「すごい土砂降りになってきたのぅ・・・」

フロントガラスに叩きつけられるかのように降ってきた雨にハンドルを握るおじちゃんがどことはなしにぼんやりと呟いた。
急げ急げとこののんびりした人をせかしてもどうしようもなく、ましてや車も車なもんだから気持ちいつもよりかは早いかなという程度のスピードだ。
車に乗り込んでから蘭に慌てて連絡をとってみたのだけれど案の定新一とトロピカルランドに日中遊びに行ったらしく、そして帰り際に新一に先に帰れと言われてから会っていないのだそうだ。
私を迎えに行ったのではと思っていたらしいのだけれど、私が新一には会っていないと言えば彼女は安心したかのようにそうとだけ呟いた。

やはり今日が新一のコナンデビューの日、になるのだろう。
間違いなく。

今頃この大雨の中ぶかぶかの服を着て家に向かって走っているに違いない。
例えどんなに破天荒な幼馴染とはいえ心配なものは心配で、カツカツカツとつい指先でダッシュボードを叩いてしまう。
貧乏ゆすりならぬ、貧乏指叩きとでもいうのだろうか。
そういえばとふと電車の中で心配していた事を思い出し真剣な顔つきで運転をしているおじちゃんに首だけ少し向け口を開いた。

「ところでおじちゃん、出かける前にちゃんと洗濯物とりこんでから家を出たんでしょうね?」
「・・・・・・・・・・・・・・おお!忘れておったわい」

洗濯した事さえ忘れていたのではないだろうかと思ってしまうほどの間が空いた返事に、余計な仕事が増えたとばかりに溜息をこぼせば隣からすまなさそうな声ですまんと謝る声が耳にはいってくる。

「どうせそんなことだろうと思ってたからいいんだけど、ああ、ほらおじちゃん!もうすぐ家なんだからスピードアップ!スピードアップ!」
「このスピードで精一杯じゃあ!!」
































住宅街の中を走り抜けていくおじちゃんの車だったが、この角を曲がってしまえば家が見えるという今の時点で外は駅を出たときとは比べ物にならないくらいにじゃんじゃん土砂降りで、そして車のタイヤが古くなっていたとでもいうのだろうか。

「あれ?」

角を曲がりきった所でステアリングを握り締めていたおじちゃんが間の抜けた声を出した。
なんか嫌な予感がしてどうしたのと声をかければブレーキがうまく作動せんのうとやっぱり間の抜けた返事がかえってくる。
いやいやいやいや、ブレーキってすごく大事だから!!
ていうより寧ろきちんと車の整備をしてるところを見たことがないんだけど、タイヤが古くなって滑ってるだけなんじゃないかしら!?
とかエトセトラエトセトラ、隣でどうにもこうにも緊張感のないおじちゃんの代わりに私があたふたしていたのだがふと前方の私達の家の向こう側で何か小さな影が動いたのが視界にはいったのを見て私は思わずギャーとばかりに声をあげた。

「おじちゃん、ブレーキ!ブレーキ!」
「いやだからのう」
「踏ん張らないと轢き殺しちゃうじゃないの!!前に人がいるんだってばぁ!!」

フロントガラスの向こう側を指差してやればおじちゃんはなんじゃとう!!とこれまた私同様に声をはりあげると『ふんぬらばぁ!!』とどこぞのアメフト漫画のような掛け声をあげて思い切りブレーキペダルを踏み込んだ。
やはりブレーキの調子が悪いのではなくタイヤそのものが悪かったらしい、おじちゃんと私の乗る車はギャギャギャギャとサーキットで耳にするような音をあげて阿笠邸とお隣の工藤邸の境目を越えたあたりでなんとか止まる事ができた。
二人揃って思い切り肩の荷を落とすように盛大に息を吐き出し、おじちゃんに至ってはかなり心臓がバクバクしているのか心臓付近に手をあて目をひん剥いている。
車に何も衝撃がこなかったのだから新一をまさかとは思うけれどはねてはいないはずだ。
それでも小さくなってしまった幼馴染のことだ、落ち込んでいる所に轢き殺す気かってばかりな車が自分にせまってきたのだ、少しくらい泣いているかもしれない。
おじちゃんが私の名前を呼んで引き留めるのを無視して慌てて車を飛び出せば、案の定ぶかぶかの服に身を包んだ小さな小さな子供が工藤邸の門の前で、おじちゃんの車のバンパーの少し手前で道路にへたり込んでいる。
大きな目をこれでもかってくらいに見開いて胸元の服を両手でぎゅっと手が真っ白になるくらいに握り締めている。
泣いてはいないようだけれどひどく動揺はしているようで口をまるで金魚のようにパクパクと開閉している。
そりゃそうだわ新一だって人間だものとへたりこんでいる新一の前まで行き視線を合わせるべく私も雨の中しゃがみこめば、彼は目の前に突然現れた私をようやく視界におさめ掠れたような声を一音だけこぼした。
「あ」だか「お」だかそれははっきりとは聞き取れなかったけれど、懐かしい声色に近かった。

「大丈夫だった?」
「あ、あ、あ・・・は、博士の車?え??え?」
「うおーい、くん!わしは誰も轢いとらんか!?その人は生きとるかぁ!?わしは警察行きかぁっ!?

目を白黒させて車と私の顔を交互に指差す小さくなってしまった幼馴染の頭には白い包帯が巻かれていて見ているだけでも痛々しい。
雨に振られて微妙に血が滲み出ているようで丈が長すぎて引きずってしまっているジャンパーの襟の部分が汚れているのが見てとれる。
裾に至っては泥が跳ねてしまっていて真っ黒だ、きっと洗濯しても野球部やサッカー部の男の子の靴下みたいに汚れは落ちないに違いない。
微妙にずれている頭の包帯に手を伸ばしかけたところで車の中から転がり落ちるように飛び出してきたおじちゃんが私達と同じように雨に濡れながらどしどしとこちらへと駆け寄ってくる。
生きてるから大丈夫よと声をかけてやれば心底安心したように、もう一つ盛大に大きく息を吐き出した。
やれやれじゃと呟いているおじちゃんを見て目の前の小さくなった幼馴染は少し動揺がおさまってきたのか落ち着いた様子になっていて、もう一度私の名前とおじちゃんの名前を口にした。

、阿笠博士・・・っ」
「ん?なんじゃ、そのこは?」
〜〜〜っ!!!

おじちゃんの名前は結局一回しか言うことなく、小さな幼馴染は人の名前を一通り満足するまで連呼するとドスンと思い切り体当たり上等とばかりに私の腰にしがみついてくる。
突然の体当たりに自分の体を支えきることができず、ぎゃっという女にしてはあるまじき叫び声をあげて思い切り泥だらけのアスファルトの上に尻餅をついてしまう。
しがみついている新一の腕は離れることはなくて必然的に倒れこんだ私の上に圧し掛かるような形になったのだけれど


「はぁ・・・役得、役得」


あろうことか蘭ほどでかくはないささやかな人の胸に顔を押し付けてゴロゴロと甘えてくる始末。
いきなり私が小さな子に押し倒されて、その上セクハラまがいなことを受けているのを呆然と博士おじちゃんは呆然と見ていたのだが何か思い当たる節でもあったのか、私を助けるわけでもなくポツリと小さく何かを呟いた。

「なんじゃ、この子は。新一みたいな子じゃのう」

いやまさしくその通りなんだよとは言えず、とりあえず起き上がろうとおじちゃんに手を伸ばす。
その伸ばした手の意味に気付いたおじちゃんは慌てて私を抱き起こしてくれたのだけれど、引っ付いている幼馴染は私が立ち上がってもくっついていて、それも足をしっかりと人の体に巻きつけて固定している有様。
コノヤロウとばかりに頭に思い切り拳を振り下ろそうと思ったのだけれど、白い包帯が目に痛くて握りしめた拳を振り下ろす事ができない。
きっとこれが蘭なら遠慮なく笑顔で上段蹴りだろう。

「で、くん。随分新一のように懐かれておるみたいじゃが、その子は一体なんじゃあ?」

人を轢き殺しそうになったという突発的アクシデントのせいか土砂降りの中で傘もささずにただただ突っ立ってるだけのおじちゃんは私の体にしがみついて、いや、巻きついている子供を見下ろしてさも不審そうに尋ねてくる。
尋ねてはくるがぶっちゃけこの小さくなった幼馴染は人の名前を連呼するばかりで、自分が何者かなんて一言も言わないのだ。
私にどうしろっつうの?とばかりにいまだ人の胸に顔を押し付けている破廉恥極まりない幼馴染の小さくなった頭のつむじを見下ろしながら私は「さあ?」と首をかしげるしかできなかった。