をぎゅっとつまみ左手は口を全部覆ってしまう。
クスクス笑いながらそんなことをしている不二の姿は恐らく傍目からみたら、綺麗な少年、で済ませられるだろうがやっている事を見ると通常通り、魔王なり悪魔、で十分通じる。
段々と寝ているの顔が少しずつ赤くなっていき、初めてピクリと眉が動く。
そのままピクピクと眉が動き続け(ひそめられているのだが不二にしてみれば面白い動きで終わってしまう)押さえつけられている左手の中からモガモガという変な音が聞こえる。
顔をぶんぶんと小さく横に振ろうとしているが不二の両手で押さえられていての顔はちっとも動かない。

(ふふ、面白い…)

モガモガと詰まったような音は段々と大きくなっていき、顔を動かそうとする力も段々と強くなっていくのがわかる。

「フンガーーーーーーーーー!!!!」

やっとというべきなのか、の両手が突如不二の両手にかかりバシっと音をたてての顔の上から払い落とされる。
と同時にカッと目が見開かれ、そのまま自分の顔を覗き込んでいる不二をギッと睨み付ける。
最後の方は相当苦しかったのか涙が浮かんではいないが、目がどことなく潤んでいるようではある。

「な、なに、すんのよー!!ゲホゲホッ!!
「あぁホラ、いきなり喋ると喉に詰まるよ?」
誰のせいじゃー!!ゲッホ…!!!」

上半身を起こして咳き込むの背中をとりあえずさすってやる、笑顔で。
顔の赤みは酸素不足かいまだとれておらずうっすらと頬が赤い。
さっきみたいに寝てたり黙ってれば十分かわいいのに、とはきっとみんなが思ってることだろうが言いはしない。
言えばつけあがるのが目に見えているのだ。

「なんなのよ!なんなのよ!私の貴重な睡眠タイムを返せ!!」
「あ、じゃあもう一回寝てもいいよ?」
「……寝てもまた起こすでしょ?」
「うん、起こすよ」
……寝る意味ないじゃん

ハァとため息をこぼすにクスっとつい笑ってしまう。
途端またギッと睨み付けてくるのだが、不二にとっての睨みなんて怖いものには入らない。
神尾や桃城たちはの睨み付けが怖いと言っていたが、それは恐らくとの付き合いがまだまだ短いからだ。
千石だってに睨まれてもヘラヘラしてるし、幸村にいたっては逆に「カワイー!!」と言って飛びつく始末。
どこぞの少年ではないが、本当「まだまだだね」だと思う。

「で?私を起こしてまで何の用?あぁでも不二の場合、用事なんてないよ、ただ遊びたかっただけ〜とか言いそう」
「僕のことどういう目で見てるのさ?」
「こういう目」

そう言って胡散臭そうな目つきで不二の方に顔をあげる。
それを見た瞬間、不二はアハハハと思い切り腹をかかえて笑い出してしまいで「ヘッ」と悪態をついて胡坐をかく。

「あーもう、本当かわいいね」
「うっさいうっさい!!」
「ほら、女の子が胡坐なんてかかないの」
「もーいいじゃん!不二も手塚みたいなこと言わないでよねー!!」

手塚みたいといわれて暗に不二がむっとするのがにもわかった。
ヤバ、と一瞬思ったがすぐさま不二が反撃してくるわけでもなさそうだったのでそのまま放置しておくことにする。

「これ、お土産。昨日一応こっちに帰ってはきてたんだけどとは会えなかったから」
「わ!お土産!?」

途端嬉しそうな顔になって差し出された紙袋に飛びつくに不二は、後で開けてね?と言い残しそそくさと屋上を出て行ってしまう。
お土産ってどこに行ってたんだっけとホワイトボードに書いてあることを思い出そうとするのだが、寝起きだからかいまいち頭がシャッキリしておらずなかなか思い出せない。
後であけてね、と言われたけどもいつあ後になるのかわからないのでさっさと開けてしまうことにする。
紙袋を開けて中から取り出したものはなにやら包装紙に包まれた両手で抱えるくらいの大きさのもの。

「お土産を買ってきてくれること自体が珍しいのに、こんな大きなもの買ってきて。一体なんなわけ!?」

そういってガサガサと包んである包装紙のセロハンテープを順番にはがしていき、包装紙をめくり取っていく。
しばらくして。












ゴラァァ!!!不二周助はどこに行きやがったぁ!?










ダンダンダンとすごい音が廊下から聞こえてきたと思ったらバンととんでもない音をたてて執務室の扉が開かれる。
なんだなんだと皆が驚いて扉のほうに顔を向ければそこには鬼のような顔をした

「ふ、不二さんなら今日はもう帰るって言ってついさっき出て行ったぞ」
ぬわにぃぃぃ!?!?

鬼の顔をしたままグルンと親切心でに教えてあげた神尾は振り向かれ、ギャーーーーーーっと叫び声をあげて近くにいた橘の背に隠れてしまう。

「にゃろう、逃げやがったか!!!」
「ん?、その手に持っているのはなんだ?」

背中に神尾を貼り付けたままの橘には自分の手に持っているものを尋ねられ、橘相手だというのに鬼の形相をしたまま

「不二からのお土産なんだって」
「そのなまはげのお面がか?」
らしいですよっ!!!!

答えるとズカズカとそのお面を持ったまま自分のデスクに向かいバンとなまはげのお面を投げつける。
橘の背中から「なまはげと同じ顔だ」という声が聞こえてきたので、後でソイツは処刑するとして…と計画をたてながらドカっと椅子に腰をおろす。
ホワイトボードに目をむけると、とある観月サンの文字が目に入ってくる。






不二周助:秋田男鹿に出張