女の子は恋バナが好きとはいうけれど、まさか男の子もそうだとは思わなかった。
「なぁなぁ、」
「ん?なに?」
報告書作成のためにデスクに向かってボールペンを走らせていたに背中から声がかけられる。
振り向くことなく、手も止めることなく、返事を返す。
「お前さぁ、事務所ん中だったら誰と付き合いたい?」
恐らくお茶なりなにか飲み物を飲んでいたらブッと噴き出していたに違いない。
実際ブッと噴き出す音が執務室のどこかから聞こえてくる。
に声をかけてきた少年、神尾の声は明らかに人目をはばかった大きさではなく執務室全体に聞こえる大きさだったのだ。
はぁとため息をこぼし、黙々と動かし続けていたボールペンをコロンとデスクの上に転がす。
ギシっと音を立てて椅子を回転させ後ろに振り向けば、ちょうどそこは執務室の休憩スペース。
ソファには神尾と伊武、何故か長太郎に裕太という私と同い年メンバー(全員高校二年生だ)が揃っている。
「いきなりなんだっつの」
「いやさー、みんなで今お前の将来について心配してやってたんだよ」
余計なお世話だとばかりにデスクの上においたボールペンを投げつけてやるとスカーンといい音をたてて神尾の額に命中する。
いってーと声をあげる神尾に残りのメンバーたちは苦笑をもらしているだけだ。
「なんでそんな話に長太郎と裕太まで参加してんのさ」
「えっと、ちょっとした好奇心?」
「疑問系で答えないでよ、チョタ」
そして今度こそ、余計なお世話だって、と口にだす。
さきほどボールペンがぶつかった額をさすりながら神尾が何言ってんだよ、とどこか馬鹿にしたように言う。
「お前、俺達が心配してやってんだぞ?」
「なによ。あんた達普段から私のこと女じゃない女じゃないって言ってる割には、心配性なのね」
それはどうもありがとう。
棒読みで言ってやると長太郎と裕太は苦笑を返し、深司は相変わらず無表情、神尾だけかわいくないなぁとぼやき返す。
「まぁとにかく誰と付き合いたい?俺なんかは橘さんオススメ!」
目をキラキラと輝かせて言う神尾に、そりゃお前でしょうよ、と恐らく執務室にいる連中はほとんどそう思っているはずだ。
男同士、という枠を超えて。
神尾の橘への思いいれはそれはそれは山より高く海より深い。
まぁそれは恐らく深司もそうだろう。
「橘さんはでもにとって兄貴みたいなもんじゃねぇの?」
「そうそ、裕太の言うとおり。橘さんも私のことは妹だって言ってたし」
橘さんには実際血の繋がった妹がいるらしいのだが、色々事情があって今は一緒に暮らせていないんだそうだ。
だからこそ同い年の私のことを本当に妹のように事務所に入った頃から見守ってくれている、大切な人。
「それを言うなら手塚さんも駄目だな」
「手塚さんはパパですもんね」
「じゃあ観月さんはどうよ?」
神尾のどこか楽しそうな声が執務室に響き渡る。
いつもなら五月蝿いはずの執務室がどこか静かなのは、恐らく会話に参加していないほかの所員達がみな聞き耳をたてているからに違いない。
でも、なんでこんな私のありえない話に聞き耳たてるんだか。
「観月さんがじゃ嫌がるんじゃないの?だってだし」
「深司、それは私への挑戦状?」
「まぁでも、確かに観月さんとじゃ観月さんがすごい苦労しそうだよね」
長太郎のその発言にちょっとショックを受ける。
一体どういうつもりで言ったのかは(まぁなんとなくは想像つくが)わからないが、長太郎があまりにも素敵な笑顔で言うから私は何も言えない。
裕太は自分のグループの先輩だからか、お口にチャック状態だし。
「じゃあ大石さんとか南さんは絶対駄目だな。精神的に弱そうな人はとつりあえないってことか」
ふっとデスクを通り越して奥を見てみると、精神的に弱そうな人代表の南くんがどこか胃の辺りをおさえているのが目に入る。
隣でキヨちゃんがさぞおかしそうにケラケラと笑っているのが更に可愛そうだ。
「、年下はどうよ?」
「年下ぁ?別に嫌いじゃないけど」
「じゃあ越前とか太一でもオッケーってことか」
「ウワ!太一とかその辺はまじ勘弁!!!」
出てきた太一の名前に咄嗟に反応して、拒否させてもらう。
「とか?」
「不二とか幸村とかその辺。相手が幸せになっても、私が絶対に幸せになれない!そんなのは絶対にイヤ!!」
イヤとかを通り越して虫唾が走るというか(そこまで言わなきゃ不二たちとはやっていけないのだ)
嫌いではないけども、彼氏彼女として付き合っていくのは更に難しいというか。
「不二から優しくされたら私発狂する自信がある!!」
「威張って言うなよ…」
裕太が心底呆れたような目で私を見てくる。
でも強く言わないのは恐らく、たとえ血の繋がった兄だといえども私と同じ考えだからだろう。
裕太も普段、不二に優しい言葉をたまーにかけられて「ヒィィ」と叫び声をあげながら鳥肌をたててトイレに駆け込んでいるの。
「あー、跡部さんとかは?」
「跡部さんとじゃ毎日いつでもどこでも喧嘩になっちゃうんじゃない?」
「あー、それは言えてるかも。その前にじゃ跡部さんに似合わないんじゃないか?」
「ちょっとそれどういう意味よ」
「いや、跡部さん。すっごいこう女には五月蝿そうっていうか」
うんうんと頷いている四人を尻目にあほらしとばかりに私は再びボールペンを手に取る。
いつの間にかキヨちゃんが四人の会話に参加しようと四人の座っているソファに自分の体をねじ込ませていたが、それもどうでもいい話だ。
第一人のことネタにして会話する前にあんた達も彼女の一つや二つくらい…と思いかけて、考えてみりゃここに勤めている少年達は(ほとんど)美少年だったなと思い出す。
正確には皆難があるが基本的にこれまた黙っていればカッコイイし綺麗だしカワイイのだ。
「ねーねー、じゃあ俺はぁ?俺ならともバッチシ?」
「千石さん?千石さんは、まぁ確かに話しやすいし面白いし」
「の性格にもついていける人間ではあるよな…」
ふと顔をあげると執務室の扉をちょうどくぐって出て行こうとする人物が目に付く。
時計を見るとまだ6時少し前で、珍しい、と思いながら急いで私もデスクの上を片付け始める。
報告書はまた明日でもいい、まぁスミレちゃんに後々怒られることにはなりそうだけどまぁこれもある意味日常茶飯だ。
デスク下からバッグを取り出し椅子から立ち上がると、後ろからキヨちゃんが声をかけてくる。
「あれ?もうあがり?」
「あぁうん。人のことネタにするのもほどほどにしてよ?じゃあね!」
そう言って急いで執務室ドアへ向かいタイムカードを押す。
タンタンと階段を降りてどっちへ行ったのかとあたりを見回すと、右方向の少し先を歩くその背中を見つける。
途中に信号とかがあるわけではないが、いかんせん足のコンパスが違う。
向こうは特に私のことに気付いていないからこっちが少々走るくらいでもしないと追いつけない距離になっている。
息を切らして目の前をいく背中にむかって足を進める。
走ってくる音に気がついたのか、目の前を歩いていた人間はあともう少しというところでクルリと突然振り返ってきた。
「!?」
「うん、帰るの見かけたから。一緒にかえろ?」
そう言って跡部の横に並ぶ。
いつもなら、そうか、とか何か返事をくれるのに今日は何も言ってくれない。
跡部からなにも言われる事がないまま二人の足は駅に向かって進み始める。
変なの、とは執務室から帰ろうとする跡部を見たときから思っていた。
いつもなら(所員はみんなそうだけど)なにか一言言ってから帰っていくのに、跡部は何も言わずにそっと執務室を出て行こうとしていたのだ。
「なにか、あった?」
「たいしたことはない。ただ…」
「ただ?」
言いにくそうに口を閉ざしてしまった跡部の顔を窺うように顔を少しあげる。
端正な顔なのに今はすっかり眉もひそめられていて、すごく不機嫌というか、そんな感じ。
「お前、も、千石のほうがいいとか思ってるか?」
「え?」
「いや、何もねぇ。忘れろ。ホラ、さっさと帰るぞ」
そう言ってさっきよりもスピードをあげて一人で歩き出してしまう跡部の背中を見ながら、私はさっき何を言われたのか頭の中で何度も何度もその台詞を繰り返す。
どうしてキヨちゃんがでてきて、なにがいいっていうのだろう。
と、そこまで考えてふと先ほどの神尾たちの会話を思い出す。
そういえば跡部も執務室の中にいたのだからあの会話を聞いていたに違いないのだ。
神尾たちとの会話とさっき跡部のこぼした台詞。
二つをからみあわせて考えて、私は自分の顔がカッと熱くなるのがわかった。
すごく嬉しくて嬉しくて、それでいてそんなことを言ってしまう跡部に少し腹をたてて。
いろんな気持ちがふつふつと湧き上がってくるが、やっぱり一番嬉しいっていう気持ちが大きいみたいだ。
顔の火照りが跡部にはわかりませんように、と心の中で念じながら。
先をいく跡部の右手めがけて自分の左手を繰り出す。
「一緒に帰ろうって言ったのに置いてかないでよ、跡部」
掴まれた自分の右手に跡部は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに普段の顔(けどちょっとどこか不機嫌)に戻ってしまう。
「キヨちゃんとは跡部が思ってるような関係にはならないよ」
「当たり前だ、なってたまるか。お前は俺の」
「彼女、だもんねー?」
事務所のみんなには言っていない、跡部と私の関係。
不二や橘さん、キヨちゃんにも言ってない。
だから、余計に機嫌が悪いのかもしれない。
余計にヤキモチやいてくれたのかもしれない。
「よりにもよって神尾たちの言葉信じないでよ。ゲロゲー」
「お前な…」
「そろそろみんなに言っちゃう?キヨちゃん辺りには言ってもいいんじゃないの?」
「千石に言ったら全員知る事になると思うが?」
「跡部がしたいようにしたらいいよ?神尾たちに言わせると、私と付き合う男の方が可哀想、になるらしいからさ」
そっちの方が心配、と言外に匂わせて言うと跡部と繋がっている私の左手にぎゅっと強く力がこめられる。
「俺が可哀想になるのか?」
「らしいよ。みんな、いつもそう言うじゃん」
「そんなこと言うやつらはほっとけ。俺は、別にそんな風に思ってねぇ」
力強く握り締められた左手があったかい。
跡部とこんな関係になってから、俗にいう『くすぐったい気持ち』っていうのを体験した。
さらにいうと、実は今もどこかくすぐったくて仕方ない。
最初はなんて女々しいの!と自分で自分に突っ込んでいたけれど(自分のキャラっぽくなかったから余計に)今じゃ笑ってしまうだけだ。
嬉しい。
楽しい。
幸せ。
そんな風に思える時間は跡部と一緒にいるときだけ。
だから。
「知ってるよー、それくらいね!!」
こっちからも精一杯のアリガトウをつながれた左手にこめて。