私は彼のことを知っているけれど、彼は私のことをさほど知らない。
私は彼の正体を知っているけれど、彼は私が知っていることを知らない。
でも
私は世界の様々な事を知らないけれど、彼はずば抜けて知ってる。
そんな彼の名前は黒羽快斗、世界を騒がせている怪盗さんだ。
彼とは正直親しいわけじゃあないし、顔を合わせたのもせいぜい3、4回だ。
お互い名前も顔も住んでいるところも知っているけれど、友達とまで言える踏み込んだ関係ではない。
彼の顔は蘭も間違えるほど新一にソックリで、新一にいつもいつも悩まされてる私としては例え黒羽くんだといえど「また新一か」と目が会うたびに思ってしまう。
嫌いではない、それは確か。
だけど、なんとなく私が苦手意識を持っていることを勘のいい黒羽くんは気付いているんだと思う。
だから必要以上に私に話しかけることもないし、せいぜい挨拶程度。
初めて彼に出会ったのは、小学生に入ってすぐの頃。
博士おじちゃんとたまには街に出て買い物をしようと渋谷に出かけた時だ。
人が賑わうスクランブル交差点を渡っている時すれ違った少年が新一だと思って声をかけたのがキッカケ。
新一って名前を呼べばすぐにピンク色の顔した新一が振り返るものだと思っていたのにその少年は私の声に気付くことなく人ごみにまぎれていく。
もしかして新一じゃないのかな?と見えなくなった小さな背中に首を傾げていれば、博士おじちゃんに信号が変わるぞと腕を引っ張られていって。
結局少年が新一だったのか違うのかは家に帰ってからわかった。
その日一日新一は優作さんと一緒に有希子さんのご飯でぶっ倒れていた。
オレを一人にしないでくれと目をウルウルさせ脂汗をかきお腹を押さえながら懇願してくる新一を目の前に、昼間あった少年は新一じゃなかったんだと、そこで何かがストンと落ちてきた。
あれってもしかして新一と同じ顔をした怪盗君かと。
私の中では二回目、黒羽君にとっては一回目の邂逅は中学生になってすぐのこと。
私は有希子さんの買い物に(無理矢理)付き合わされた先で、彼もお母さんの買い物の荷物持ちとしてついてきた先でのことだ。
「あら、もしかして有希子ちゃんじゃない?」
百貨店の階上にあるレストランでテーブルに案内されている途中で黒羽君のお母さんが有希子さんに声をかけてきたのだ。
有希子さんの変装のお師匠である黒羽盗一の奥方の顔は有希子さんもバッチリ覚えていたようで、二人は一瞬にしてキャーキャーと笑いあいながら手を取り合っている。
困ったのは私たちを案内していたウエイターのお兄さんと、私とパスタを食べようと口を開いたままの黒羽君だ。
一瞬にして若返ったかのような女二人は困っている私たち三人を気にもせず、有希子さんに至っては当たり前のように黒羽親子のテーブルに腰をおろしている。
ええええええ…と紙袋片手に困っているとフォークを持ったままの黒羽君が座る?とばかりに自分の横の席にある荷物をどけてくれる。
これってどうしたらいいのとばかりに有希子さんに顔を向けてもちっとも私に気付いてくれない。
折角隣の席もあけてくれたわけだし、もうどうでもいいやとばかりに隣の席に失敬させてもらうと案内してくれていたウエイターのお兄さんもどこかへ消えてしまった。
「本当に久しぶりね、有希子ちゃんも親子でお買いものかしら?」
「ええ、そうなの。ふふ、(未来の)娘とお買いものは色々楽しいからつい長居しちゃうのよね」
なんだか非常に含みのある娘宣言をさらっとされた気がするのは私だけだろうか。
「あーん、いいなぁ。うちはてんでダメ、男だと荷物持ちにしかならないったら。あ、息子の快斗よ。小さい時に会ったことはあるわよね?」
「ええ、覚えてるわ。にしても本当に盗一先生にソックリね」
何故そこで自分の息子にソックリだとは思わないのだろうか。
改めて隣で見てもソックリというか、もう新一としか思えないんだけども私は。
隣の黒羽君はというとお父さんにソックリといわれて一瞬きょとんとしていたけれども、すぐに有希子さんにニコっと笑いかけると感謝の言葉を述べる。
ああ、新一とは全然違う。
まったくもって違う。
新一はニコなんて笑わない、ニヤかデレェかニタァだ。
ニコなんて可愛らしく、いや、子供らしく笑ったことなんてほとんどない。
私といればピンク新一になるし蘭といればブルー新一になる、園子曰く『リトマス試験紙』なのだそうだ。
大人二人はというと私たち子供二人のことを放っぽって女子高生かってくらいにかしましくおしゃべりに夢中だ。
いや、有希子さんはきっとセーラー服を着せればまだ女子高生でも行けるかもしれないけど、なんてつまらないことを考えていたら隣からヌっとメニューが差し出される。
「ん、昼飯まだなんだろ?」
「あ、ありがとう。有希子さん、何食べる?」
「ちゃんがおいしそうと思ったもの頼んでおいて!出来ればパスタがいいわ、あたし!」
ハイハイ了解デスと小さく答えてメニューとにらめっこをしていると、つんつんと腕をつっついてくるお隣さん。
なぁにとばかりに顔だけ横に向ければ、フォークを口にくわえたままの黒羽君が不思議そうに有希子さんを一瞬だけ指さして
「ホントにあの工藤有希子と親子?」
誰もが疑問に思うことを尋ねてくる。
その疑問に苦笑しながら、違うよと首を振ってこたえるとフーンと彼は口に銜えたままのフォークを上下に揺らす。
「有希子さんの隣に住んでるんだけよ、私」
「なんだ、ただのお隣さん?」
「そう。有希子さんの息子は非常にとっつきにくくて年中反抗期みたいなものだから代わりに私が有希子さんに連れまわされてるだけなの」
肩をすくめながらそう言えば、大変そうだなオマエと同情されてしまった。
初めて会った人にまで同情される私の生活って本当にかわいそうなんだろうか、なんて考えてしまって。
あーだこーだと自分の将来に不安になりながらオーダーしたものを食べ終われば、女性二人のおしゃべりも大分終了に近づいたようで。
黒羽夫人が時計を見て「あらもうこんな時間!」なんて慌てて立ち上がったのをきっかけに私と黒羽君もそれぞれの荷物を持って立ち上がる。
結局おしゃべりを楽しんだのは大人二人だけで、子供二人はなんだか男と女ってのもあるしで気まずくてほとんど会話らしき会話なんてなかったままだ。
お会計は「盗一先生にはお世話になったんだし!」とか言いながら四人分有希子さんが受け持って、ゾロゾロと四人でエントランスに向かっているとグイっと腕を誰かに引っ張られる。
誰が引っ張ったかなんて一人しかいないわけだし、なに黒羽くん?と彼のほうを振り返れば
「あのさ」
そう言って黒羽君のぐっと握りしめられた右手こぶしが目の前につきだされる。
ナンダナンダと目を丸くして彼の顔を見れば
ポン!!
その右こぶしをグルっと一回転させて彼の手の中に一瞬でピンク色の一輪のバラがあらわれる。
はじめて間近で見た手品にワァと本当の年齢も考えずに両手を合わせて喜べば、ぐいっとその手をさらに私の顔面につきだされる。
ん?と首を傾げれば会計にいっていたはずの有希子さんがいつのまにか後ろのやってきていて甲高い声を上げる。
「マァ素敵!それちゃんに?」
「え、そうなの?」
「ん、オマエすっごい苦労してそうだし。元気出せよってことでやる」
私黒羽君にどういう風に見られてるんだろうこの短時間で、と一瞬気が遠のきそうになったけれどバラに蕾とはいえ罪はないし生手品すごかったしと突き出された彼の右手からそっとバラを受け取る。
棘はきちんと抜かれていて本当一体どこからどうやって出てくるんだろうか、なんて考えて
「ありがとう、大事にする」
頭をぺこっとさげた。
帰り道、有希子さんの非常に恐ろしい運転にすっかり慣れてしまったことにちょっとしょぼくれながら手の中の蕾を見ていると素晴らしいハンドルさばきを見せてくれていた有希子さんが
「あの子のお父様も素晴らしいマジシャンだったけれど、やっぱり息子の彼も素晴らしいマジックを見せてくれたわね」
将来が楽しみウフフなんて笑いながら声をかけてくる。
そうですねー、なんてオープンカーなので大声を張り上げれば
「それにしてもあの子、うちの新ちゃんに似てなかった?」
なんていまさらな事を聞かれる。本当にいまさら過ぎる。
おたくのお子様にそっくりでしたよ、真顔はね。真顔は。
「でもちゃん、最後お花もらったからってクラリときてないでしょうねー?」
「へ?」
「だめよ、だめだめ!!お花なら新ちゃんだってあげれるんだから胸キュンしないでね!!」
赤信号で車がストップしている間に私のほうにズズイっとばかりに身体を押しつけて真顔で言う有希子さんに、なんのこっちゃとばかりにポカンとしていると信号はすぐに青にかわってグンと体に負荷をかけながら車が急発進する。
クラリときたとか胸キュンだとか、新一と同じ顔なんだからするわけがない。
といってもそんなの有希子さんに通じるわけがなくて
「ちゃんは新ちゃんのお嫁さんになるんだからーーーー!!」
「そんなことオープンカーで叫ばないでぇぇえぇぇぇぇ」
ただ今だから言えることがある。
きっとあのバラを差し出されたときにニコっと笑いかけられてたら、胸キュンくらいはあったかもしれない。
なんせ私の隣には同じ顔をしているのに
「ハーッハッハッハ!!蘭にばかりとの時間を邪魔されてたまるかぁっ!!」
ニヤニヤ笑いしかしない男しかいないんだから。