『ああ、後ろの塊からも匂いがする・・・きつい、な』

鼻をすんとならせてべろりと舌で口のまわりを舐めた魔族に跡部は思わず目の前の魔族が塊と呼んだ車の中に3体、そして残りの自分子飼いの魔獣を慈郎と自分の前に具現させた。
ジュニアは跡部の隣でグルルルと獲物を狙うかのごとく唸り声をあげ魔族を見つめ、他の魔獣たちもピリピリと緊張感を漂わせている。
突如として現れた数多の魔獣に魔族はほうと感嘆の声をあげ、うっすらと微笑を浮かべた。
しかし異形のものの微笑である、人間である跡部にしてみれば微笑ましいものであるわけでもなく寧ろ気味の悪いものにさえ感じる。
ブルリと体を震わせたのは気味の悪さからくる嫌悪感でもなくそして魔族と対することへの恐怖でもなく、ただ奴ではない何かからとてつもない強さと力、そして圧迫感を感じたからである。

『ああ、やはりその人間はほんにうまそうだ。まさか人間ともあろうものが魔獣を従えているとは』
「こいつらは俺の家族だ、従う従えるそんなの関係ねえ」
『それはまことに面白い、おぬしに余程の力があるのか・・・時間さえあれば喰らってやるものを・・・』

再びベロリと舌で口のまわりを舐める魔族に跡部は激昂しそうな怒りを右手の爪が手のひらに食い込むほど握り締めることでなんとか押さえつける。
跡部の前にたつ慈郎はどうやら何か目的をもって自分達の前に現れたらしい魔族が後ろに控える車の中で眠ってしまっているに興味をもっていることに人一倍緊張感を漂わせ魔族を睨みつけている。

「ねえ、あんた一体ここに何しに来たわけ?」
『たかが夢魔ごときが我にそのような口をきくか、ほんにおぬしらは面白いの・・・』
「理由もなく魔界を抜け出して人間界へやってきてるんだ、許可をもらって人間界にいる俺とあんたじゃワケが違うっしょ?どうやら人間を探してるみたいだし?」
『我を脅すとでも?』
「そんなバカはやらない、あんたはともかく、あんたの主ってのは相当な実力者だ。あんたが身に着けているそのブローチからとてつもない力を感じる・・・」

だから跡部は絶対に手をだしちゃだめだ。
慈郎は自分の後ろに控えているだろう跡部に言外にそのことが伝わることを祈りながら魔族の胸元にひかる紅い宝石のついたブローチを睨みつけた。
気持ち悪い姿をして似合わない大層なブローチを身に着けているのだ、そのブローチがよっぽどの代物なのだということはすぐにわかった。

『ふん、我は確かに許可を得ずに人間界へ現れとある人間を探しておる。だがそれは我が主が所望するもののため、我を咎めることは我が主を咎めることと同じ!!』
「・・・そっちこそ脅し?」
『さぁな。まあいい、主の望むものはここにはいないようだ、匂いは近いがな・・・なんとも失礼な夢魔であったが探しものに近づいてはおるようだ、見逃してやろう』

ニタリと口の端をあげ笑った異形に慈郎は小さく舌打ちをし、心の中で見逃すのはお前の方だと相手を罵った。
そんな慈郎の内心なぞ気にもせず魔族はチラリとさらに後方に控える車に視線をよこしフンと軽く鼻息をはく。

『後ろの匂いもきついのだがな・・・類が違う・・・ああ、ほんに主の願いさえなければお前達を全員喰らってやるものを!!』
「早く帰れっ!!用がないならな、目障りだよッ!!」

慈郎が右手に中に集めた金色に輝く力の塊を異形に向かって投げつける。
砂煙があがる中、先程まで対峙していた魔族の馬鹿にしたような笑い声が慈郎の耳にも跡部の耳にも聞こえてきて。












そして、気配が消えた。











6月4日   PM6:18


















「・・・・・・・行ったか?」
「・・・行った、気配も匂いもしない。あーー!!クソッ、すっげー気味が悪いやつだったC!!」

いつの間にか人の体に戻っている慈郎が足元に転がる石ころを盛大に蹴り上げた。
蹴り上げられた石ころは道路脇のフェンスにカンと子気味いい音を立ててぶつかり落ちる。
唸り声をあげるのをやめたジュニアの頭にそっと手を置きながら跡部はジュニア以外の魔獣たちを自分の体の中に戻すと、すぐさま車の方へと向きをかえ走っていく。
その後を慈郎も少しゆっくりと歩きながら追いかけ、跡部が後部座席で3体の魔獣たちに守られるようにして眠っているをほっとした表情で眺めるのを助手席の窓枠に手をついて眺める。
運転手も気絶せずに意識を保ってはいたが、相当なショックだったのか(なにせ対峙した魔族はとにかく不細工で気味の悪い姿をしていたのだ)ハンドルを体全体で抱きかかえるようにして体を小刻みに震わせていた。
運転手に大丈夫かと尋ねながら慈郎はそっと力をこめた左手で彼の背中を何度か撫でてやる、暖かいものが運転手の体を包み込んだと思うとつい先程まで感じていた恐怖や吐き気がすーっと薄らいでいきとてもすっきりした気持ちになるのがわかる。
まだ少し青白い顔で感謝の言葉を述べる運転手に慈郎はニコっと笑ってやると、いまだに後部座席での額を撫でている跡部に出発しようよと暗にいい加減にしてよね的なニュアンスを含ませ跡部の背中をぽんと軽く押して車の中に自分も体をすべりこませる。
すっと動き出した車の中で運転手はもちろん跡部も慈郎も一言も喋らず、ただ少ない電灯の立つ田舎道をもくもくと車はすすんでいく。
たまに電灯の光で慈郎の膝上に頭を乗せたままいまだ眠りから覚めないの横顔がうっすらと見えそしてまた消えていくのをぼんやりと跡部は眺めながら、ああそうかと今更ながらに気がついたことを口にした。

「昨日は手塚、一昨日は赤澤、さらにその前が真田・・・そして今日が俺たち三人。確実に近づいてきているということなのか・・・?」
「手塚も赤澤も真田も候補ではない、真田と一緒に幸村と宍戸もいたはずだから二人も候補から外される。さらに俺たちも奴のお墨付きで候補ではないことが判明。となると、残りは」

千石と橘、そして不二だ。

「携帯に何か連絡はいってる?」
「いいや、今のところメールも着信もはいってねえ。今日魔族に遭遇したのは俺たちだけか、それとも今頃さっきの不細工ヤロウが残りのメンバーに会いに行っているのか」

パチンと携帯を畳みこみズボンのポケットに押し込んだ跡部を慈郎はちらりと目だけで見たが、すぐに視線を膝上のに戻す。
昼間、涙で顔をぼろぼろにしがら自分にすがりつくようにして尋ねてきたの言葉を思い出す。
自分の両腕をらしくない弱弱しい力で掴んで―――


そしてその腕はかわいそうなほど震えていた。


「俺、何をするべきなのかわかんなくなってきちゃった」
「ジロー?」

汗ばむの額にかかる前髪をそっと撫で下ろしてやりながら慈郎はその続きを口にしようとはしなかった。