つい先ほどまで『人間の体が薬で小さくなるか否か』『見た目小学生の男の子が工藤新一であるか否か』でさんざん揉めていた博士おじちゃんと新一の二人は、今べつのことでギャアギャアと口うるさくもめている。
「盗む!!」
「盗むわけねえだろ!!」
「いーや、こればっかりは信用できん!!盗むといったら盗むッ!」
「オレの事をどういう目で見てたのかはわかった!けど盗まねえったら盗まねえッ!!」
二人して盗むだの盗まないだの、唾を飛ばしあいながらもめているのだ。
これが例えば家宝の掛け軸であるだとか有希子さん所有の宝石類だとかっていうのなら構わない、私に気にせず続けてくれと大手をふるって言っていただろう。
が
二人の盗む盗まないの目的語は下着である。
それも私の。
あえてもう一度言うと、新一や博士おじちゃんのではなく、私の下着である。
ばかばかしいにも程がある。
程があるのだが目の前の二人は痛いくらいに真剣だ。
痛いのはむしろ私の頭だと言ってやりたい。
けれど私にも天使というか神様というか・・・観仏様がいる。
その名も
「新一ィ?帰ってきてるー?またのとこに出没してるんじゃないでしょうねぇ・・・」
毛利蘭。
私のもう一人の大事な幼馴染だ。
玄関先から聞こえてきた蘭の声に慌てたのは他でもない、小さくなった新一だ。
危ないことに蘭を巻き込むわけにはいかない、イコール自分が工藤新一であることを蘭に気付かれてはならない。
そう思ったのだろうか、彼は小さな体を生かしておもむろに優作おじさんの机の影に隠れた。
「と一緒のとこを見られるとまたボコボコにされる・・・それだけは回避回避回避・・・」
・・・聞かなかったことにしよう。
私と博士おじちゃんは目を合わせるとどちらからともなく頷いた。
そうこうしているうちにパタパタとスリッパの音が部屋に近付き、カチャリと音をたてて開いた扉から顔をのぞかせたのはやはり蘭だった。
蘭はまさか部屋の中に私と博士おじちゃんがいるとは思いもしなかったようで、私たちの顔を見るなりアラと大きな目をさらに大きくして驚いたようだった。
「と阿笠博士・・・どうしてここに・・・」
「あ、いやー、朝方ぶりじゃのー、蘭君!」
「あ、あはは・・・い、一週間ぶりだね蘭!」
おじちゃんとそろって冷汗を流しながらも笑顔で蘭に挨拶をすれば、一週間ぶりという単語のところで蘭がそうだ!とばかりに笑みを浮かべて私の所にパタパタと走り寄ってきた。
そのまま蘭は私の体にぶつかってきたかと思うと、おかえりなさいと言いながらぎゅうぎゅうと抱きしめてくれる。
ただいまと返しながら蘭の柔らかい体を抱きしめ返すと、もう一度おかえりなさいという蘭の声。
なんだかくすぐったくて、たった一週間だったけれどようやく日本に帰ってきたんだなぁという実感がわいてくる。
「ところで、博士ももどうして新一のうちに?」
「あ、いや、それは、そのう」
何も考えていなかったおじちゃんは手を上下に振りながら一生懸命なにか良い言い訳を考えようとしているのだけれど口から出てくるのは言い訳にすらならない言葉ばかり。
しょうがないなあと蘭の体から離れると
「新一にお土産を持ってきたんだよ。蘭の分もあるから安心してね」
そう言ってにっこりと笑いかける。
蘭はありがとうと言って、そこでようやく部屋の中をきょろきょろとし始めた。
何か、正確に言うと誰かだけど、を探しているようだけれど見つからないようで蘭はあれ?と言いながら眉を八の字にする。
「その肝心の新一はいないの?お茶を入れにいくって甲斐性があるわけでもないし」
「あはは・・・」
「そもそもと一週間離れてたからお茶をいれにいく時間すら惜しんでくっついてそうだし」
「・・・・・蘭君、笑えないんじゃが・・・」
「どこいっちゃったの、あのバカ」
まるで私がバカになったような・・・気がしないでもない。
あははとおじちゃんと二人乾いた笑みを浮かべていると、馬鹿にされた新一が天敵蘭の言葉に我慢がならなかったようで
「オレだけじゃなくてお前もバカだろーが」
とついいつもの癖で口をすべらせてしまった。
(新一君〜〜〜〜〜〜!!!)
(新一のバカアアアアア!!)
新一の呟きは小さかったけれども蘭には十分に聞こえる音量だったようで、彼女は私とおじちゃんの内心など気にもせず他にまだ誰かいることに気付いてひょいと机の向こう側をのぞこうとする。
「誰かいるの?」
おじちゃんが慌てて蘭と机の間にどうしても治らないメタボな体をはさんで新一を見えないようにしようとするものの、どうもさっきの新一の呟きが蘭のナニカに引っかかったようだ。
内容は聞こえてなかったはずなのに、蘭の笑顔がどことなく怖い。
これはあれだ、新一を相手にする時の笑顔だ。
げに恐るべきは蘭の新一レーダーだと思うくらいには・・・。
「あら、なぁにこの子?」
「あわわ蘭君!!」
「んもう、照れずにこっち向きなさい!!」
慌てて蘭に背中を向けて優作おじさんのメガネのレンズをポンポンと押し出していた新一の小さな体を蘭は相変わらずの素敵な笑顔を顔に張り付けて無理やり自分のほうに抱きあげた。
「・・・・・・あちゃあ」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
蘭と小さくなった新一が対面した瞬間の空気といったら、言葉で表すには難しい。
おじちゃんはため息をついているし、新一は彼曰くの『蘭アレルギー』がでてるのか顔が強張っているし、私は私で記憶通りの展開になってしまったことにショックを隠せないでいる。
そして蘭はというと何かに気づいたのか、この子・・・と呟いたきりジロジロと小さい新一の体を見回している。
「ら、蘭君?」
「ど、どうしたの、蘭?その子がどうかした・・?」
「ねえ、・・・」
カチンコチンになってしまった新一の体をしっかりと両手でおさえ離すことなく蘭は首だけ私に向けてくる。
なに?とばかりに蘭の横に蘭と同じように屈みこむと
「この子!」
といってズズイとばかりに新一の体を私の目の前に持ち上げてみせる。
ばっちりとメガネごしに新一と目が合って、多少ひきつってはいただろうけど安心するようにと笑いかけてやると途端新一の目が再びヤニさがった。
気持ち悪い。
「なんか新一の小さいときに似てる!ねぇ、そう思わない?」
「え、あ、う、うん・・・ダネ・・・」
「やっぱり!!通りで、さっきから殴りたくなる顔だなぁって思ってたの!」
その瞬間蘭の腕の中の新一は白目をむいた。