あの大殺界真っ只中の超不幸としか言いようがない始まりの日からはや14年、私はいまだ米花町2丁目22番地で暮らしている。
グリズリーの為だけに日本を出奔した両親はアラスカの地からいまだ帰ってこず、寧ろオーロラが二人の愛を強く結びつけただの云々でいつのまにか双子の弟が生まれている始末。
アラスカ生まれアラスカ育ちの弟達だけでは飽き足らず、年々しつこいほどの『アラスカで一緒にグリズリーと暮らそうよ』なんていう勧誘があったものの私はそれにイエスと答えることなく阿笠邸にお世話になっている。
ただ一つ言っておきたいのは私は決してイエスと答えなかったからといってノーと答えたわけではない。
ぶっちゃけノーと私の代わりに両親に答えていたのはお隣の傍迷惑な親子三人である。
とくに息子、これがひどいのだ。
アラスカから手紙が来れば読んでいようが読んでなかろうがその手紙を隠して私に返事を書かせない、それがばれた後にもう一人の幼馴染に踵落としをくらっていたけれど。
マミーから電話がかかってくれば絞め殺す気かとばかりに人の体を抱きしめかすれ声しか出させない、勿論直後もう一人の幼馴染の右ストレート左ストレートをくらっていたけれど。
たまに双子の弟達が日本に遊びに来ればジャイアンも真っ青なほど弟達を苛め倒す、その後もう一人の幼馴染に本人が苛め倒されていたけれど。
工藤夫妻が日本からアメリカにうつった後は特に寝る時間と事件に嬉しそうに巻き込まれている時間以外のほとんどを阿笠邸で過ごすことになったせいか、傍迷惑なお隣さんちの息子である工藤新一の妨害は年々ひどくなってきているのだ。
ただ、新一の妨害がひどくなればひどくなるほど私のもう一人の幼馴染である毛利蘭の新一苛めも年々ひどくなってきているということを付け足しておく。
この一筋縄ではいかない二人の幼馴染とここまでやってこれただけでも奇跡そのものなのだけれど
やはり私はまだまだ大殺界真っ只中にいるのだとしみじみ思うのだ。
「おじちゃん?ですけど、今成田につきました。別に電車で帰れるから、うん、じゃあ駅まで迎えにきてもらおうかなぁ、荷物がとにかく多いんだ。いや大丈夫大丈夫、電車くらいは一人で乗れるよ。でも歩くのは大変だから駅までお願い!ありがとう、うん、じゃあ改札で待ってるね。はい、じゃあまた後で」
久しぶりに携帯電話の電源をいれお迎えの要請電話だけいれたのだけど、電話を切ってみればいつのまにやら溜まりに溜まってたらしいメールが何通もいっせいに受信箱へと届いていた。
たかが一週間、されど一週間。
まだ夏休みでもなんでもないのに学校をズル休みしてまで家族の住むアラスカへと単身渡米したのは父親が怪我をしたと緊急の電話が先週はいってきたからだった。
父親といっても実際のところ私はほとんど顔を合わせたこともなかったし、正直一緒に暮らしていなかっただけに博士おじちゃんが私にとって父親そのものだった。
それでもそのおじちゃんに行って来なさいと飛行機のチケットと一緒に成田まで送り出され、一緒に着いて来ようとした新一は蘭の気合の入った妨害であっさり陥落し、少ない荷物をもってアラスカへと飛んでみたのだが。
実際のところ怪我といってもそうたいしたものじゃなく、マミーと一緒に恒例のオーロラデートの最中に滑って足と腕を骨折というなんともため息しかもはや出てこない父親の姿が病院のベッドの上にあっただけなのだ。
馬鹿馬鹿しいとばかりにすぐに日本行きのチケットをとろうとしたのだが、マミーの工藤有希子もまっつぁおな泣きおとし演技と弟達の行かないで遊んでコールにあっさりと折れ一週間だけという約束のもとアラスカの地に滞在していたというわけだ。
家族達はあわよくばこのままアラスカの地に留めおこうとしていたようだけれど、泣き喚く家族達をふりきってこうしてようやく一週間ぶりに日本の地を踏みしめている。
お金とパスポートのはいったハンドバック一つで日本を出発したはずなのに、私の隣には何故かスーツケースが二つにヒッチハイクでもする気かとばかりな大きなリュックが一つ、とてもじゃないけれど重い。とにかく重い。
ずるずるとスーツケース二つを引きずってとにかく米花駅までたどりつかなければいけない、駅にさえたどり着けば博士おじちゃんが車で迎えに来てくれているのだから。
「家に着くまでに雨、降らなきゃいいんだけど」
離陸前の飛行機の中で曇り時々雨だといっていたのが気にかかる、昨日家を出る直前におじちゃんに電話をかけたときには「一週間眩しいくらいの快晴じゃあ、明日も洗濯日和かのう」なんて言っていたのだ。
少し物忘れの回数が増えてきているくらいだ、下手したら洗濯物を取り込まずに私を迎えに出発している可能性が大きい。
まあその時はその時で自分の洗濯物と一緒にもう一度洗濯してしまえば言いだけの話かと動き出した電車の中、夕方だというのに暗雲がたちこめている空の様子をなんとはなしにぼんやりしながら見つめていた。
「おおーい、くーん!ここじゃ、ここじゃあ!」
ガラガラと両手を使ってスーツケースを最早押すのではなく引っ張りながらヒィヒィと改札口まで向かえば、どこからともなく私の名前を大声で呼ぶしゃがれた声が聞こえてくる。
帰宅ラッシュ真っ只中のこの時間帯で改札の外へと流れ出る人が多い中でそんな大声で呼ばなくてもと顔を真っ赤にしながらハハハ・・・とばかりに引き攣った笑みを顔に浮かべた。
どうにかこうにか狭い改札口をスーツケース二つと共にすり抜けて博士おじちゃんの元まで辿りつけば、よう帰ってきたとこれまた大きな声をあげながら背中をリュックごとバシバシと叩かれる。
ああこのまま消えてしまいたいと恥ずかしさで一杯になっていても、やはり自分の家族はアラスカにいる四人ではなくこの目の前の結局メタボリックシンドローム真っ最中のおじさんなんだと妙に納得してしまえて。
「ただいま、おじちゃん」
素直に帰宅の挨拶が口から出てきた。
おじちゃんにスーツケースを一つ渡して、二人で車が停めてある駐車場までゴロゴロと音を立てながら押して向かっていく最中私はなんかこうモヤモヤっとしたものを感じて背中がむず痒くなる。
その原因がわからず首をかしげながら歩いていれば隣を歩いていた博士おじちゃんがケタケタとおかしそうに笑いだす。
「一週間ぶりのくんの帰国じゃというのに新一が迎えにこんのが不思議なんじゃろう?」
そう言われて、ああそうかもしれないとモヤモヤというよりも新一がいないことの違和感に納得を覚える。
あの新一が私の帰国日を知らないはずがないのだ、蘭が教えていなくてもきっとこの人の良いおじちゃんがこっそり教えているに違いないのだから。
「新一ってばどうしたの?日曜だから学校もないだろうし、もしかして事件?」
「いんやぁ、それがのう・・・今日は蘭くんとデェトらしい。嫌がって朝からわしの家に避難しておったんじゃが、迎えに来た蘭くんにズルズルと引きずられて出かけていきよった」
いんやぁ、青春じゃのう。
なーんて能天気な事をほくほくとした笑みを浮かべて言うおじちゃんの隣で、私の足はピタリとスーツケースごと止まった。
突然立ち止まった私におじちゃんが不思議そうに振り返ってどうしたんじゃと尋ねてくるが、ぶっちゃけそれどころじゃない。
「いやいや、デートとかって・・・蘭と新一が?まさか南国の楽園のような名前の遊園地じゃないでしょうね・・・」
「はて、行き先は聞いとらんからわからんが遊園地がどうのこうのとは言っておったぞ」
博士のその言葉に慌てて空を仰げば空は真っ黒になっていて、どこか遠くのほうからゴロゴロと雷のなる音さえ聞こえてくる。
確か、私がアラスカへと出発する一週間前に蘭が空手の大会で優勝していなかったか。
で、そのご褒美とやらで私が蘭とトロピカルランドへ行くはずだったのが急にアラスカに行ってしまった事で私の分のチケットが一枚余ってしまっているんじゃなかったっけか。
さらに、新一虐めが大好きな蘭のことだ。
今日の私の帰国日を知っていながら新一を無理矢理遊園地に連れて行ってしまうなんてこと、ありえるんじゃなかろうか。
「どうした、くん。早くせんと雨が降ってくるぞ」
ポツリと冷たい何かが私の頬に当たる。
あ、と思ってスーツケースから手を離してその手を前に掲げればポツリポツリと空から降ってきた雨が当たるのがわかる。
「くん、雨が降り出したぞ!いそいで車に」
「おじちゃん大変、早く家に帰らなくちゃ!!」
「ええ、ああ、うう、だから早く車に」
「いくわよ、おじちゃん!ちんたらなんてしてらんないんだってば!ホラ、早く走って走って!超特急よぅ!!」
おじちゃんの手からスーツケースをぶんだくると私は駐車場に向かって猛ダッシュで駆け出した。
この雨がもう少しひどくなる前に家に帰らなければいけない。
傍迷惑で、でもそれでも、大切な幼馴染が懐かしい姿になって現れる前に。