「それじゃあ博士くん、のこと宜しくね」

そう言って頭を下げて帰っていくマミーらしき見知らぬ女性の背中を見ながら思ったことはただ一つ。
それじゃあってなんだ、それじゃあって。












一人でキャラクターパジャマからなぜかフリフリのピンクのワンピースに着替えたあと朝ごはんをばくばくと食べて。
マミーと思しき女性に抱きかかえられた私は大殺界ブラボーとばかりに意識を飛ばしている間あれよあれよという間に車に押し込まれ、マミーらしき女性はついでとばかりに荷物も車に押し込みそれ急げと車を急発進させた。

アラスカとはなんぞや。
ママとはなんぞや。




いや、そもそも私って誰?
誰か教えて。





私は大いなる謎の深みに勝手にはまっている、らしい。
しかもゴールが見えない、やっぱり大殺界ブラボーだ。

ちゃん、このオジサンはママの従兄弟で今日からちゃんと一緒に暮らしてくれる阿笠博士くん。博士おじちゃんとでも呼んであげて」
「・・・・・ひ、ひろしおじちゃん?」
「おお、その子がくんか!うん、利発そうな良い子だ」

ゴールは見えないけれどなんとなく背景はつかめてきた。
つかめてはきたがやっぱり大殺界ブラボーなのは、私の目の前でしゃがんで立っているオジサンが誰でも知ってる人だからとしか言いようがない。

な ぜ あ が さ は か せ ! ?

しかも微妙に若いように見えてはいても、たいしてテレビや漫画で見た博士と変わらないような気もする。
いやいや、確かこのおじいさんは十年後の姿もほとんど変わっていなかったな。
ひろしおじちゃんだのと慣れない舌ったらずな口調で呼んではみたものの、内心あまりの衝撃で胸がバクバクのドカンドカンだ。
なんたって子供だもの、新陳代謝が活発すぎて汗がだらだらと流れ落ちていくのがわかる。
良いダイエットだわぁときっと普段なら言ってるだろうけど・・・普段ならね。
明らかに普段とは程遠い状況の今じゃ無理としか言いようがなく、汗を流すよりも涙を流したい。

「お母さんたちが生きていればちゃんも預けていけるんだけど・・・ごめんなさいね、博士くんしか頼れる身内がいなくて」
「気にしなくていい、ちょうどお隣にちゃんと同い年の子供がおってな。よく我が家にも遊びに来るんじゃ、良い遊び相手になってくれるはずだ」

あらそうなの?
マミーはラッキーとばかりに笑みをこぼすと、じゃあ子育てはお隣の奥様にでも聞いてちゃんのことよろしくね!なんて言いながら阿笠博士の両手を握ってぶんぶんと縦に振っている。
お隣の同い年なんて嫌な予感満載ではあったけれど、それ以上に今のこの状況をもう少し詳しく知りたくて冷や汗ダラダラながらもぐいぐいとマミーらしき女性のスカートの裾をひっぱってみる。
あらどうしたのとようやく私に気付いてくれたマミーに

「おかあさん、どこかに行っちゃうの?」

と手っ取り早く尋ねてみる。
すると何を勘違いしたのかマミーとやらはママ感動とか云々とか叫んで

「子供は親の手を離れてこそ大人になっていくのね、ママのことをお母さんだなんて・・・もうちょっとママ、お母さんよりもママって呼んで欲しかったんだけど。あ、でもどうせ一緒にいられないんですもの、関係ないわよね、そうよね関係ないわ。ああ、やっぱりちゃん、ママとパパとアラスカに一緒に行きましょ?多少寒いだろうけどきっと雪だるまも作り放題だしかまくらも作り放題、雪合戦もし放題よぅ」

つっこみどころ満載なことばかり見た目三歳児に向かってつらつらと述べている。
ノンブレス、そして頓珍漢。
そして結局肝心な事がわからない。

「ひろしおじちゃん、ママどこかに行っちゃうの?」
「あー・・・うむぅ、その・・・」

もう少ししっかりした答えを求めるべくマミーよりも頼りがいのある阿笠博士の白衣の裾を引っ張りながら尋ねれば、これまたこの人のいい男性は何かを勘違いしたのか答えるのを思い切り渋るのである。
別に捨てられるわけじゃないんだし何でそんなに答えるのを渋るかなぁ!?

ちゃんのパパとママはな、熊について研究をしておる偉い人たちでな、グリズリーというアラスカにしか生息しておらん熊と一緒に暮らしたいという夢をもっておってだな・・・ついでにオーロラの下で住んでもみたいという乙女チックな夢も持っておって・・・ようは、仕事でアラスカという遠い遠いところへ行くんじゃ」

乙女チックな夢のどこが仕事にカテゴライズされるのか。
思わずしらけた目で博士を仰ぎ見てしまったのだけれど、どうやら博士の方も私のしらけた視線に気付いたらしくゴホンゴホンとわざとらしく咳をこぼすとふいっとマミーらしき女性の方に顔を向けた。

「そ、それで灯子くん。君と旦那さんは一体いつ日本を発つのかね?くんと一緒に見送りにいくつもりなんじゃがぁ・・・」
「ああ!そうなのよぉ、博士くん、うちの人ったらグリズリーと一緒に暮らせるのがよっぽど嬉しかったらしくて出発予定日を早めちゃったのよ」
「ほぅ・・・で、いつになったんじゃ?」
「今日の夕方なのよぅ。あら、もうこんな時間!というわけでもう行かなきゃいけないのね、空港に遅れちゃう!!」











そうして、冒頭にかえる、というわけなのだ。
いまだにマミーの『というわけで』と『それじゃあ』がどこからどこへと結びついていくものなのか不明なまま、私は一人三歳児の姿のまま、わけもわからず阿笠宅に御預けの身となった。
こうなると大殺界ブラボーなんてもので済まないと思うのは私だけだろうか。
マミーの車が遠ざかるちょい前から感じていた隣のおうちの門からの視線に気付かないふりをしつつ、私はため息を一つこぼした。

「人間五十年、でも私は三歳・・・人生って長い道程ね・・・大殺界ハラショー!!」