それは全ての偶然が重なった結果、だったのかもしれない。
普段ならありえないことが重なり重なり、そしてそういう結果になってしまったのかもしれない。
ただそんなことはどうでもよかった、そんなことよりもこの状況をどう説明すべきか、そしてその説明を聞くべきかが彼らにとって目下大問題だったのだから。
にとってその日は一ヶ月ぶりの平日オフだった、一ヶ月ぶりのだ。
思わず嬉しくなって学校帰りに遊んでいっちゃおうなんて思ってしまってもおかしくはなかったのだ。
千石清純にとってその日はいたっていつもと同じ日だった。
学校が終われば事務所に働きに行くだけだけども今日もそんな気分じゃない〜とか勝手に一人で理由をつけて少しだけ遊んじゃおうと軽い気持ちで街をフラフラすることにしただけだった。
南健太郎にとってその日はいたっていつもと同じだった。
HRが終わって教室を見渡せば既に千石の姿はなく、最終兵器太一と連れ立って千石を事務所に引っ立てるべくオレンジ頭を追いかけて校門を飛び出したのだ。
壇太一にとってその日はやっぱりいたっていつもと同じだった。
千石が消えたと言って自分のクラスに駆け込んできた南と一緒に消えたオレンジ鶏頭を探すべくなんとなくこっちだろうと予想をつけながらニヤリと街へ繰り出していったのだ。
そして、跡部景吾にとってもその日はいたっていつもと同じ日、になる予定だった。
学校が普段よりもかなり早く終わり事務所に行くまでに時間があるから少し買い物でもしていくか、と考え行動にうつすまでは。
「南先輩、こっちですぅ〜こっちから千石先輩の匂いがプンプンしますです!」
「・・・・そ、匂いがするのか・・・・毎回助かるよ、壇・・・本当に・・・」
後輩のもはや人間業を通り越しているその神業(動物業というわけにもいかない)に若干顔をひきつらせながら南は太一のあとをひたすらについていく。
電車を乗り継ぎ人で賑わう街の中を潜り抜けていく太一のその背中は本当に逞しすぎて涙がホロリと出そうになる。
しかしこの後輩についていけば確実に千石を捕まえる事ができるので、ホロホロとただ泣いているだけにはいかなかった。
「あ、ほら!あの派手な馬鹿っぽい頭は千石先輩ですよ!」
「え、どこ?っていうか仮にもお前の先輩・・・ていうか本当にどこにいるわけ?見当たらないんだけど・・・」
「ん、もう!南先輩あっちですってば!ほら、僕の指の先ですって」
全然見えないよ、太一。俺の目の前にはスーツ着てる男の人だとか女の人だとか、女子高生だとかで埋まっちゃってるんだけど。
それでもそんな人ごみをかきわけて進んでいく太一の先にようやく目立つオレンジ頭を発見し、南はそこでやっと一つため息をこぼした。
そして件のオレンジ頭といえば、何故か早足で歩いていく人ごみの中動く気配を見せずポツンと一人どこかあらぬほうに顔をむけたまま立ち尽くしている。
「あれ、千石先輩の隣にいるのって跡部さんじゃないですか?」
「え?跡部もいるの?あ、本当だ」
偶然なのか連絡を取り合っていたのかはわからないけれど、確かに千石の隣にこれまた目立つ日本人離れした顔を持つ男が立っているのが視界に入る。
ただどうやら彼も千石と同じ、あらぬ方に顔を向けて立ち尽くしている。
二人の立っている姿は一言で表すなら『呆然と』だろうか、それくらい二人は大きな目をかっ開いてどこぞを見つめていたのだ。
「千石先輩!跡部さん!!見つけたです!!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「千石先輩?跡部さん??」
「おい、二人ともどうしたんだよ!!千石?跡部?おい、せ ん ご く !!」
「!!!うわ、南!?」
南が立ち尽くしている千石の片耳を引っ張りそこで大きな声で名前を呼んでやればようやくこちらに意識を向けてくる。
そんな千石の隣で跡部も跡部で隣の千石が驚くほどの大きな声を間近で出したにも関わらずいまだ呆然と立ち尽くしている。
「お前ら二人して何やって」
「そうだそうなんだよ、南!壇くん!」
「へ?一体何があったんですか?」
「あそこ!!あそこ見てよ!!」
そう言って千石が指差した方に南と太一が顔を向ければ、太一がビシっと固まってしまいその直後にようやくソレに気付いた南も「え」と小さく声を漏らすとガキンと固まってしまう。
それなりに顔のいい男が四人揃って人の行き来が激しい道路の上で立ちほうけているのだ、それはそれは周りを歩く人にとってとても迷惑な話だったろう。
けれど四人にしてみれば立ち止まらずには、いや思考を停止させずにはいられない、そんな光景が目の前にあったのだから。
「あれって・・・・だよなぁ。俺らの知ってるだよなぁ・・・」
「どー見ても一人でお買い物って感じじゃないですだーん・・・なんでしょ、あの右手の先にいる男は」
「あ、やっぱり二人にもの隣にいる人間が見える?俺と跡部くんだけじゃなかったんだ・・・そっか・・・・やっぱりそうなの・・・・」
事務所所員なら知らないものはいないと思われるあのが車道を挟んだ向こう側にいて、それこそ
「「「()がオトコと手を繋いでるなんて!!!」」」
そう、仲良く見知らぬ男と手を繋いで歩いているのだ。
男よりも遥かにオトコマエだったり、男よりも遥かに力強かったりするあのが笑顔で男と手を繋いでいるのだ!
「あー・・・跡部さんが沈むのも当たり前かもしれないですだーん。お兄さんにはナイショの彼氏だったわけですもんね」
「跡部くんはともかく俺も今はじめて見たし聞いた?ん?聞いてはないか、とにかく見たんだよ!!こんなのじゃないよ!!」
「それはともかく、隣の男の制服って跡部の学校のじゃないか?って跡部?おい、跡部!いい加減目覚めろよ・・・」
「だーダメダメ、跡部君かれこれずっとこんな調子。お兄さん的にはショックはでかすぎ!ってとこなんじゃない?」
と手を繋ぐ少年はちっとも笑ってなくて無愛想そのものであったけれど大人しくに手を繋がれてるところを見るとまんざらでもないらしい。
いや、彼氏彼女って関係にまんざらもなにもないのだろう、ただそれでもこの四人にしてみれば信じがたい光景だった。
「あ・・・あれは!!」
「お、跡部くん、やっと復活?」
「あれは氷帝の生徒会長か!?なんでと!いや、なんで手を繋いでるんだ!?俺は許さないぞ!ていうか許可してねぇ!!!」
グワーっと叫びだすと赤信号だというのに跡部は横断歩道を渡ろうと長い足を踏み出し、慌てて南と千石が後ろから腕をおさえこんで跡部の無謀というかもう何も見えてない行動を止めた。
「ちょっと!跡部くん!?気持ちはわかるけど!わかるけど赤信号なのに道路に飛び出すのはどうかと思うよー!!」
「そうだぞ、跡部!が付き合ってるかどうかはまだわからないじゃないか!実はお兄ちゃんだとか」
「アイツは一人っ子だぁ!父親はあの榊先生で二人家族だぁ!!」
「従兄弟だとか」
「アイツに従兄弟はいねぇ!!アイツの親戚はそれこそ本当に榊先生だけなんだよッ!!」
「近所のお兄さんだとか」
「アイツの住んでる億ションにアイツと同年代の男は住んでねぇ!!片っ端から調べてあるッ!!」
「うっわーそれはさすがにストーカーに近いんじゃ・・・」
「ちょ、黙ってろ千石!!えーと、あとはあとは・・・もういい!!壇!跡部をなんとかしろぉぉぉ!!」
了解ですだーん!
壇のどことなく嬉しそうな、いや愉快そうな声を境に跡部の意識はぷっつりとそこで途絶えた。
「ギャーーーーー!!!」
自分の悲鳴で飛び起きるなんてはじめての体験だった、それも学校の屋上。
よりによってこの俺様、跡部景吾サマともあろう男が、だ。
「にしてもさっきの夢は最悪だ、最低だ、もう地獄だ。のやつ、俺に内緒で彼氏を作ってただなんてそんな馬鹿げたことがあっていいのか!?」
馬鹿げてるのはお前だときっとここに他の誰かがいればつっこんでいたに違いないが、あいにく屋上には跡部一人しかおらずつっこんであげる心優しい人間は一人もいなかった。
「いや、ちょっと待て、自分で夢だとさっき言ったがあれは本当に夢だったのか?なんでの隣にいた男はよりにもよって俺と面識のある事務所の野郎じゃなくてここの生徒会長なんだ!?普通夢に出てくるのは面識のある人間とかじゃないのか?」
そこまで考えこんで跡部はもしやさっきの夢はただの夢ではなくて予知夢とやらじゃないのかと、顔を青ざめさせる。
そこまで考えてしまえば次にとるべき行動は決まっている、面識なぞない生徒会長にことの次第を聞くまでだ。
「日吉若!!俺はお前なんて認めねぇ!!」
日吉若、氷帝学園高等部生徒会長。
そして、跡部は勿論事務所の人間は誰も知らないことだがの幼馴染でもある。
ただ果たして彼が彼女の幼馴染兼ほにゃららなのかは、これからの跡部次第・・・ということになるのだろう。