榊太郎という人間は教育社会でも経済社会でも、そしてこのお話メインであるゴーストスイープ社会でも有名な人間である。
誰しもが知っている、そういう有名ではなくその社会のトップに君臨する人間達ならば知っていて当たり前の上の階級のみで名が知れ渡っている人間なのだ。
榊グループという世界有数のグループの専務である傍らで、氷帝学園というこれまた日本有数のマンモス金持ち学校の教鞭をとっている。
それだけではすまず、彼自身大きな仕事についたりはしていないがかなり有名なゴーストスイーパー能力者でもある。
さて。
そんな榊太郎氏は3月14日に誕生日を控えている。
この歳になってまで祝ってもらう必要はないと本人は随分ぼやいてはいたがそこはそれというか、かの榊グループのほかの人間たちが許さなかった。
現会長の子息として、勿論専務として、盛大な生誕記念パーティが今年も開かれることとなったのである。
勿論このパーティには榊太郎の養女として育てられた自身も参加せねばならず、榊太郎だけではなく自身も面倒くさいと毎年ぼやいているのは公然の秘密である。
ただ今年は義父である榊太郎氏が事務所の皆も呼んであげなさいと言ってくれたことで、少なからず退屈はしないだろうとは思っていた。
毎年このパーティに来るのは家族ぐるみの付き合いのある跡部景吾は勿論、初期メンバーの六人だけだったのだ。
所詮はただの一般市民の高校生、パーティと聞いて面倒くさげにしていたのだが不二の「ご馳走すごいよ」という言葉に大半の所員達の心が揺れ動いたようだ。
東京本部の人間だけにお誘いしていたはずが、大食漢のブン太がそんな素敵なお話を聞き逃すことはなく気付けば東京本部の人間と神奈川支部の人間もパーティに行くことになっていた。
所員達の一番の悩みは『正装』だったらしく、ジーパンじゃ駄目なのかと言った赤澤に観月サンが拳骨を落としている姿が見受けられた。
忍足や宍戸たちは跡部のお古でいいやとどこか半分投げやりではあったが、余分な出費を控えることに成功し。
はたまた六強達は毎年のおとなのでしっかりとスーツは用意できていたようだ。
残りの人間たちは跡部では問題があるので観月サンや不二といった、信用できる人間に相談しながらなんとか当日までにスーツ一式そろえることができたようだ。
所員達にとっては少々痛い出費となったようだが、まぁご馳走という目の前のお宝には勝てなかったのだろう。
「うぅ〜首がくるC〜。あとべー、これ外してE?」
「馬鹿ヤロ。お前それ外したら中にいれてもらえなくなるぞ」
「ほら、芥川。ご馳走のためだ!我慢しろぃ?」
「橘さん!どうですか!?決まってますか、俺!?」
「あぁ、いいんじゃないか、アキラ」
「橘さんもスーツ似合ってますね。どっちかっていうとそのアッチの人っぽいですけど」
びしっとスーツできめたたくさんの少年たちのそれぞれの手には一枚の招待状。
慣れない格好に窮屈そうにしている少年達がほとんどだが、皆それぞれスーツが似合っていてなかなか様になっている。
だだっ広い門のところに立っている数人のSPらしき男に招待状を見せ中に入る。
跡部の家に遊びにいったことのある人間は一応免疫ができているのかホゥと小さくため息をついただけたったが、全く跡部の家も知らない所員達はその屋敷の広さ(それ以前に庭の広さ)とその煌びやかさに呆気に取られて道のど真ん中だというのにぽかんと口を開けてしまっている。
跡部なんかは一緒にされるのは恥ずかしいとばかりにさっさと屋敷の中へ入っていってしまい、六強メンバーもいつのまにか屋敷へと足を踏み入れている。
慌ててその後を追うかのようにして入っていた小心者(アンド一般ピーポー)達は屋敷の中で再びポカンと口を開けるはめになる。
「に、仁王先輩…」
「なんじゃい」
「こ、このテーブルに乗ってる料理は勝手に好きなだけ食べていいんすよね?」
「あ、あぁ。ええと思うぞ」
仁王がそういうやいなや赤也たちはダッシュで豪勢な料理の乗ったテーブルに向かって走っていく。
その中には勿論ブン太の姿もジローの姿もある。
「チッ、恥ずかしい奴らめ…」
「まぁそういいなや。あいつらにしてみりゃパーティよりも料理なんやから」
ガツガツと料理に食らいついているメンバー達を見て顔をしかめた跡部に忍足がまぁまぁと宥める。
サーバーがドリンクの乗ったトレイを片手にドリンクはいかがですか?と尋ねてきたのでありがたくグラスを一つ受け取る。
「跡部。それ酒とちゃうの?」
「気にするな。気になるならお前はその辺でオレンジジュースでも探して来い」
そういうと跡部はグラス片手に千石の方に歩いていき何事か話すと、手塚や不二、幸村に橘たちと合流してそのままどこかへと歩いていく。
なんや、あいつら、どこに行くんやろ…と疑問に思いながらも忍足はサーバーから跡部と同じようにグラスを一つ受け取る。
「あれ?忍足一人?」
「へ?」
と、突然後ろから声をかけられどこかで聞いたことのある声やなぁと振り返ればそこには白いノースリーブのベル・ラインタイプのドレスを身にまとった綺麗な少女。
髪を上でぎゅっと一つにまとめ上げいくつかの巻き髪をたらしている。
声をかけられたのは確かに忍足なのだが、こんな綺麗な少女が忍足の交友関係リストの中には今のところ存在しない。
跡部あたりならどこかの令嬢とかで知り合いがいるのかもしれないが。
「あのー…どちらさんでしょう?」
「ハァ?」
忍足の問いかけに見た目令嬢な美しい少女は心底馬鹿にしたような声をあげて、アンタ頭大丈夫?とまで言う始末。
なんで見知らぬ人間にここまで言われなあかんねん、と内心傷つきながらも、いや、と口ごもってると。
「、ここにいたの?」
「あぁ、幸村」
少女の後ろから神奈川支部のトップもとい六強最凶メンバーが一人、幸村精市がニコニコと微笑みながらやってきた。
そのまま幸村は忍足の目の前の少女と話し始め、しかしよく見てみると幸村の手は少女の手を握り締めてないだろうか。
いやいや、それ以前に先ほど幸村はなんて言ったか。
「?」
「あぁ?なによ、忍足」
「―――ほんまに?」
「ちょっと本当に忍足どうしたわけ?まさかもう酔っ払い?」
眉をひそめてどこか馬鹿にしたように笑いながら言うその顔には確かにの面影がどことなくある。
あるのだが。
いかんせん、自分は先ほどまで令嬢だとまで思っていた、美少女だと思っていたのだ。
その美少女がだと。
「認めたくあらへん…」
「んだと、ゴラァ!?」
「あぁほら、折角綺麗にドレスアップしてるんだからそういう言葉遣いしないの」
「うげ、不二!!」
心底嫌そうな顔をしたは同じように後ろから現れた残りの六強達のほうに顔を向ける。
六強たちは毎年このパーティに参加しているからのこの変わり様に慣れているのだろうか、いたって普通にと話しこんでいる。
幸村は相変わらずの腕にしがみついていて、これじゃどっちが女で男かわかったもんじゃない。
「あっれー?幸村ぶちょ、ナンパですかぁ?」
片手に持つ皿いっぱいに料理を積み上げて赤也がニヤニヤと笑いながら幸村の方へとやってくる。
その後ろにはこれまた同じような皿を持っている神尾とドリンクグラスを持つ観月の姿が。
「ナンパ?ナンパなんかしてないけど」
「まったまたー!じゃあその幸村ぶちょの横にいるキレ〜な女の子はなんなんですぅ?」
キヒヒと笑いながら言う赤也に忍足は先ほどまでの自分の姿を忘れて、コイツ馬鹿だとばかりにため息をついた。
神尾はというと顔を真っ赤にさせてチラチラっと橘の前に立つを見ている。
観月だけはだと気付いたようで、オヤと声をもらすとスタスタとの前まで歩いていき
「こんばんは。今日はご招待どうもありがとうございます、」
といってにっこりと笑いかけた。
同じように笑い返して「ありがとう」というに、赤也と神尾は信じられないとばかりに目を見開き。
「ーーーーーーーーっ!?」
「うっそだーーーー!!!!!!俺の青春カムバーック!!」
訳のわからないことを叫びだす(特に神尾)始末。
そんな恥ずかしい行動を跡部と観月、勿論不二たちが見逃す筈もなく大声をだした二人の頭にはゴツンと三人分の拳骨が落とされる。
イタイイタイとばかりに頭を抑えて痛みをこらえている二人を傍目に、観月はに再びにっこりと笑いかける。
「そのドレス、とっても似合っていますよ」
「本当?窮屈でいやなんだけどさ、今日ばかりはしょうがないのよねぇ」
「ふふ、そういうところは相変わらずですね。ところで榊さんは?」
「あっちにいるぜ?一応俺達は挨拶してきたが、観月、お前も一応してこいよ」
跡部が指差す方に、えぇそうですねと観月はグラスをサーバーのトレイに置くと向かい始める。
「にしても、まだまだ終わりそうにないしさぁ。あぁ早くベッドにダイブしたいー…」
「、主役の娘であるお前が早々に帰れるわけがないだろう。もう少し我慢ということをだな」
「手塚パパ、最近パパ先生よりもうるさい」
うるさいと言われた手塚はかなりショックを受けたのか、(見た目は全く変わっていないが)風にあたってくるというとフラフラと危なっかしい足取りでテラスのほうへ向かい始める。
苦笑しながら橘が、手塚についてるよと言いその後を追いかけていく。
千石は早速料理に心が奪われているのか不二を引っ張って料理の乗っているテーブルへと向かい始める。
珍しく引っ張られたままになっている不二はしっかりと途中へこんでいた神尾と赤也をひらっていく。
腕に幸村を貼り付けたまま、そして隣に跡部を立たせたまま(忍足はいつのまにか消えていた)は何をするでもなくぼーっとしていたのだが。
ふと屋敷に流れていた曲がガラリと変わり、部屋の中央から人々が壁の方へと寄っていく。
「あぁもうダンスの時間か」
「そうみたいだね」
眠たい目をこすろうとして幸村に駄目だよと手をとめられブスっとしていたはいつのまにか目の前に現れた自分の義父に驚き、小さく「ワッ」と声をあげる。
「さて、眠たそうなそこのお嬢さん。私と一曲踊っていただけますか?」
「ニシシ、勿論ですとも!お義父様!!」
差し出された右手にいつのまにか幸村が離れている左手をそっと乗せる。
綺麗な言葉遣いではないけれど、笑ったその顔がとても綺麗だから。
榊もふっと軽く笑うと義娘の手を取って中央へと足を進める。
曲にあわせて中央でくるくると踊る二人の親子に周りからはホゥっと羨ましげな声がもれる。
勿論料理に夢中になっていた所員達も例外に漏れず、部屋の中央で踊る普段は怪力お馬鹿な同僚にうっとりとしてしまっている。
「あれが、…なぁ」
「信じられねぇよなぁ」
「一瞬でもときめいた俺の心を返してほしい…」
「――お前、本当馬鹿だな」
楽しそうなこの親子にこの先も幸あれ。
そして。
榊太郎氏(年齢不詳)、誕生日おめでとう!!