なんで私はこんなとこにいるんだろう。

「すみません目暮警部・・・」
「い、いや、君も大変だなくん・・・」
「・・・十年経ってもいまだ慣れません・・」

がっくりと肩を落としてそう言えば隣に座る目暮警部は十年・・と乾いた声を漏らした。
バリバリとプロペラの回る音がつんざくように聞こえてくる。
無重力というわけではないけれどたとえ座っていても安定感はなくて、たまに揺れるとドキドキしてしまって隣の警部のスーツにしがみついてしまう。
私がいるのは地上じゃない。
ヘリの中だ。

「もう一度言います!直ちに時計台の出入り口を封鎖してください!」

目の前で楽しそうに探偵(私にしてみれば探偵ごっこだ、ごっこ)している新一に無理やり付き合わされて、なぜか私まで警察のヘリコプターの中だ。
強い風が吹けば多少はグラグラと揺れる(そのたびに肝が冷える)
バリバリと耳というよりは頭の奥底にまで響いてくるプロペラ音。
怖くて見れないが地上を見下ろせば恐らく『KID』と書かれたプラカードを持ったたくさんの観衆がひしめきあっているのだろう。
あえてもう一度言う。


なんで私はヘリに乗っているの!?







事の始まりは有希子さんからの一本の電話だった。
日本でお世話になった人からホームパーティの招待を受けたのだけど帰国できそうにないから代わりに新一に行ってほしい、という内容の。
そこになぜ私が絡むかというと、

「新ちゃん一人だったら挨拶だけして5分もしないうちに帰っちゃうに決まってるわ。だからちゃん新ちゃんと一緒に行ってちょーだい!ドレスは優作さんと見繕ってプレゼントしちゃう」
「エ、いやドレスもいらないですしご遠慮させてくだ」
「新ちゃんにエスコートさせてあげてね!ちゃんも一緒だったら張り切って行くから、あの子」
「エ、いやだから」
「じゃあ明日にでもドレス着くと思うから〜〜」

確信犯的な電話が直接阿笠邸にかかってきたからだ。
次の日届いたドレスを見て泣く泣く同行する旨を伝えれば(有希子さん曰くチョロイ)新一はその日から何故かダンスの練習を始めた。
そうしてパーティ当日である今日、二人揃って主催者の方に挨拶をして何故ダンスがない!と一人憤慨する新一を引きずり2時間ほどでお暇しようとしていたちょうどその時、隣に座っている目暮警部から新一に連絡がきたのだ。
曰く「前に約束していたヘリだが今から乗りにこないかね?」
新一はともかく私はドレス姿で恥ずかしいから先に帰ると言うのにあの男は何をとち狂ったか『家に帰るまでがパーティだ!!』と言い出し、あれよあれよという間に警視庁行きのタクシーに乗せられたのである。
新一が訪れるのを待っていた目暮警部はさぞや驚いたことだろう、タキシード姿の新一と非常に嫌そうに歩いているドレス姿の私が目の前に現れて。
しかし大人な警部は何も言わずに、よく来たとだけ・・・本当に大人だ、警部(ホロリ)
じゃあ私は新一が戻ってくるまで高木刑事と待ってますからと巻き込まれないうちに高木刑事の後ろに隠れた、のに。
あろうことかあの男、またまた何をとち狂ったのか『星空デートをしてみたい』と言い出した。
ここに蘭がいればここに蘭がいればと頬がひきつるのを理解しながらイヤダと叫んでやろうと思えば、思わぬところから新一の援護があらわれたのだ。

「工藤君ってロマンチックですねぇ。ちゃん、折角だし行ってきたら?」

なーんて壁になってるはずの高木刑事。
この人意外とロマンチックだということを忘れてた。
そうしてこれまたあれよあれよという間にヘリに連れ込まれ怪盗キッドの現場が近いなんて情報が新一の耳に入り・・・・




そして冒頭に至る、のである。




そして人が回想している間に当の新一はというと相手と話している真っ最中だというのに警部の携帯電話を彼の手から掻っ攫い

「工藤新一、探偵ですよ」

とかなんとか言っちゃっている。
強くでない目暮警部も警部なんだけど(事件解決してもらっている身としては強気になれないのだろうか)新一も新一だ。
蘭が散々アイツ生意気なのよォとシャドウボクシングする理由がなんとなーーーーくわかる。
電話の相手もそう思ったのだろう、派手な大声に思わず耳から携帯を離す新一の姿が見える。
少しは大人しくできないものだろうか、少しは。もしくは遠慮っていう文字を覚えてくれないだろうか。
ハァとため息をついたものの、ヘリの中で身動きは取れないし早く家に帰りたいし(絶対私が留守だからと脂っこいものを食べているに違いないのだ博士おじちゃんは)プロペラの音はうるさいしキッドコールはすごいし。
なによりドレスの上に軽く羽織ってるだけじゃ肌寒い。

帰りたい・・・」
くん・・・」

目の前で顔は真剣ながらもどこか楽しんでる節が見れる新一の背中を見ているともう一度ため息がこぼれおちる。
大殺界は十年前からいまだ続いてるとでもいうのか、虚しさを感じながら時計塔を見ていると何やら煙が時計塔を覆っていくのが視界におさまる。
煙が晴れると時計塔から時計の針が消えてしまっているのがわかり、地上からの人々の歓喜の声がプロペラの音に負けず耳に入ってくる。
時計塔から煙があふれる少し前から何か考えるようにして眉間にしわをよせていた新一は、時計塔をみつめながらも何かに気づいたのかヘリを運転している人になにやら耳打ちしている。
ドライバーさんが頷いたと思うとヘリがぐっと傾き

「うわっ」
「大丈夫かね、くん」

私たちの乗るヘリが時計塔に一段と近づいて行く。
時計塔の文字盤を覆い隠す巨大スクリーンがプロペラの風ではためくのをみるやいなや、新一は想像通りとばかりに笑みをこぼしおもむろにヘリの扉をガッと開け放った。

「ヒッ!」
「く、工藤君なにを・・・」
「ちょっとお借りしますよ」
「え・・・あ!」

そのまま体を支えながらお前はスリか!ってな手並みで警部のホルダーから抜き去った拳銃を文字盤に向けて

「いや、ちょ、うそ、本気で」

一発放った。

撃つのぉぉぉぉ!!???














「なあ、
「・・・・・・」
、おい、なぁ」
「・・・・・・」

私の少し後ろを歩く新一が私の名前を何度も呼んでいる。
振り返ることもしなければ返事もしない私に新一は焦っているのか、それとも私が怒っていることに気づいているのか駅を降りてから私の後ろを遠慮がちに歩くだけだ。
周りに人がいたところでは名前を呼ばなかったけれどこうして住宅街に入ってからご機嫌伺いかってほどには人の名前を連呼している。
この様子だと何故私が怒っているかはわかっていないらしい。

、悪かったって・・・」
「なにが?」

足は止めても振り返らずに聞き返してやると、新一はあーだのうーだの小さな唸り声をあげたあと

「事件に夢中になってデートらしいデートにならなかったこと、とか」

なーんて言ってくれるものだからまるで自然現象のように盛大なため息が漏れた。
私のため息にビクっと体をこわばせたらしい新一の靴がじゃりを踏む音が静かな住宅街に響いた。
間違った回答だということはわかったらしく、えーと、えーとと考え込む声が耳に入る。
あともう何十メートルも歩けば我が家だ、このまま新一を放って家に帰ってしまおうか。
そうは思うのだけど、どうしてだろう、新一を放ったらかしにできないのは。
十年経って新一の奇行に慣れてしまって怒りの沸点が高くなってしまったのだろうか。

(それとも・・・)

もう本日何度目かわからない溜息をこぼすと私はくるりと体ごと振り返り私が怒っている原因を野暮な頭で一生懸命考えている新一に一歩近づいた。

「・・・・新一」
「えー・・に構わなかったから怒ってるとかの横にオレじゃなくて警部が座ったこととか」
「・・・・(だめだこの推理バカ)」
「わかった、の位置からはコソ泥が見れなかったとか!あ、あとはダンスがなかったこと?

私はもうため息すらつくのも馬鹿馬鹿しくなって、もういいよとこぼす。
私のその一言に新一は私がさらに怒ったとでも勘違いしたのか、よろしくない!と少し大きな声をはりあげると私の右腕を掴んだ。
そんなに力は入っていないものの突然のことにビックリして思わず顔をあげれば、私の前でも珍しく真剣な顔をした新一。

「怒ってないよ」
「え・・・」
「もう怒ってない。馬鹿馬鹿しくなっちゃった」

私と一緒にダンスを踊るんだと練習していた新一も事件に夢中になると周りが見えなくなる新一も、今こうして目の前で真剣な顔をしている新一も。
腹が立つことはあっても嫌だと思うことはないのだ。

「帰ろう?博士おじちゃんも首長くして待ってるよ」
「・・・本当にもう怒ってないか?」
「怒ってないよ」

そう言えばほっとしたように笑った新一は、つかんでいた私の腕を離すとそのままスススと手を下ろし冷え症だから冷たいだろう私の手のひらをつかみ上げた。
なに?とばかりに視線で問えば、新一はそれに答えないでぎゅっと手のひらを握る。
あったかい、そう思った時には新一は私の手を握ったまま家のほうへと歩き出していて手をひっぱられるようにして私も歩きだす。

「このまま繋いでいていーか?」
「聞く前から繋いでるじゃないの・・・まぁ、今日だけね。私も寒いし」
「ん。・・・なぁ、折角めかしこんでるのに連れまわしちまって悪かったよ、反省してる」
「もういいよ。あ、でも次勝手に発砲したりとか法律やぶったら許さないから!目の前でバンバンやられて寿命が縮むかと思った!」
「うっ・・・」
「ほんとにほんとに、次なにかやらかしたら私アラスカ」
「やらない!絶対にやらない!!」

私の言葉を遮ってやらないと声を張り上げる新一に、まぁどうせ無理なんだろうなァって想像がつく。
約束するなんなら指切りしてもいいとか言ってるけど、どうだか・・・。
それでもこの先また今日みたいに寿命が縮むようなことが起きても、きっと私は新一を嫌いにはなれないのだろう。



「寒い寒い!早く帰ってコーヒー飲みたい!」
「じゃあ俺が淹れてやるよ、工藤新一スペシャル!」
「・・・・自分ちに帰りなよ。うちにこのまま押しかける気?」
「・・・・エヘ」




すっかり私は新一にほだされてしまっている。