「う…眠っ…!」
「眠いってまだ12時前だよ?」
「"まだ"じゃなくて"もう"なの!ついでに今が一番眠さピークなの!」
「あっそ」
「つーれーなーいー!」

部屋においてあるソファにゴロンと横になってあくびをかみしめる。
鬼が出てくるまですることがない私と不二はこの部屋の中で好き勝手にさせてもらっているけれど、そもそもほぼ手ぶらで来たのだから寝るか喋るかのどちらか。
不二と喋っててもいいんだけれど、恐らく一日も彼だけの相手をしていたら私の弱弱しい胃は穴が開いちゃうんじゃないかと思う。

「頑丈だから大丈夫だよ」

だから、勝手に人の心の中を読まないで欲しい。
何度言えばわかってくれるのだろう、この魔王様は。

ボーン…
 ボーン…
  ボーン…

部屋の中においてあった大時計の鐘が鳴り響いた。
ちらっと視線を時計の方に向けると長い針と短い針が真上を指して重なっているのが目に入る。

「…十二時」
「………」

一応話で聞いていたのは鬼が現れるのは二時以降とのこと。
あと2時間、この部屋で何をしろってんだー!とゴロンとソファの上で寝返りを打ったその瞬間だった。




ピーヒョロロロロロロ…




ぶわっと何か冷たいものが肌を撫でる感覚が全身を伝う。
足のつま先から、はたまた指のつま先から。
ゾゾゾゾと何かが這い上がってくるような感覚。
そして、何か空気を伝って入り込んでくる感覚。

「来た、ね」
「……まだ2時じゃないじゃん」
「さらに鬼の力が強くなった、ってことかな」

寝転がっていた体をソファから起こす。
不二はやっぱり傍観者を決め込むらしく表情が厳しくなっただけで立ち上がろうともしない。
羨ましい奴だ、普通女の子の事を男の子が守るもんじゃないだろうか。

は強いから僕が守るまでもないよ」
「読むなっつの」
「それより、用意、した方がいいんじゃない?」

外に目を向けたままの不二に私はヘイヘイとだけ返事を返し、ポケットの中からライダーグローブのような指先だけ切れているグローブを取り出す。
きゅっとグローブを両手にはめる。
それだけで気合が入るというか身にまとう空気が変わるような気がするのは私が単純だからか。
それともこのグローブの効果か。

『カエセェ……カエセェ…』

「お出ましのようだよ」
「わかってますよーだ。あぁもう面倒くさいー!」

違う意味でムカムカしつつ、バーンと廊下に通じるドアを開け放つ。
なにか異質なものがいるのはここから奥の方。
しかし耳を澄まして聞こえてくる音をたどれば、こちらに段々と近づいてきているのが分かる。

『カエセェ…カエセェ…わしの……を』

おや、と思った。
今何か鬼が違う事を言った様な気がした。

「鬼の力が前よりも強くなってきてるからこちらとしては対処しやすくはあるけど」
「うわっ!いつのまに真後ろに!!」

さっきまで暢気に一人がけソファで寛いでいた不二が音も立てずに真後ろに立っていて心底驚く。
驚くというかただでさえ緊張してるのに、更に緊張させてどうすんだ!と突っ込みたい。
しかしその不二の方に振り返ると、当の不二は私ではなく全然関係のない庭、というよりは空をじっと見つめている。

「………?」
「不二?どうかした?」

私の声に不二は反応を返さず、右手を制服のポケットにつっこみ何かを先ほどまで不二が見ていた空間に投げつけた。
その瞬間なにもないはずの空間がバチっと音と電撃のようなものを立て一瞬歪んだように見える。

「……え?」
「誰かが見てる」
「は?」
「誰かがこの様子を見てるんだ。僕達に気付かせないように」

先ほど不二が投げつけた何かが庭で白い光を放っている。

「さっき投げつけたのは幸村にもらった天界の石。あれが電撃をともなってはじかれたということは…」
「不二?」

何かブツブツと深司君のように考え込みだした不二に声をかける。
邪魔をしないようにもう一度先ほど投げつけた白い石に目を向ける。
いまだ白い光をチカチカと放つ石は真っ暗闇の中の庭では非常に目立つ。
あれは一体何なのだろう、と見ていると



と不二に名前を呼ばれた。
なに?と首だけ不二に向け視線で問うと彼は先ほどまでは見せていなかった緊張したおもむきでこう述べた。

「あくまで可能性の話だけれど、この空間は誰かに見張られているようだ」
「うん」
「急に現れた鬼、力を一気に回復させている鬼、誰かの視線、そしてあの笛の音」











「この事件、誰かに仕組まれた物の可能性が高い」













ふっと私の立っている場所が影になる。
顔を上げて影の伸びている先を見上げると、そこには。

『カエセェ…カエセェ…わしの器をカエセェ…』

明らかに正気ではない鬼と呼ばれる物が私と不二を見下ろしていた。